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三十四、苦しい防戦
しおりを挟む村の人達が、方々から駆け寄ってきた。
何かおかしいからとゲンジに起こされて、港の方に向かいかけた開けた場所で。
「せ、聖女様ぁ……たすけて……」
見ると、落とされた自分の腕を持っている。
息を切らしているのは、走ったからだけではない。
失血とショックで、呼吸が上手くできなくなっている。
「こ、こっちも、この子も助けてください」
振り返ると、母親に抱えられ、背中をずたずたに斬られた子供が痛みに震えている。
後ろから肋骨が見えるほどの傷。
「あああ! 聖女様! うちのを、うちのを見てやってください!」
急に、あちこちから私目掛けて皆が、手負いの人達が集まって来た。
一時の間に、おそらく村人全員が集まったんじゃないだろうか。
内臓が少し出ている人。
片腕を落とされた人。
骨が見えるくらいに斬られた人。
全員が、失血で持っても一日。
もしくは、感染症も考慮すると、一週間も持たないような深手を負わされている。
「まだ誰も殺されてねぇけど! でも、やり口が……!」
そんな声が聞こえた。
王国兵にやられたらしい。
外周はもう、逃げ場がないほど囲まれていると。
最初に助けを求めた人は、落とされた腕を渡されて、「今なら聖女に治してもらえるんじゃないか?」と、背中を刺されながら追われたと言う。
――殺す気がない?
それとも、いたぶるのが趣味なだけ?
でも、放っておいたら確実に死んでしまう。
そもそも、村の人が王国に狙われる理由は何?
「このやり口は……」
ゲンジが、うんざりした顔でつぶやいた。
「負傷兵を増やして、身動きを取れなくする作戦だ。もしくは、助けにきた者を集めるのが目的で、それらを一網打尽にする」
下種しか思いつかん方法だ――と、彼は憎々しい声を漏らした。
「そんな……。でも、生きているなら私が治してみせる」
ここに、体よく集められたらしいと理解した。
村の外側から、皆がほぼ一斉に集まってきていたのは、確かに不思議だったから。
……小さな村とはいえ、二百人くらいは居る。
その半数が深手だとしても、私の魔力なら治しきれる。
けど……結界をどうしよう。
すでに自分には掛けているけど、すぐに村人も囲った方がいいだろうか、判断に悩む。
一度囲ったら、もしもその後から来た人が私の結界に触れたら……生身では大怪我をしかねない。
改良した反撃用ではなくて、単純な防御結界にした方がいいだろうか。
でもそれだと、各段に性能も強度も落ちてしまう――。
「おやおや! こんな所に居たのか聖女よ! 探したじゃないか!」
嫌味な物言いで、その男は現れた。
魔法兵らしき兵に囲まれて、顔の半分だけが見えている。
船が燃える炎の、ゆらめく光の中でもはっきりと。
残忍な目……人をいたぶることで、愉悦を浮かべる外道の目をしているから。
「あんたが……私を探すついでに、村の人達を攻撃させたっていうの?」
現実が受け止めきれなくて、感情が追い付かない。
怒りで体中の血が、沸騰しているみたいなのに!
