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13・真相(1)
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「王女が国王を発見したとき、その胸は血に塗れていたが、実は、短剣で刺されてはいなかった」
張りつめた空気の中、アンルーの声だけが天井に吸い込まれていく。
「あなたが衛兵たちに指示を出すと、王女も国王の遺体から離れて、主祭壇に向かった。その隙にあなたは、国王の懐に見つけた王女の短剣で心臓を刺し、長椅子の下に投げ捨てたんだ」
しんしんと降り積もる雪のように、彼の言葉が、その場にいる者たちの体を冷やしていく。
まさか――と。
誰の顔にもはっきり、そう書かれていた。
半信半疑ではない。ほとんど完全に「疑」だ。
この青年は一体、何を言い出したのか。
エゼルディアですら、こんなときに冗談はよせと怒りたい気分だった。
しかし。
「単刀直入に訊こう。王女の短剣で国王を刺したのは、あなただな」
アンルーのその問いかけに、ザビドは深々と頭を垂れて答えた。
「はい」
声にならない衝撃が、居合わせた者たちの体を震わせる。
エゼルディアは硬直したまま、ザビドの姿を上から下まで何度も視線でなぞった。
この耳ではっきり彼の返事を聞いた後でも、まだ信じられない。
信頼に足る誠実な大神官が、なぜ。
「判決が下るまでは、波風を立てたくなかったのですが……」
はっきりと指摘された以上、隠すつもりはないのだろう。
ザビドは誰に訊かれるまでもなく、自ら事件について語り始めた。
「王女殿下が主祭壇へ向かわれた後、わしは、陛下のお体を検分しました。
そこで短剣を見つけ、ふと思ったのです。
もしこの短剣が鞘ではなく、陛下の心臓に収まっていたら、状況からして殿下は容疑を免れない。そうすれば自然な形で殿下を、神明裁判にかけることができるのではないか、と」
「まさか、王女殿下を神明裁判にかけることが、目的だったというのですか?」
医師がしきりに口髭を触りながら、狼狽しきった声で尋ねた。
「なぜです。次期王に選びたくないなら、あなたの立場ならそうできたはず……!」
「そこが問題だったのですよ、医師殿」
口元に寂しげな微笑をたたえ、ザビドは聴衆を見渡した。
「実を言うと陛下は生前、わしにだけ後継者の内示をされていました。
指名されたのは、エゼルディア王女殿下です。
サスキアは長子継承が原則で、王女は王としての資質になんの問題もない。
しかし、ラーフィーの神に仕える者としては、看過できないことがあったのです」
一度言葉を切り、ザビドは視線を足元に落としてから、低い声でつぶやく。
「殿下は、神の存在に疑問を抱いておられた」
息を殺して話を聞いていたエゼルディアは、その瞬間、完全に呼吸を忘れた。
脳裏にいくつかの場面が浮かんだ。王宮の庭で、礼拝室で、母の棺の前で。
職務に忠実なこの老人は、エゼルディアが悩んでいるときには必ず気付いて、さりげなく傍に寄り添ってくれた。
親身に話を聞き、穏やかな言葉で信仰を説き、腐敗する以前の神殿が目指していた境地へ、自分を導こうとしてくれていた。
その真心は、孫娘のような年頃の王女ではなく、いつだって唯一絶対の神に向けられていたのだ。
「昨今の神殿の在りようには、わしも心を痛め、王女殿下が疑問を抱くのも無理からぬことと感じておりました。
しかし、問題があるのは一部の人間です。
神にまで疑いを抱いてはいけない。
心からの信仰を持てない者を、王と認めるわけにはいかないと思ったのです」
「し……しかし、そんなことは、王妃の側とて同じではありませんか!」
茶色髪の近衛兵が思わずといった調子で声を上げた。
「あの女が敬虔な信徒と、本気で考えておいでですか? そもそも心を導くのはあなたの役目であるはず。懐疑を抱いているから王にしないなどと、そんな横暴な話があるか!」
「そう、そなたの言う通りだ。だからわしは悩んだのだよ。王女殿下の信仰心が欠けているからとって、王妃殿下の御一族が信仰に厚いかというと……」
二、三度頭を振り、嘆息を漏らしてザビドは続ける。
「わしにはわからなかった。だから神に直接、ご判断いただきたかったのです。信仰を理由に王女殿下の即位を、否認すべきなのかどうか」
「……ですが大神官様。王女殿下が神明裁判に臨んだのは、あくまで、国王陛下殺害の容疑をかけられたからです。裁きはその件にのみ下されるはずなのでは……」
医師が恐る恐る投げかけた疑問を、ザビドは予想していたかのように受け止めた。
「普通の裁判ならそうでしょう。だが、これは神明裁判だ。被告人は告発された罪によってのみ裁かれるのではない。そうではありませんか、黒衣の御使い殿」
唐突に話を振られ、注目を集めてアンルーは眉をひそめる。
「……なんの話だ」
「あなたが登場する神話です。いくつか存在する逸話の一つに、こんな話がある」
