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十八、敵わない

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 目的の町が見えているのに、意外と辿り着かないのがもどかしい。

 休憩の回数は減らしているつもりなのに。

 足の疲れも、ようやくピークを越えて慣れて来た。



 靴擦れは相変わらずだから、治癒魔法は欠かせないけれど。

 町を目前にしたじれったさのせいか、私はゲンジに八つ当たりの視線を送っていた。

 数歩前を歩くゲンジには、見えないはずだから。



 ……この人のせいで、私は不眠だし魔力が底を尽きかけている。

 そんなことを色々と考えていたら、ゲンジがこちらに振り返った。




「な、なに?」

「後、半日くらいだ。着くのは夜になるだろうが……歩けそうか?」

「つまり、お昼の休憩を取ったら、一気に町まで行くつもりなのね?」



「ああ。そういう事だ。だが今日も早めに野営して、明日の午前中に入るという手もある」

 気遣ってくれてるのは分かるのに、どうしても素直に受け止められない。




 力の差が、こんなにも人を疑心暗鬼にさせるなんて……思ってもみなかった。

 世の女性は、どうやって男の人を信じているんだろう。



 逆に私が不信感しか持てないのは……他者のために生きようと司祭を目指す人に、何度も襲われたから……かしら。

(でも、襲ってきたのは見習いの新人ばかりだったし、他の司祭達は信用してた……はずよね)

 ゲンジは、出会ってまだ間もないから。




「ねぇ」

「なんだ、セレーナ」

 彼の声は優しい。

 普段も……私を気遣ってくれているのは、分かってる。




「あなたの倒し方を教えてよ。あなたの弱点も」

「……そうだなぁ。セレーナの光線魔法なら倒せるだろう。頭でも消し飛ばせば、即死だ」

「当たればそうかもだけど。戦っても勝てる方法を聞いてるのよ」

 どうして平然と答えるのよ。

 ……どうあったとしても、余裕で対処できるから?




「そのイメージ、直線じゃなくて水平に広げて撃てばいい。光線の熱量さえ維持出来れば、体は真横に真っ二つだ。胴の高さで撃たれれば、咄嗟には回避出来ないだろうな」

 そんな方法が?




「それ……出来るの?」

「出来るさ。言っただろう? 魔法はイメージに因るところが大きい。光線魔法は奥が深いぞ?」



「……それだけ知ってるってことは、対処も出来るんじゃないの?」

「……一対一なら、対処は難しい。だが、それのデメリットは貫通力が高過ぎる点だ。後ろに無関係な人間や味方が居ればフレンドリーファイア。同士討ちになる。必ず、敵の周囲や後方に気を配っておかないといけない」



「……そうね。気を付ける」

 全部、教えちゃうんだ。

 じゃあ私、水平に撃つことさえできれば、ゲンジにも勝てるってわけ?

 そんな大事なこと言っちゃうんだ。




「ちなみに、俺は相手の魔法を封じる手段を持っていない。察知と防御は出来るが、光線魔法の火力は群を抜いている。撃たれたら気合で耐えるだけだ。今の俺には無理だがな」



「な、なんで教えるの? バカじゃないの? すぐにでもゲンジを殺しちゃうかもしれないのよ?」

「……俺を殺せるくらいなら、一人で魔族領まで行けるだろう。それならそれで、問題ないさ」




「……意味、わかんない」

「意味はある。この旅の中で、セレーナを強くする必要があると思っていたからな。具体的な相手を敵と見立てて作戦を練るのも、良い訓練になる」



「だからって、私……。私は、不安のあまりあなたを殺せるなら殺してやろうかって……思ってるかもしれないわよ?」

「言っただろ? それならそれで、強さが十分だという事だ。出来るに越したことはない」




「狂ってる……」

「それよりもだ。俺の言葉をよく考えたか? 魔法を封じる手段を持つ者も居るし、今のセレーナでは俺を殺せない。そういう意味も汲み取って、さらに対処を考えるんだ。特に、魔法を撃つまでが遅すぎる。イメージも魔力を通す速度も、今の十倍は早くないと」




 十倍速くとか、子供か。

「そこまで速くなんて無理でしょ。さすがに格好つけすぎ」

「いや、こうやるんだ」

 ゲンジがそう言った瞬間には、向こうの茂みがボッと音を立てて燃え上がった。




「なに……したの?」

 魔法を使う素振りさえ無かった。

 意識を集中する間も、発動させるためのトリガー動作も、何も無かった。

(普通、撃つぞっていうリキみみたいなのがあるのに……)




