アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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令嬢は男性のお部屋に勝手に乗り込むべきではないという件

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 ガバッとエルが寝台から飛び上がった。
 東の空がようやく明るさを取り戻し始めた時間だった。

 自分の上にかけてあった布団を剥ぎ、勢いよく寝台から飛び降りると、そのネグリジェのような格好で、すぐに部屋の外に走り出た。
 ノックもせずに隣のギデオンの寝室のドアを開け、走りながら、一瞬で彼が寝ている四柱がある重厚な天蓋付寝台に飛び乗った。
 瞬間的に、誰かが忍び込んだと感じたギデオンは、その枕元に隠してあった短剣をとっさに出す。
 気がついた時には、目の前のエルの喉元にその先がかすかに触れていた。

 でも、そんなことにまったく動揺していないエルの目は驚愕している。
 
 「い、生きてる!!!」
 「おい、エメラルド。こんな時間に忍び込んで……」

 寝台の上に寝ているギデオンの寝込みをまさしく襲ったような状態だ。

 「エメラルド、聞いているのか? お前はもうすぐに俺に殺されそうに……ただでさえ、こんな令嬢は男性の部屋に忍び込まな……」

 寝起きで、ボサボサの髪の為、少し実年齢より若くみえる公爵の声をエルの絶叫が遮る。

 「……生きてる! 生きてる! い、生きてるーーーーーーー!!!」

 エルは歓喜の叫び声を早朝から館に響かせた。
 その喜びの表情は、純粋な子供が何か特別なプレゼントをもらったかのような有様だった。
 ギデオンはようやくエルの言いたい意味を理解したようで、短剣をその鞘に静かにしまった。

 それと同時にエルが、寝台の上で自分の上半身を起こそうとしているギデオンを抱きしめた。
 小さいながらも、その衝動で、ギデオンもまた寝台に寝かされてしまう。
 その大きな胸に小さなエルの頭と手が乗っかっていた。

 「やっぱり、生きてる。心臓の音が聞こえる! ギデオン、生きてるぞ。すげーっ!!」

 ギデオンの薄い白地のシャツに耳をつけ、エルが興奮していた。
 
 「ああ、おれは生きてる。だいじょうぶだ」

 そのとき、ものすごい足音がして、マティアスが軽装でやってきた。
 寝起きなのは明らかだ。
 だが、どこかでエルの絶叫を聞いたのか、その手には彼の長剣が収まっていた。

 ギデオンの寝室が開けっぱなしだったので、そのまま入ってきたのだ。

 「え? ギデオン様! これは……?」

 マティアスはどうしていいのかわからなかった。

 どうやら、ギデオンがエルに襲われている?

 「ギデオン様、俺バカだから、わかんねー、どっちを退治したらいいんですか? それとも、俺自体邪魔なんでしょうか?」

 寝台の上でキョトンとした二人がマティアスを見つめた。


***

 昨晩、初めの目の訓練が行われ、エルは最後には意識を失った。
 そのまま朝まで自分の寝台に寝かされたのだが、目覚めた瞬間、昨晩、何が起きたかを思い出した。

 やっぱり公爵の言う通り、自分の感情が原因なのかもしれないと感じた。
 そして、あの熱を、目に感じた。

 ごめん、公爵、お前はやっぱり死ぬよ。
 オレが意識がしっかりしている間に、お前をぶん殴ってでも、逃げさせるべきだったと後悔していた。
 意識が朦朧とするなかで、エルはそう感じていた。

 だから、起きた瞬間、確認したかった。
 自分が犯した罪はやはり見なくてはならない。
 もしかしたら、くそむかつく公爵だ。
 怪我をしながら、しぶとく生き抜いているかもしれないと思ったのだ。

 それがどうだろう!
 ピンピンとしながら、短剣まで自分に突き付けて、元気そうなのだ。

 歓喜と驚きがエルの小さな体に渦巻いた。

 「生きてる!!!」

 公爵の規則正しい心拍が、なんとも美しい音色に聞こえた。

 すると、マティアスが入ってきた。
 なんかまた馬鹿げたことを言っている。

 「うるさい! マティアス! オレはいまギデオンの体を楽しんでいる!」
 「「!!!!」」
 
 今度はギデオンとマティアスが焦って顔を見合わせた。

 「ち、ちがうぞ。誤解するな、マティアス。こら、エメラルド、いい加減に」
 「だめだ! ああ、うれしい。この心臓の音が! 聞こえる!」

 ギデオンが無理にエルを体から離そうとした。
 だが、もと海賊であるエルもなかなかギデオンから離れない。

 「あのーー、ギデオン様、俺はまあ口は固いんで、もう帰ってもいいですか?」
 「おい、マティアス、馬鹿いうな、助けろ!」

 その時、エルがギデオンのシャツのボタンが弾けて飛ぶぐらいにシャツを破いた。
 目の前にたくましいギデオンの胸板が現れる。

 「触りたい!」
 「おい! だめだ! それはなんでもやりすぎだ」
 「な、なんだよ。エル、それじゃー、お前、完全に公爵様襲ってるんだろ! 違う意味だがな!」

 アワアワしている二人を無視して、急にエルの様子が変わる。
 彼女の取り巻く空気が一瞬で変化した。

 「ギデオン、お前にオレの祝福を授ける」

 一瞬の出来事だった。エルはそう言って、ギデオンの心臓の鼓動が聞こえる上にやさしくキスをした。
 エルの表情は、二人が今までに見たことのないほどに慈悲と愛に溢れており、眼帯はまだしていたものの、まるで天使のような微笑みに、二人とも息をするのを忘れていた。

 「なに!」っと言おうとしたマティアスも、その神々しい表情のエルに見とれて、言葉がでない。
 また、キスを胸にされたギデオンは、珍しく、硬直したまま、動けない。
 なにかが彼の魂を抜き取ってしまったかのように、呆然としていた。

 静まりかえった部屋に、エルがふーーと息をつく。

 「あーーー、安心しちゃったから、腹減った。マティアス、ご飯まだ?」



  


 
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