前置きし、ザビドは説教壇にいるときのように朗々とした声で語り始めた。
張りつめた空気の中、アンルーの声だけが天井に吸い込まれていく。
「あなたが衛兵たちに指示を出すと、王女も国王の遺体から離れて、主祭壇に向かった。その隙にあなたは、国王の懐に見つけた王女の短剣で心臓を刺し、長椅子の下に投げ捨てたんだ」
しんしんと降り積もる雪のように、彼の言葉が、その場にいる者たちの体を冷やしていく。
まさか――と。
誰の顔にもはっきり、そう書かれていた。
半信半疑ではない。ほとんど完全に「疑」だ。
この青年は一体、何を言い出したのか。
エゼルディアですら、こんなときに冗談はよせと怒りたい気分だった。
しかし。
「単刀直入に訊こう。王女の短剣で国王を刺したのは、あなただな」
アンルーのその問いかけに、ザビドは深々と頭を垂れて答えた。
「はい」
声にならない衝撃が、居合わせた者たちの体を震わせる。
エゼルディアは硬直したまま、ザビドの姿を上から下まで何度も視線でなぞった。
この耳ではっきり彼の返事を聞いた後でも、まだ信じられない。
信頼に足る誠実な大神官が、なぜ。
「判決が下るまでは、波風を立てたくなかったのですが……」
はっきりと指摘された以上、隠すつもりはないのだろう。
ザビドは誰に訊かれるまでもなく、自ら事件について語り始めた。
「王女殿下が主祭壇へ向かわれた後、わしは、陛下のお体を検分しました。
そこで短剣を見つけ、ふと思ったのです。
もしこの短剣が鞘ではなく、陛下の心臓に収まっていたら、状況からして殿下は容疑を免れない。そうすれば自然な形で殿下を、神明裁判にかけることができるのではないか、と」
「まさか、王女殿下を神明裁判にかけることが、目的だったというのですか?」
医師がしきりに口髭を触りながら、狼狽しきった声で尋ねた。
「なぜです。次期王に選びたくないなら、あなたの立場ならそうできたはず……!」
「そこが問題だったのですよ、医師殿」
口元に寂しげな微笑をたたえ、ザビドは聴衆を見渡した。
「実を言うと陛下は生前、わしにだけ後継者の内示をされていました。
指名されたのは、エゼルディア王女殿下です。
サスキアは長子継承が原則で、王女は王としての資質になんの問題もない。
しかし、ラーフィーの神に仕える者としては、看過できないことがあったのです」
一度言葉を切り、ザビドは視線を足元に落としてから、低い声でつぶやく。
「殿下は、神の存在に疑問を抱いておられた」
息を殺して話を聞いていたエゼルディアは、その瞬間、完全に呼吸を忘れた。
脳裏にいくつかの場面が浮かんだ。王宮の庭で、礼拝室で、母の棺の前で。
職務に忠実なこの老人は、エゼルディアが悩んでいるときには必ず気付いて、さりげなく傍に寄り添ってくれた。
親身に話を聞き、穏やかな言葉で信仰を説き、腐敗する以前の神殿が目指していた境地へ、自分を導こうとしてくれていた。
その真心は、孫娘のような年頃の王女ではなく、いつだって唯一絶対の神に向けられていたのだ。
「昨今の神殿の在りようには、わしも心を痛め、王女殿下が疑問を抱くのも無理からぬことと感じておりました。
しかし、問題があるのは一部の人間です。
神にまで疑いを抱いてはいけない。
心からの信仰を持てない者を、王と認めるわけにはいかないと思ったのです」
「し……しかし、そんなことは、王妃の側とて同じではありませんか!」
茶色髪の近衛兵が思わずといった調子で声を上げた。
「あの女が敬虔な信徒と、本気で考えておいでですか? そもそも心を導くのはあなたの役目であるはず。懐疑を抱いているから王にしないなどと、そんな横暴な話があるか!」
「そう、そなたの言う通りだ。だからわしは悩んだのだよ。王女殿下の信仰心が欠けているからとって、王妃殿下の御一族が信仰に厚いかというと……」
二、三度頭を振り、嘆息を漏らしてザビドは続ける。
「わしにはわからなかった。だから神に直接、ご判断いただきたかったのです。信仰を理由に王女殿下の即位を、否認すべきなのかどうか」
「……ですが大神官様。王女殿下が神明裁判に臨んだのは、あくまで、国王陛下殺害の容疑をかけられたからです。裁きはその件にのみ下されるはずなのでは……」
医師が恐る恐る投げかけた疑問を、ザビドは予想していたかのように受け止めた。
「普通の裁判ならそうでしょう。だが、これは神明裁判だ。被告人は告発された罪によってのみ裁かれるのではない。そうではありませんか、黒衣の御使い殿」
唐突に話を振られ、注目を集めてアンルーは眉をひそめる。
「……なんの話だ」
「あなたが登場する神話です。いくつか存在する逸話の一つに、こんな話がある」
前置きし、ザビドは説教壇にいるときのように朗々とした声で語り始めた。
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