アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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公爵令嬢なんてできません

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 朝食のあと、エルは公爵に呼ばれた。
 公爵は、自ら、エルを彼の執務室に招き入れた。文句をずっと言い続けるマティアスは外に出された。その性格が出ているのか、公爵の執務室は、格調高い様式でありながら、全てが何かの法則できちっと分けられ、整然としている印象をうけた。そして、出口、逃走経路をすぐに確認してしまうエルを見て、気遣いなのか、公爵はドアは閉めなかった。

 公爵の名前は、ギデオン・ボイド・マクレーン公爵。この大国の公爵家の正当な跡継ぎで、三十歳でまだ独身であった。なぜなら、公爵に聞いてみたのだ。

 「刑務所では、服を破いて悪かったな……。確認する必要があった」
 「別にいい。減るもんでもないし……」
 「……」

 なぜか公爵は無言だ。

 「こんな得体の知れない奴を受け入れて、しまいに娘だというなら、あんたの妻は発狂するんじゃないか?」
 嫌味のつもりで言ったのだが、ギデオンは全く動揺していない。
 「私には妻はいない。だから心配するな。お前は私の遠縁の娘で、子供がいない私のために、正式に私の跡取りとして、今、公爵令嬢になるために私の元で花嫁修行をしているということにした」

 「は、花嫁修行だと?」

 「そうだ。ここでお前は一通りの公爵令嬢としての礼儀やマナーを学ぶ。いまお前は十六歳だろう? あと二年ぐらいでデビュタントとして社交界に正式にデビューできる。社交界デビューをして大いに男達から賛辞を受けろ。公爵令嬢という肩書きなら宮廷の奥深くまで探れる。でも、お前のターゲットは、この国の第二王子、ミハエル殿下だ」
 「こんな眼帯している令嬢なんていないだろう?」
 「……中は損傷しているのか?」
 ギデオンが真剣な目でエルを見た。奴の目は綺麗な群青色だった。
 「……」
 「損傷していないなら、俺がなんとか出来る。お前の目は、俺のように何か隠された秘密があるのだろう。俺はその力を封じ込めることが出来ると思う……」
 今までこの瞳の話をしてきた者はいない。大抵、昔、殴られて目の瞳孔がうまく開かなくなったから、と説明すると、ほとんどが納得して、それ以上聞いてくるものなどいなかった。
 「おいおい、それは訓練しよう……それよりもその見た目が問題だ……」
 「どうして、お前はオレのことをそんなに知っているんだ?」
 「わたくしと言い直しなさい。エメラルド。任務はもう始まっている」
 「待て、その王子を殺せばいいのか? それなら簡単だ。一日あれば、潜伏してヤレる」
 「はははっ。頼もしいな。だが、違う。お前は、王子を守るんだ。王子は何度も暗殺者に命を狙われているんだ。ただ、今のところ、王室では秘密になっているがな、それが気味の悪い暗殺者なんだ」
 「これは暗殺者を切った第一王子が証言したんだ。お前が何者かを知って、俺を送らせた方だ。お前の今回の恩赦も、第一王子が取り付けてくれた。その王子が切りつけた瞬間、奴が灰のように消滅したと……」
 エルに悪寒が走る。
 消える者たち。それらを切って切り刻んでも、奴らは人間に寄生し増えていくのだ。
 「お前の封じられている情報の一部を俺は読んだ。エメラルド、お前はそれらが何か知っていて、その殺し方も熟知しているだろう……」
 初めてあの人以外の人間に、自分の殺しの意味に触れられて驚きが顔に出る。
 「あのクリド村の事件、村人全員消滅。刑務官の行方不明、その衣服だけ残して……それはお前の周りで起きたんだ。お前はアレのハンターなのか?」
 ハンターだけならその選択肢がある。
 今までの自分の人生を考えたら、それだけのためにまさしく生かされているようだった。
 「ハンターなどと、甘いもんじゃない」
 自分の苦しさが思わず顔に出てしまいそうだ。
 「エメラルド、我々と一緒にアレらの抹殺に協力して欲しいんだ……」
 一瞬、目眩が起きるような感覚が走る。
 また殺戮の繰り返しが始まるのかと思い、天井を仰いだ。
 
──神よ。なぜ貴方が私をここに呼んだ理由がわかりました。あのダッカ島が私には楽園だったのが許せないのですね。
 エルはもう自分には選択肢は残されてはいないと感じた。ただ、公爵に頷いた。

