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第5話 犬も歩けばファンクに当たる 4
しおりを挟む「どうよ、羽姫の試合ってスゴいっしょ」
携帯電話を片手に剣崎晃司は同僚の派遣バイト達の中心で声をあげる。
周りの同僚達は携帯電話に映し出される羽姫の試合の動画を見ながら賛同する。
インターネット上の動画サイトには、羽姫の試合の動画が幾つもあげられている。
店内は撮影可能である為観客達が各々撮影しては動画サイトにあげているのだが、剣崎が同僚達に見せている動画は観客席からの撮影ではなく色々な角度から撮られている動画だ。
羽姫の店員が店の宣伝用に撮った動画で、華澄対桐山戦のこの動画はDVDで店頭販売もしている。
「な、な。でさ、どうよ、今晩も華澄ちゃんの試合あんだけどさ、皆行かね?」
剣崎は熱狂的な斧宮華澄ファンで、こうして仲間内や仕事の同僚達に羽姫の試合や華澄の事を布教するのが日課だ。
試合の動画を見せれば大抵の人間が一度生で見てみたいと興味を持つ。
羽姫の客とは店員達の宣伝よりも剣崎の様な熱烈なファンからの口コミで増えていく事の方が多い。
派遣会社パワーワークステーション真盛橋支店の事務所は羽音町三丁目の安田ビルの三階にある。
パワーワークステーション以外に安田ビルに入っているのは英会話教室や学習塾ばかりで、ビルの利用者は比較的若い人間が多い。
事務所の待合室で他の同僚達と盛り上がっている剣崎もまだ十九と若く、その同僚達もそこらの年齢である。
羽音町三丁目自体が若者の街と呼ばれ、そうした街作りをされているので若者が多いのも当たり前の話である。
そういった街、そういったビル、そういった事務所で今給料を手渡しに受け取っている安堂伊知郎の姿は浮いているのかもしれない。
五十前の中年で、事務所のスタッフにも彼より年上のスタッフはいない。
深緑やら薄茶やら渋めの色で服装を統一していて、薄くなった髪は白髪の方が多い。
中肉中背といった体つきだが、背中が丸まっていて給料を受け取る手は皺だらけで全体的にこじんまりとした印象を受ける。
ありがとう、と給料を受け取る際に言葉を発したがそれが何より悲壮感漂っていて、若者で活気ある街には異質な存在だった。
「オッサン、オッサンもどう? 格闘技とか興味無い?」
給料受け渡し役の窓口のスタッフに一礼をして、事務所を出ていこうとした伊知郎に剣崎が声をかけた。
剣崎の周りの同僚達は揃って剣崎を制止しようとしていたが、剣崎はそれを聞こえないと言わんばかりだ。
別に伊知郎と交流を持ちたいわけではなく、これも剣崎流の布教活動である。
わざわざ事務所でスタッフに注意されるのをものともせずに騒がしく羽姫の宣伝をしているのも、給料を取りに来たバイト仲間を狙っての事だった。
伊知郎は手にかけていた出入り口のドアノブから手を離し、剣崎に振り向いた。
「私はそういうの興味無いんだ。すまない、せっかく誘ってくれたのに」
はっきりした口調でそう言って、少し頭を下げる。
そして、剣崎が何かを言う前に頭を上げて再びドアノブに手をかけ回し事務所を出ていった。
ほらな、と同僚達が言っていたので剣崎は、だよな、と苦笑いで答えた。
内心では羽姫の伝説の試合とも言える動画をみようともしなかった伊知郎に腹を立てていた。
伊知郎が四十八歳の誕生日を迎えた次の日に上司から言われた言葉は、クビ、だった。
アルミを加工する製造会社に勤続二十五年でそこそこの役職についてはいたが、終わる事の無い不況の波に会社はがたつき肩を叩かれたのだ。
元々創業者の親戚関係が上層部の三分の一を占めるような会社だったので、親戚関係と賃金の安い若手社員を残してやりくりする算段だろう。
同期の友人も同じ様に肩を叩かれていたので、伊知郎は仕方ない事だと諦める事にした。
同期の友人は他の切られた従業員達と共に会社を訴えるつもりらしいが、訴えて勝ったところで火の車なのが明らかな会社から返ってくるものは少ないだろうし、クビが取り消され復帰させられたところで心中するようなものだと、伊知郎は賛同することはしなかった。
それに裁判沙汰になると長期間にわたり時間を取られる事になる。
家族を養っていく事を考えると失業保険だけでは心許ない。
年金生活もまだ先の話で、すぐに手に職をつけねばならなかった。
しかし、五十手前の伊知郎にこの不況の最中ある仕事といえば日雇い派遣の仕事だけだった。
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