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三十三、蛮行の手順

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 ネルウィグは道中、兵士達に細やかな指示をずっと言い聞かせて来た。
 先ずは、港村を包囲する事。
 これは稚児でも分かる内容だ。


 次に、村人はすぐに殺してはならない事。
 いたぶるのは構わないが、走れる状態かつ、声を出せる状態で逃がす事。
 ここから、これを理解出来ない者達が出始める。
 すぐに殺してしまっては、いちいち村人を全員探さなくてはならない。
 わざと逃がす事で、仲間を呼び寄せさせるのだ。
「なぜこれがすぐに理解できんのだ。貴様らはよほど、労力を払うのが好きらしいな」
 ネルウィグは、頭の悪い部下が大嫌いだった。
 普段なら、面倒だと思ったらすぐに殺していた所を……今回は数も必要だったので我慢した。


 そしてその次に、聖女と勇者を優先的に攻撃する事。
 勇者はゴミのように弱いという報告だから、彼にとって厄介なのは、聖女だけだった。
「雑魚はどうでもいい。聖女はいたぶりきってから殺すのだ」
 とはいっても、一介の兵士ごときが聖女に何か出来るわけがない。
 ただ、魔力を減らすための使い捨てには出来る。
 そのための命令だった。
 これは、賢い兵士は手番を遅くするし、馬鹿は攻め急ぐ。
 ふるいにかけるのに都合が良かった。




 これらの手順を全員に理解させるため、道中は何度も、兵士達に言い聞かせた。
 理解した兵士が増えてくると、後は彼らに役割を振っていたので、それほどの労力では無かったはずだったが。
 彼にとっては、ストレスだった。
 作戦行動中の、細やかな事は自分でやればいいと考えているので、随分と簡単な指示だ。
 それさえもまともに理解できない兵が混ざっている事に、時間を取られる事に、やはりストレスがあったらしい。
 その苛立ちは、聖女をいたぶるのに、やはり自分も参加しようかと考え直すほどだった。
 盾役の魔法兵は手元に置いているから、自分でやっても良かったかもしれない。
 ――と。


 けれど、本当の実力を隠しているさかしい女であれば、油断しない方がいい。
 長年の勘というやつだった。
 今回は、調子に乗って手痛い反撃を喰らうかもしれない。
 そう感じた彼は、自分の快楽よりも身の安全を取ったのだった。
 なのにその決意が、揺らぐほどにストレスを感じていた。
 でも、どうしてもの時は王都に戻った後に、適当にいたぶる相手を探せばいい。
 そう、何度も自分に言い聞かせていた。


 聖女を殺した後の事も、ネルウィグは考えていた。
 まず、村人の処理は兵士どもにやらせる。
 多少の時間は掛かるかもしれないが……道中ずっと我慢させてきた事への褒美だから。
 二日……あるいは三日も掛かるかもしれない。
 取り囲む役目も必要だから、交代制になるだろう。
 そして、全員が満足したら、全てに火を付ける。
 村が灰になるのを待って、帰還する。
 それも含めると、しばらく掛かるかもしれない。
 その間は、釣りでも楽しめるだろうかと、ネルウィグは考えていた。


 無駄な時間だ。
 本来なら、自分と少数だけで帰還しても良かった。
 時短も大切にしている彼は面倒だと思ったら、必要な分だけを取り分けて、後は部下であろうと虐殺した。
 それらは、本当の部下ではないから。
 連れて行けという命令で、仕方なくだから。
 戦闘の後なら、言い訳は何とでもなると本気で思っているし、これまではずっとそれで通って来た。
 だが、今回は村の全てが灰になるのを見届けなくてはならない。
 自分達だけ帰るわけにはいかない。


「最後がよろしくなかったな」
 聖女を殺せると聞いたその時は、その後の事まで考えが及ばなかったのだった。
 いやむしろ、聖女を失った教会がどうなるのだろうと、そちらに考えが飛んでしまっていた。
 楽しい事があると、些事を見落としてしまう。
 それさえも気を付けているネルウィグだが、完璧に油断を消せるわけではなかった。