 新生活が始まった。
 
 警備上の理由で、いや、これは誰が誰の為の警備なのか、エルにとって明確ではなかったが、エルの部屋は公爵の隣の部屋となる。
 公爵領はかなり広く、嫌なもしなかった。意外とその住み心地の良さに安堵する。
 ギデオンと約束を交わす。
 このミッションが終わればお前を自由にすると……。
 エルは、この男は自由って意味を絶対に知らないと感じた。
 しかもこのミッションに終わりなんてあるのか? 
 それはギデオンには言わないが自分への問いかけでもあった。
 自由なんて、私にはもともとそんなものはないのだ。
 死ぬことさえ許されない殺人者。
 それが自分じぶんなのだ。

 新生活にあたって、最初がエルにとっては悲惨であった。
 眼帯は外さないという約束で、メイド達がこれでもかと腕をふるって、エルを浴室で洗い上げた。変えられたお湯がとうとう五回以上になり、髪の毛も十回以上洗われて、とうとうやっとメイド長のOKのお達しが出る。
 最高級品のシルクでできた最新のドレスが用意され、それにそでを通すように言われる。

 「ふ、ふざけるな……。こんなチャラチャラしたの、着れる訳ないじゃないか?」
 エルが裸にされた身をタオル生地で隠して逃走しようとする。
 「ダメですよ。エメラルド様。これは絶対、着せろと言われております!」
 「じょ、冗談じゃない!」

 裸にタオル生地を巻いただけでエルが逃げ出した。メイドから逃げ出すなど、お茶の子さいさいだ。
 一応、警備としてあのマティアスがドア越しで待っていたのだが、浴室のドアがバンっと開いた。
 驚いてそちらを見てると、そこにはこの世のものとは思えないほどの絶世の美女が、しかも半裸で立っていた。
 マティアスが驚きを隠せない。
 
 「な、どういう! え、待て、その眼帯!! エルなのか?  おい、嘘だろ!」
 
 今まで金鉱の薄暗い泥の中で生活していたため、そのシルバーで美しい髪の毛はただの灰色で汚い物だった。だが、メイド達の苦労もあって、わずか一回の入浴で本来の輝きを多少取り戻せたようだった。しかも、日の当たらない生活のせいか、この世の人間とは思えないほどの透き通るような白い肌で、その艶かしさと言ったら、まだ十六歳なのに、成熟された女のようなものだった。
 
 目の前に突然の美女、しかもどちらかと言えば、トンデモナイ超美女が半裸、しかもそれが、あの汚い薄汚うすよごれたエルだったというのが信じられないと、マティアスは、ただただ唖然とする。

 「マティアス、メイド達に言え!オレはそんなしたもんなんて着れん!」

 最初会った時は、だぶだぶの囚人の服を着ていたのと、あの格闘の時は気が動転してこんな白い雪肌のような胸なんて見ていなかったマティアスは、タオル生地から垣間見れる二つの双峰に目を奪われた。

 「や、やばいよ。お前は! お願いだから、なんでもいいから洋服を着てくれ! 俺が公爵様に殺される!」

 咄嗟に機転が効いたマティアスがこの部屋の唯一の出口を塞ぐ。
 
 「おい、着ろよ。お前、その姿、マジやばいぞ」

 タオル一枚ヒラヒラさせている絶世の美女にマティアスは叫ぶ。

 「う、五月蝿い! あんな破廉恥な格好できるか!」

 マティアスはまた絶句する。
 
 これをどうやって公爵令嬢に仕立てあげるんだ?
 ヒラヒラのついたドレスよりこっちの方は何倍、いや数百倍やばいじゃないか!
 浴室から慌ててメイド達もやってきた。エルの姿を見て、悲鳴を上げている。

 「きゃーーー! エメラルド様!! ど、どうぞ落ち着いてくださいませ!! そんな格好、殿方の前で!」
 
 エルは部屋の出窓に注目した。換気のために窓が半開きになっていた。マティアスと視線が交差する。
 
 「まさかだろ!」
 
 ニヤっと微笑むと、その軽い身のこなしで、止めようとするマティアスの肩を跳び箱のように飛び越して、窓枠に飛びついた。そして、窓を全開にする。唖然とするマティアスとメイド達を尻目に、ここは三階の窓なのだが、下を見ないで、彼女は半裸で飛び降りた。

 彼女の予想では草むらに着地の予定だったのだが、なぜか、どしんと硬い物にぶつかった。
 気がついたら、下に誰かがいて、体に巻いていたはずのタオル生地は途中の木にぶら下がったままだった。

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