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第106話 グライムに教えられる 26

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 ただの猿真似ではない。
 勝のミドルキックをまともに食らったニアンは、その威力にそう理解した。
 いや必死な足掻きによる苦肉の猿真似としても、これ程の威力を出せるのならそれだけで意味があるだろう。
 これまでの人生でニアンが対峙してきた相手の中で、猿真似を得意とするものは数人といた。
 格闘術、暗殺術の中で見よう見まねが出来るというのはそれだけで才能だと言えるものだ。
 しかし、それは本物を超えることはあまり無い。
 真似て修練を重ね、自分のものとした際には超えるのだろうが、戦いの中で行われる瞬時のやり取りでそれを器用に超えてくるものはいない。
 ローキック、ミドルキックと続いた元の相手の力量はニアンにはわからなかったが、真似が出来るということは先程見せたニアンの真似をした起き上がりでわかった。
 それをハッキリと勝が口にした事で、動きが変わったのが警戒すべき点だ。
 コイツは天才肌の感覚派だ、対峙するニアンは勝の事をそう分析する。
 それが理屈として理解しようとしだした時の厄介さも、ニアンはわかっていた。

 コイツも遊川アイツと同じ天才モンスターか。

 ニアンはそれが羨ましくもあった。
 自分も天才モンスターであれたなら、違った生き方を出来たかもしれない。
 自分も怪物モンスターとなれたなら、違った生き方を選べるのかもしれない。 

 しかし、自分は超える者モンスターではない。
 そんな英雄譚は自分には無いとニアンは理解していた。
 自分は立ち塞がる者、そういう役回りばかりをやってきた。
 対峙してきた者の掴もうとする栄光や願いの前に、立ち塞がってきた。
 今もそうだ、今もこの赤いジャケットの男の前に立ち塞がっている。
 それが自分の役回りだというなら、そんな人生であると言うなら、それを真っ当してやろうともニアンは考えていた。
 その先に手に入る物があるはずだ、それを確かめたい。

 今までの戦いの経験値が勝の勝機だと言うのなら、ニアンにも長年培ってきたその格闘術がある。

 蹴られ歪む体勢の中、ニアンは何度目かの手刀を突き出した。
 岩を砕き、鉄を穿き、傷つけ、傷ついてきたその一手を伸ばす。
 この手刀が、この手が、掴む物が何であるのか確かめたかった。
 掴める物が何であるのか、幼少の頃からずっと確かめたくて手を伸ばし続けていた。

 突き出す手刀、ニアンの左腕。
 対して振られる勝の左腕、左フック。

 真っ直ぐと伸びる手刀を避けつつ振られる勝のフックは、かなり大振りとなっていてニアンもその軌道を確認できていた。
 手刀を伸ばしながら、その軌道から身体を逸らすのは余裕で出来ることだ。
 本来なら。

 大振りのフックが軌道を変える。
 それもニアンは読んでいた。
 ローキックからミドルキックへと振りを変えれる男だ、この土壇場でただ大振りのフックなど振らないだろう。
 それを理解してニアンは、踏み込み方を変えていた。
 身を屈めて、顎を狙う軌道のフックを避けようとしていた。
 しかし、そのニアンの身体を横から叩く勝のフック。
 強引な軌道修正による上からの振り下ろしではなく、フックの軌道のまま横腹を叩かれる。

 何が起きた?
 横腹に突き刺さる強い衝撃に、息と共に唾液を飛ばすニアン。
 確かに避けたはず、なのに何故避けきれていない?

英雄アイツにも一発食らったからな!」

 警察署の前で食らった横腹への一撃。
 軌道の読めない蛇の一撃。
 英雄の特異な関節の柔らかさからなせる技を、勝は筋肉のしなりで再現してみせる。
 しかし強引な物真似は、筋肉への負担が強く、これ一発限りの再現であった。
 かかる負担は強い痛みとなって、勝に歯を食いしばらせる。

 予期せぬ一撃に体勢を崩すニアン。
 そこへ勝の追撃。
 フックを避ける為、踏み込み低く構えたニアンの顔を膝蹴りで突き上げる。
 ごっ、と骨がぶつかる音が僅かに聞こえ、ニアンの顔が跳ね上げられた。
 跳ね上げられる顔、無防備となる上半身。

 勝は強く強く歯を食いしばり、強く強く一歩を踏み込んだ。
 蛇と化した左腕、痺れの残る右腕を必死に動かすと、ニアンの腹部に打ちつけるように突き出した。

 両掌を開いた花のように押し当て――
  
 開花双打掌。

 自身がぶっ飛ばされたそのニアンの一撃で、今度はニアンの身体を豪快にぶっ飛ばした。
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