アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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マティアス、計画に限界を感じる

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 あの後、エルはマティアスとメイドに案内されダイニングルームへと急ぐ。
 寝衣のままでいいのかと何度も聞かれたが、刑務所暮らしが長いエルにとっては、かなり快適だ。
 寝衣はドレスの様なたぐいではなく、上下が分かれていて、サイズが合ってないせいかダボダボしていたが、足元は引きずらない程度に丈で合ったので、歩くのには問題はなかった。

 柔らかい綿製品で着心地が大変良い。

 腹の空き具合の方が深刻で、マティアスを半分脅しながら、ダイニングルームへと連れて来させた。
 本当はメイドが別部屋で身支度を手伝う予定だったらしい。ボサボサ髪で前がよく見えないが、それでも腕は鈍らないし、問題はないと思った。
 しかも、昨晩は意識がない間に綺麗にされていた。元海賊にしてはかなりの失態だが、まあ身体に異常は感じないし、別にいいと考えた。
 公爵に待ってなくていいと言われたから、先に席に座り、その重厚な部屋とテーブルに似つかわしい美味しそうな食べ物が次々と並んでいくのを眺めた。
 色とりどりのフルーツ、出来たてのパン、ハム、卵料理などが、綺麗なシルバー製のカトラリーとプレートが整然と並べられているエルの前に添えられていく。

 す、すごい!と言いながら、エルは手づかみで皿の上から食べようとする。

 目の前で一緒に食べ始めたマティアスが、「え? まて、エメラルド」と前から手を出そうとしたら、肉を切るはずのナイフがマティアスの頬をヒュッと風を切る音とともに横切る。
 ナイフが壁に刺さっていた。

 「な、なんだ! おい、また俺を殺すつもりか?」
 「た、食べ物を取ろうとした……!」

 おいおい、どうしたものかとマティアスが頭を掻いていた。

 「お前、これから公爵様と協力して、あいつらをやつけるんだろう?」

 自分の皿を両腕で囲んで、マティアスに取られないようにエルはしていた。ボサボサ髪から覗く片目はマティアスを睨んでいる

 「まあ、成り行き的にそうなりそうだな。それが、どうした。食べ物とは関係ないだろ!」
 エルが吠えた。
 「馬鹿か? どんな公爵令嬢が手掴みで肉や魚を食べるんだ?」
 「な、なんだと?」
 「あー、まだ説明を受けていないな。お前は王都に送られるんだ、公爵令嬢としてな」
 なぜ!? と言った顔をしているエルに対して、マティアスは、
 「詳しいことは言えないが、あのお前が言っていた闇人は王都があるところに出ている。しかも、王宮でさえ危ない。まあ、あいつたちを殺す前に、このフォークやスプーン達と仲良くなってもらわないと、ミッションでさえ始まらないぞ!」

 身体を震わせながら、エルが悔しがっている。
 今度はもう一セットあったナイフを右手で持った。
 またナイフを投げなれると思ったマティアスは、完全に椅子から降りて、テーブルの影に隠れた。

 ダンっとすごい音がした。

 マティアスが恐る恐るテーブルの上を覗いた。
 エルがで、小皿の上のパンを刺している。
 しかも下の皿のが真っ二つに割れている。

 「おい、マジかよ……」

 マティアスが唖然としながら、言葉を漏らす。

 「なんだよ。文句あるか? まあちょっと力入れすぎたみたいだな。でも、きちっと使って食べているじゃないか?」

 エルが平然と答える。

 しかも、そのパンを食べている。

 マティアスは、これは元アサシンとか、元海賊の問題じゃねーぞと思う。完全に野生児じゃないか?
 一体どうやって淑女レディに仕上げるんだ? とマティアスは頭をかかえた。






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