ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第17話 案ずるよりパンクが易し 11

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「本当に、大丈夫なのかい?」

 伊知郎は自身の側頭部を人差し指で叩く。

「大丈夫、っす。水で洗い流せばホント大したことねぇから、っす」

 勝は伊知郎が携帯電話をポケットに入れたことに安堵し、少し笑みを溢した。
 話のわかるオッサンかもしれない、と思うと敬語に気を遣うのが少し煩わしくなってきた。

「ところで――」

「ところで――」

 異口同音。

「君は何故、私の名前を?」

「オッサン、誰?」

 飛び交う疑問文。
 二人共にきょとんとした顔になった。

「え?」

「え?」

 再び、異口同音。
 間抜けな間が流れる。

「いやいや、君、私の名前を呼んでたじゃないか」

 伊知郎はそう言いながら、手に持った金属バットを軽く左右に振る。
 バット本来の振り方とは程遠い、まるでアイドルのコンサートでファンが振るペンライトの様に。
 おーい私だ、私はここにいるぞ、と目の前の勝に呼び掛ける様にバットを振る。

「いや、俺はオッサン……あ、いやオジサンの名前なんて――」

 勝は遅い訂正に気を遣って返すと、その伊知郎が振るバットに気がつき指を差した。

「あ! って、え? イチローなの、オッサン!?」

 馴れない気遣いは虚しい。
 しかし、伊知郎自身はそんなことをはなから気にしてなく、首を縦に振って大きく頷いていた。

 マジか?、と何度も言いながら勝は笑い出した。
 嘘から出たまこと、というヤツかと勝は思った。
 初めてその言葉を聞いた時に、マコトという名の人物が何も無い空間からボワッと出てくるところを想像した自分を思い出し、さらに可笑しさが込み上げてきた。
 止まらない笑いで呼吸が乱れて咳き込み出しても、マジか?、を繰り返し勝は笑い続けた。
 勝が一人で笑いだしたのが、何の事やらわからない伊知郎は困惑し、とりあえず制止の意味で咳払いを何度かしてみる。

「ああ、腹いてぇ……わりぃわりぃオッサン。あ、いや、イチローさん。あ、いや、馴れ馴れしいからオジサンっつった方がいいのかな」

「……好きに呼んでくれて構わないよ」

 伊知郎の落ち着いた声の返しに、勝は態度を改める為に咳払いを一つ。

「その、つまり、さっきイチローさんって呼んだのは、突然やってきたイチローさんを巻き込みたくなくてついた咄嗟の嘘。超テキトーなデタラメ」

 勝は少しだけ声を小さくして言った。
 倒れている須藤達に一応の用心をしてみる。
 
「つまり、奇跡的な偶然?」

「そう、その通り。いやぁ、こんな偶然ある? ミラクルだね、無駄に。無駄にミラクル」

「だったら、君は私の事を知らないのかい?」

「そう、だから……オッサン、誰?」

 飛び交った疑問が解けていく様に伊知郎は頷き、やっとスタート地点に立てた思いだった。

「私の名前は、安堂伊知郎。君に五円玉を借りた男だ。家訓に従い返しに来た」

「は? 何それ恐い」

 勝が予想していた伊知郎の素性は、警察関係かヤクザ関係だった。
 自分を追いかけてくる人間なんて、その二つしか無い。
 それが五円玉だ、家訓だ、と皆目見当もつかない理由を述べられている。
 いや、五円玉には心当たりがある。
 何とはなしにやってる行為だ。
 コンビニの募金箱に十円以下の釣り銭を入れる、その延長線でやっている行為。

「あんなの、返してもらわなくてもいいよ」

 何時の話だか思い出せないが、わざわざ借りだと思われる程の事でもない。
 むしろ、いちいちそんな事を言われたら重苦しくて仕方がない。

「いや、借りたものは返せ。うちの家訓なんだ」

 伊知郎はズボンのポケットから財布を取り出した。
 黒地に骸骨の模様と白い文字でROCK&ROLLと描かれている。
 百円均一で見つけた財布で、少し使っただけで文字が剥げかけたりと安っぽい作りであった。
 小銭入れを開けて、五円玉を探す。
 だが、五円玉は見当たらない。

「あっ!?」

「うおっ、何だよ急に大声出して?」

 五円玉が見当たるはずがないことに伊知郎は気づいた。
 それはそうだ、何せ昨日その五円玉が無かった事が話の始まりなのだから。

「何、五円玉無いの? んじゃさ、もういいから。借りってのも、ほら、イチローさんがここに来たので俺助かったし、それでチャラってことで」

 あのやりとりで生まれた一、二分の休憩時間。
 勝はその休憩時間で大いに助かったと思っていた。
 あの時間が無ければ、未だに殴り合いは続いてたかもしれない。
 余計な負傷をさらに増やしていたかもしれない。

「いや、それじゃダメなんだよ。借りたものは返せ、って家訓はね、そのままのものを返す事で成立するんだ。返しすぎてもいけないし、返さなすぎてもいけない。五円玉を借りたなら五円玉を返したい」

 よくわからない事に無駄に頑固だな、と勝は思い笑いそうになったが堪えた。
 流石に家訓なんてものを持ち出されたら、笑うには失礼か。
 きっとこのオッサンはこれまでの人生を、こうやって頑固に、家訓に従い生きてきたんだろう。
 それが馬鹿らしく見えたって他人の人生を笑えるほど自分も賢く生きてるわけじゃない。
 自分だって馬鹿みたいな生き方をしている。

「じゃあさ、また何処かで会った時でいいよ」

「また何処かで?」

「そう、また何処かで」

 勝はそう言うと手をひらひらと振った。
 今日はここでお別れ。
 右足を少し引き摺って歩いていく。

 伊知郎は、また何処かで、という言葉を頭の中で反芻しながら見送った。
 無茶な話な気もする。
 この街で約束も無くまた出会おうなんて。
 恋愛ドラマでもあるまいし、ましてや若者とオッサンだ、そもそもドラマにもならない。
 でも。
 奇跡的な偶然。
 何だかその言葉が引っかかって絶対に会えないとも思えなかった。
 また何処かで、会える気がする。

 勝の姿が路地裏に消えて、数分待ってから伊知郎は携帯電話を取り出した。
 彼は先程聞いたビルに行くのだろうか?
 千代田組、薬、と不吉な単語に嫌な予感しかしない。
 警察に電話するべきだろうか?
 いや、救急車が先か。

 番号を押し、携帯電話を耳に当てる。
 ふと、彼の名前を聞かなかった事に気がついた。
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