「貴様らは全員逆賊だから、処刑に来たのだ。王命でな。おっと、俺はネルウィグと申す。お身知り頂かなくてもいいぞ。どうせ、貴様らはここで死ぬのだ」
「手下の後ろに隠れておいて、どの口が言うんだか!」
「はっはっは、俺は慎重なんだ。それ、貴様に手土産を持ってきたぞ? 俺が手本を見せたのだが、なかなか上手く斬れているだろう?」
その男がそう言うなり、兵士達が私の前にどさりと投げたのは、右肩からばっくりと割れた男の人だった。
その傷は、他の誰よりも一刻を争う。
「なんて酷いことを……」
「焦るな焦るな。焼いてあるから失血死はしない」
えげつないことを、何でもないことのように言うその男に、身が震えた。
手も震えて、全身も震えて、それが怒りのせいなのか、残酷さに恐怖したせいなのかが分からない。
「セレーナ。村人達ごと結界を張れるか」
こんな事態でも、ゲンジは冷静だった。
私は頭に血が上ってしまって、自分にしか掛けていないのを忘れていた。
「いま、掛け直した」
自分達を先頭に、村人達を後ろにすっぽり覆うように。
咄嗟に掛けたから、改良版のいつもの結界にしてしまったけれど。
「皆さん! 全員居ますか? 外から来たら、必ず教えてください!」
後ろにそう叫ぶと、誰かが答えてくれた。
「俺は検知魔法が使えるから分かる! 船を見に行ったやつらも戻って来た! 負傷しているが全員集められてる!」
そうか、追い込むために、私に治癒魔法を使わせるために、やっぱりあえてここに集めたんだ。
「逆に、都合がいいわね」
あとは、魔力を切らさなければ護りぬける。
「そのまま結界を途切れさせるなよ。護りを任せるしかなくて申し訳ないが」
ゲンジの声も、怒っていた。
でも、それを無理矢理抑えて、冷静でいようとしているのが伝わった。
「わ……わかってる」
とにかく、この人を治してあげないと死んでしまう。
失血しないからって、右肺を完全に断ち切られて、肝臓まで到達しているのにあの男は……。
「ゲンジ。治癒に専念するから、一点攻撃を受けきれない。正面をお願い」
この傷はいくらなんでも、結界の強度を考えながらの治癒では治しきれない。
「分かった。前は任せろ」
彼が言い終わる前に、すでに奴らの攻撃が始まっていた。
魔法兵の光線魔法と、ネルウィグの長槍。
私が治癒と結界に集中して、攻撃できないようにしてからという陰湿さ。
その重く連なる衝撃が、みるみる私の魔力を削っていく。
「セレーナ。中には通さないから、一瞬だけここの結界を開け」
削られているのに、難しいことを言ってくれるわね――。
でも、そうしないとゲンジの力を余らせてしまう。
「死なないでよ?」
そんな心配をよそに、ゲンジは事も無げに結界の隙間から外に出ると、攻撃の全てを弾いてしまった。
魔法で障壁を作って、私の結界に負担が来にくいようにしつつ、長槍に対しては剣で見事に受け弾いている。
しかも、障壁は光線魔法を反射していて、反撃も兼ねていた。
左右から、ゲンジを斬ろうとした兵士達が瞬く間に死んだ。
それを恐れたのか、後に続こうとする兵が居ない。
(……ほんとに強いのね)
ゲンジはかなり器用で、対応力が凄い。
一瞬の隙を見つけては、横薙ぎの光線魔法を放って牽制までしているのだから。
「小癪な真似を!」
さすがに、奴も嫌がっているらしい。
ネルウィグを護る魔法兵の一団には防がれているけど、周りの兵士達は胴体がお別れしている。
「セレーナ、護りながらでは長く持たんぞ」
数秒のことだけど、見惚れてしまっていた。
「ご、ごめんなさい!」
たぶんゲンジは、村人達の建物を気にして、避けて反撃している。
そう思ったのは、彼なら兵士だけでも、もっと減らせるだけの火力を持っているから。
なおさら、急いで治癒を済ませないといけない。
――これほどの致命傷を癒すには、三重詠唱が必要になる……。
祈りの言葉と、二つの逆唱。
癒しのイメージと共に……逆唱に至っては、心で読む。
覚えていればいいというものではなくて、天に祈り続けなければ効果は現れてくれない。
「血の叫びよ静まりて、在りし天命 失すべからず。永遠に広がる無限の波の、戻り留め置く玉光を、寄りて御霊よ、癒せ身命」
ここから、似た言葉と意味を織り交ぜての、逆唱からが難しい。
『――身命癒せ御霊の夜を、光玉置き止め戻る波。無限の高野に永遠の、失すべからじ天命有りて、静まれ叫べ血の神子よ』
聖女の祈りは、なぜか天が聞き届けてくれる。
人々を癒し続けた分だけ、その力を貸し与えてくれる。
『――命を癒せ聖霊よ。その夜に光る玉ぞある。置けよ止めよ戻り波。無限に永遠に高野に在りし、天命失さず静めたまえ。叫びにて成せ血の神子よ』
集中したまま読みきれた。
単に癒しの力を持つだけでは、成し得ない祈り極致――。