 ――だが、そんな思考も、もう終わりの時が来たのだ。
 夜になったが、もうすぐにも、港村に到着する。
 聖女達の一日遅れだが、監視魔法で見るとまだ留まっているらしい。
 兵士達の士気は高い。
 ようやく、あの小生意気な聖女を手にかける事が出来るのだと、ネルウィグは笑みを浮かべていた。


   **


 ネルウィグは、頭を一瞬で切り替え、戦闘の指揮に集中した。
「いいか! 作戦通りに動けよ! 散開!」
 港村の付近から、一つの塊だった軍が見事に村を取り囲んで行く。
 千の兵士達は、道から二手に分かれ、まるで二匹の蛇のようにするするとうごめく。
 ネルウィグと直属の兵達は一番高い所に陣取り、それを見届ける。
 そして、数分の後に伝令が駆けて来た。
 伝令にだけは、戦闘中は馬を使わせている。
「包囲終わりました!」
「よし、作戦開始の合図だ。派手に響かせろ!」


 二十人ほどの、直属の魔法兵に命令すると、彼らは二匹の蛇の体をなぞるように、曲線を描いて光の魔法を走らせた。
 そのついでに、魔法兵らは港にある船に光を着弾させた。
 激しい閃光がはじけ、爆発音が少し遅れて届く。
 数秒後、直撃した何隻もの船は、周囲を照らせるほどの炎を上げて燃えはじめる。
 家々からは、港まで距離があるのに、その炎の光がしっかりと届いていた。


「よい大きさの船に当てたな」
 ネルウィグは、満足気にひとりごちた。
 そしてその頃には、わぁわぁと、慌てて村人達が家から飛び出し、港の方を見下ろしていた。
 漁師達だろう、一目散に港へと走っていく者も見える。
 炎のお陰で。


「よし。次だが、可愛い部下どもはそろそろ動き出したか?」
 殺さず、走れるように、口もきけるように、いたぶれという命令。
 それを気にしつつも、ネルウィグは聖女を探していた。
 魔法兵に結界を張らせているが、この射撃場所を狙撃してくるかもしれない。
 得意の光線法以外にも、座標指定の魔法を知っていると厄介だから油断はしない。
 ただ、それは座標を視界に入れなくてはならない。
 だから目を凝らし、聖女らしき女を探しているのだった。
 無論、彼は夜でも見渡せる魔法を使っている。


「見当たらんな……それに、魔力を使える者がそれなりに混じっている」
 魔力感知の魔法も同時に使い、聖女を探していた。
 治癒魔法を使っても、すぐに分かるようにだった。
 しかし反応がいくつもあり、どれが聖女なのか分からない。
 魔力を感知するだけで、その強さまで分からないのが難点の魔法だった。


「ちっ。場所を変える。貴様らは結界を解くなよ? 光線に焼かれたくなかったらな」
 魔法兵達に檄を飛ばしながら、彼は村の中に歩を進めた。
 射線をある程度潰しておけば、座標魔法の脅威は軽減するからだ。
「どのみち、脳を直接座標指定されなければ、我々には傷ひとつ付かんがな!」
 それが本当かどうかは別として、その言葉は魔法兵達にとって心強かった。
 戦闘において、ネルウィグの側ほど安全な所はないと、改めて思えるから。
 そして、兵士達の包囲網も、じわじわと狭まっていく。
 蛇がその体を、獲物に巻き付けていくように。
 あちこちで悲鳴が聞こえ、それが村の真ん中に向かっていく。
 あるいは、港へと逃げていく姿が見える。


「船をもっと焼け。意外と数が少ないが、あんなものか?」
 半数の魔法兵は結界を解き、そして一瞬でまた、あの光を放った。
 何度か放つと、ほとんどの船が燃え出したように見える。
 どのみち、あれだけ炎があがっていると、もはやうかつに近付けないだろう。
 村人が海に逃げる手立てを、一瞬で奪い去ってしまった。


「いいぞ。一度そこの路地に入る。場所を移さねばな」
 そう言って、ネルウィグはさっと身を隠すように、魔法兵達も同じく、路地へと消えた。


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