ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

文字の大きさ
9 / 120

第9話 案ずるよりパンクが易し 3

しおりを挟む
 一軒家の古くなった自宅から出て、伊知郎は近くのゴミ置き場にゴミ袋を置く。
 回収の時間帯は大体九時過ぎだと聞くが、ゴミ置き場には既にゴミ袋が山積みになって置いてある。
 山積みのゴミ袋を見ると辺りの住人達の朝の忙しさを垣間見ている様だ。

 そんなゴミ袋の山から目線を逸らしてみると、そんな忙しさを全力で身体で表現するかの様に走る茶髪の男が目に入った。
 濃赤のジャケットを着た男は、二丁目の方から走ってきた様だ。
 誰かに追われているのか、後ろを確認すると息を吐いて足を早めた。
 あのままの進路なら八丁目に向かうのだろう。

 伊知郎の視界から走り去った茶髪の男は、伊知郎にとって見覚えのある男であった。
 見覚えのある、といってもそれほどはっきりとしたものではない。
 後ろ姿、記憶にあるのはそれだけだ。
 昨日、コンビニで五円を代わりに払ってくれた茶髪の男性の後ろ姿。
 走り去っていく茶髪の男とよく似ている。

 ゴミ置き場から走り去った男のいた場所まで30m程あり、遠目に記憶を重ねただけに過ぎないが。
 伊知郎には何故だか確信があった。
 きっと彼に間違いない。
 借りたものは、返す。

 伊知郎は茶髪の男を追いかける為、走り出した。

 
 八丁目に続く橋を渡り勝は足を止めて、後ろを振り返った。
 売人の二人から完全に逃げ切る気など最初から無く、公共施設が建ち並ぶ八丁目の路地裏に誘い込むのが狙いだった。
 灯台もと暗しとでも言うのか、警察署や市役所などの公共施設が密集している八丁目は逆に犯罪の検挙率が低い。
 二丁目の学生諸君がわざわざ八丁目まで来てカツアゲに勤しんでいるのだから、呆れてしまう話だ。
 何から何まで八丁目に詰め込んでしまった弊害なのだろうと、勝は思っていた。

 真盛川を跨ぐ橋――手浦橋てうらばしは徒歩三分とかからない短い橋だ。
 渡りきったところで向かい側がはっきりと見える。
 その向かい側に走ってくる人物がいた。
 見知らぬ中年男性だった。
 呼吸を荒げてもがくように走ってくる。

「朝から大変だな。仕事に遅れそうなのか」

 自身も朝から逃走劇をやっているのだが勝はそれを棚にあげて、中年男性の走る様を眺めていた。
 まだ待ち人である売人二人組の姿は見えない。

 ふと、勝はその中年男性の様子がおかしい事に気づいた。
 中年男性の視線が明らかに勝に向けられている。
 勝が中年男性を見ているから睨み返している、という感じではない。
 まるで、そのもがくような走りのゴール地点の様だ。

 見知らぬ中年男性に追いかけられそうな事は挙げればキリがなかった。
 キリがない分見当がつかなかったが、大体の理由があまり良い理由ではないので勝は逃げる事にした。

「え、ちょ、ちょっとま、待って、ご、ごえ……」

 荒い呼吸混じりに中年男性が勝を呼び止めようとしていたが、勝はそれを無視して走り出した。

「オラァ、待てこのクソヤロウ!」

 後ろから聞こえる怒鳴り声。
 あの声は褐色肌の男の方だ。
 つくづく面倒な事になってきた。
 何故か追いかけてくる中年男性を撒きつつ、売人二人組を誘い込まなければならない。
 しかも一人は自分の立場を弁えず騒ぐものだから、いくら灯台もと暗しでも見つかってしまう可能性まである。

 ああ、面倒くせぇ。
 勝は面倒事を引き寄せる自分の運気につくづく嫌気が差していた。

 
 こんなに走るのは何年ぶりか、と伊知郎は思った。
 呼吸が激しく乱れていて、今立ち止まれば胃の中の物を吐き出してしまいそうだ。

 前を走る茶髪の男が手浦橋で立ち止まってくれたので自分に気づいてくれたのかと喜んだが、男は暫くすると振り返ってまた走り出した。
 男の反応に落胆しながらも追いかける伊知郎の後ろから怒鳴り声をあげて褐色肌の男が迫ってきていた。
 もうじき春になるとはいえまだ肌寒い中、季節感が全くない服装のその褐色肌の男は、オッサン邪魔だ、と言い捨てて伊知郎を追い越していった。

 褐色肌の男の背中を見送っていると、続いて対照的な色白の男が伊知郎を追い越していく。
 褐色肌の男と違って全力疾走せずにまるでジョギングのような軽快さで色白の男は走っていく。

 自分が追いかけている青年は、朝っぱらから男二人に追われるような青年なのだろうか。
 追いかけている二人からして、かなりの厄介事に関わっているんじゃないだろうか。
 だとすれば、青年にはかかわり合いにならない方がいいのではないだろうか。

 借りたものは、返せ。
 頭に響く安堂家の家訓が、止まりそうになった足を動かした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

氷結の夜明けの果て (R16)

ウルフィー-UG6
ファンタジー
Edge of the Frozen Dawn(エッジ・オブ・ザ・フローズン・ドーン) よくある異世界転生? 使い古されたテンプレート? ――そうかもしれない。 だが、これはダークファンタジーだ。 恐怖とは、姿を見せた瞬間よりも―― まだ見えぬまま、静かに忍び寄るもの。 穏やかな始まり。ほのかな優しさ。 だが、石の下には、眠る獣がいるかもしれない。 その時が来れば、闇は牙を剥く。 あらすじ 失われた魂――影に見つめられながら。 だが、英雄とは……本当に常に“光”のために戦う者なのか? 異国の大地で、記憶のないまま、見知らぬ身体で目を覚ます。 生き延びようとする本能だけが、彼を前へと突き動かす。 ――英雄か、災厄か。それを分けるのは、ただ一つの選択。 冷たく、謎めいた女戦士アリニアと共に、 彼は武器を鍛え、輝く都市を訪れ、古の森を抜け、忘れられた遺跡へと踏み込んでいく。 だが、栄光へと近づく一歩ごとに、 痛みが、迷いが、そして見えない傷が刻まれていく。 光の道を歩んでいるかのように見えて―― その背後で、影は静かに育ち続けていた。 ――これは、力と希望、そして自ら築き上げる運命の物語。 🔹 広大で容赦のない世界が、挑む者を待ち受ける。 🔹 試練と沈黙の中で絆を深めていく、二人の仲間。 🔹 「居場所」を探す旅路の果てに待つものとは――。 ヴェイルは進む。 その選択はやがて、一つの伝説を生み出すだろう。 それが光か、闇か。――決めるのは、あなた自身だ。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...