まばゆい光が、怪我人を包んで一度、血の色に変わる。
それがまた、白い光になれば成功……。
「――上手くいったわ! ゲンジ!」
私が後ろから伝えると、彼はコクリと頷いたように見えた。
「爆ぜろ」
それは、ゲンジが言い終わる前にはもう、火の玉が破裂していた。
早くて、迷いのないファイアバースト。
座標に集中する分、乱戦には向かないはずの魔法。
その切り替えの早さに、私が驚いた程に早かった。
「外道が。お前はこの世に居ていい人間ではない」
ゲンジは珍しく、怒りを口にした。
でもとにかく、これであの男、ネルウィグの頭は吹き飛んだに違いない。
……そう思ったのに、奴はニヤケ顔のままそこに居た。
爆ぜたのは、奴らの結界の外だったらしい。
「認識阻害は効かなかったようだが、蜃気楼の魔法は効果抜群だな」
ずる賢いやつ……正確な座標攻撃を逆手に取って、距離の見え方をずらしていたのだ。
こちらが使うであろう魔法を、予測していないと出来ないこと。
残忍な上に頭が切れるとか、最悪の相手だ。
でも――。
「戦い慣れているな」
ゲンジは驚いたそぶりもなく、無表情でさっきのバーストを淡々と連発した。
爆発させる位置を、徐々にずらしながら。
「当たらないなら、当たるまで撃つのは基本だろう?」
ゲンジも、戦い方は相当いじわるだった。
「くそっ! うざったい奴め!」
ネルウィグはそう叫ぶと、両手を前にかざした。
「貴様ら如きに、本気で守勢に回るとはな!」
ゲンジのバーストが、思うように爆ぜなくなった。
爆発の位置も進まなくなって、どちらかというと押し返されている。
「奴め、魔力そのもので壁を作ったらしい。座標に魔力を集束出来なくなった」
座標攻撃も、対策出来るってことなのね。
「ええい! 兵ども! もっと聖女の結界を削れ! 死に物狂いで殴り続けろ!」
ネルウィグのニヤニヤは完全に消えたけれど、その周到な攻撃が休まるわけではなかった。
その号令を聞いた途端、兵士達が全方向から、今までの数倍の勢いで斬りかかっている。
村人達ごと囲んだ結界を、肉弾戦で本気で割ろうとしているらしい。
反撃用結界の反応衝撃を受けながらも、剣や槍で死に物狂いの攻撃だった。
それは――正直言うと、普通に効果がある。
結界は、大きさに比例して強度の維持が難しい。
特に私の結界は特別で、反撃も備えた上に座標攻撃も通さない分、余計に魔力を消費する。
それに、まだ広範囲の治癒魔法も掛けている……。
――このままだと、あまり持たないのは事実だった。
「……ゲンジ! 私に奥の手があるの。皆さんはもっと、なるべく真ん中に集まってください!」
奥の手なら、この状況を打破できる。
あいつらを全員、葬り去ることが出来る。
――ラグド・エラ・セルデン。
あの魔法なら、皆を守りぬける……。
「駄目だ。死ぬつもりだろう。そういう目をした仲間を、何人見て来たと思っている」
一瞬こちらを振り返ったゲンジは、きつく言い放ってきた。
「それしか方法がないの!」
どうして分かったのかしら、この分からず屋。
「いや、手ならある。だが、建物が壊れてしまう」
「そんなこと言ってる場合? 皆殺されちゃうかもしれないってのに!」
さっきから、ゲンジは村人――この結界だけではなくて、村の建物まで傷付けないようにしていた。
たぶん、この後の生活のことを考えたのだろうけど……全滅したら意味が無いのに。
「そ、そうだぁ! 何でもいい! あいつらを倒してくれるなら、家なんて何度でも作ってみせらぁよ!」
「ああ! 何とかできるなら、何してもかまわねぇ!」
村の人達が口々に叫んだ。
「……分かった。セレーナ。結界を維持していてくれよ?」
「と、当然でしょ?」
もしかしたら、彼は私の身を案じて、力を抑えているんだろうか。
私が今よりももっと、強かったら……たとえば、結界を余裕で維持出来たりすれば、他にも方法があって……それで、建物も庇っていたのかもしれない。
でなければ、現時点で建物まで守る意味がないのだから。
「皆、目を閉じて耳を塞いでいるんだ。いいな」
魔法で大爆発でも起こすのだろうか。
彼は、ファイアバーストを得意にしてる様子だから。
そんなことを思っていると、その後ろ姿に異様なほどの力を感じ始めた。
『それ』はゲンジではなくて、まるで別の『何か』であるような。
そしてそれは、ネルウィグも同じく感じているらしかった。
「貴様! 雑魚だと聞いていたのに鬱陶しい! その魔力の練り上げ方、何をするつもりだ!」
奴は引きつった顔を見せた。
「魔法兵ども! 最大出力で結界を張れええええ!」
応援ありがとうございます!
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