「ファイアバーストという魔法だ。爆発燃焼させるから威力は良いが、ターゲットするのにコツが要る。少し前後にズレ易いんだが、後で教えてやろう」

 魔法を聞いたんじゃないわよ。でも――。

「やっぱりゲンジには勝てないじゃない!」




 目の前で高度なことを平然とされて、なんだかもう、腹が立ってしまった。

「いや、セレーナなら少し訓練すれば、そこそこ使えるように――」

「――なるわけないでしょ! ばかっ!」



   **



 癇癪を起してしまって、気まずいまま昼食休憩を迎えた。

 どちらにしたってゲンジを信じられないのだし、仲良くなんて出来ないけれど。



(……殺してもいいとか、余裕があるから言えるんだ……)

 私なんかには出来ないって、バカにしてる。

 でも……見下した態度でも、バカにした態度でもなかった。

(なんなのよ……)




「って、からっ」

 ものすごく塩辛い。

 このスープは、練習で私が作った。

 ゲンジの見様見真似で、出来そうだと思ったから。




「……そうなのか?」

「そうなのかって、少し口に入れただけでこんなに塩辛いのに! 無理して食べないで。もったいないけど捨てましょう。食べられる辛さじゃないわ」



「大丈夫だから、セレーナの分はもう一度鍋に入れて水を足すといい。少しずつな」

「こんなに辛いのに大丈夫なわけないでしょ? って、言ってるそばから食べないでよ! どういう舌をしてるの?」




「ハハ。娘みたいなセレーナが作ってくれたんだ。少しくらい何ともないさ」

「少しじゃないってのに! ていうか娘って……」

 いくつなのよ。



「そういえば、王宮で出された味の無いお料理もおいしいって言ってたわね。味覚おかしいわよ?」

「何? そうだったのか……やられたな」




「いやいや、ほんとに何も分からなかったとかありえる? ……もしかして、味覚障害なの? じゃなければ、あれもこれも、口に出来るレベルじゃないもの」

「そんなにか……。その……、実はな……俺は味がしないんだ。ハッハッハ」




「笑い事じゃないでしょ。治せるか治癒を試してあげる。こっちに来て」

 ……信じられないから命を奪ってやろうとか考えてたのに、何してんだろ私。



「いや……負傷や病気のせいじゃない。情けない事に、妻と子を失ってからなんだ。治癒を試してくれた仲間も居たが……。まあ、だから、気にしないで忘れてくれ」

 ……重い話を聞いちゃったわね。




「そんな言い方しないで」

「すまん、本当に気にするな。もう随分と経つからこれが普通なんだ」

「……じゃあ、治るかどうか試したいだけ。これでも聖女なんだから」

「……そうか。世話を掛ける」



 おっさんみたいな言い方。

 見た目は二十代半ばなのに、実はもっと上なのかな。私を娘みたいだとか言ったし。




「舌と脳を中心に掛けるわね。嫌だけど、少し触れるわよ?」

「ああ。すまない」

 素直に頭を差し出しちゃって。



 治癒じゃなくて、光線魔法を使ったらどうするのかしら。

(……今なら、この恐怖の対象を殺せるんだ…………)

 ――ううん。

 だめ。




 ……疑ってるというよりも、信じるのが怖いだけ。

 現に、こんな寂しそうな顔する人が、好き好んで人を傷付けるとは思えない。

 それは……分かってる。




「ゲンジ……私が今、あなたを殺しちゃうとは考えないわけ?」

「そうか。これは罠だったか。一本取られたな」

 そんなこと全然思ってない言い方。



「バカにしてる?」

「いいや。優しい、立派な子だと思っている」

「何目線よ。失礼ね。…………終わったわ」




 一応、脳や舌の神経損傷が癒えるようにしたけど……。

「ありがとう。頭がすっきりした」

「もう一度、それ食べてみてよ」



 そう言って食べてもらったけど、気まずそうな顔をされた。

「……治んないか」

「すまん。きっと精神的なものだろう。でもそのうち治るさ。セレーナも治癒を掛けてくれたしな。ありがとう」




「なんか、気遣わせちゃったわね。ごめん」

 私に治せないものがあるなんて……。

 ――でも、そうか。

 あの時の、『あの子』と同じなんだ。

 心の傷までは、癒せない。




「それよりも、余計な魔力を使わせてしまったな。疲れているだろうに」

 そうだった。魔力が見えるんだこの人。

「……少しの治癒くらい、平気よ」



「結界を解いてまでしてくれたんだ。せっかくだし少し仮眠したらどうだ。本当に俺は何も――」

「――いいから! 気にしないで。大丈夫だから」




 うっかりしてた。治癒したげなきゃって思ったら、結界を解いたことさえ頭になかった。

「セレーナ。俺では魔力を分けてやれない。休める時に休むんだ」



 誰がこんな所で休むもんですか。

 ……「罠だったのか」って。そっちこそ、私が自分で結界を解くように、巧妙な罠を張ったみたいな感じだし。

「もう行きましょう。久しぶりに町で休みたいもの」


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