119 / 120
第119話 犬も歩けばファンクに当たる 8
しおりを挟む
真盛橋羽音町四丁目、夜八時。
仕事場の作業服に緑のミリタリージャケットを羽織って自転車を漕いで帰路に着く平田文哉は、通りすがりのその街風景に、変わりがないことを確認していく。
水商売系の店が一斉に開店して客を迎え入れる為にネオンを輝かせる。
パトロールのつもりは無いが、一か月前の事件も文哉にとってはこの飲み屋街が始まりの場所だったので、変化は無いかと気になってしまう。
車道をゆっくりと流すように自転車を漕いでいく文哉の背中に、クラクションが二回鳴らされる。
道の邪魔をしてるつもりは無かったので、文哉は誰だと振り返ると、クラクションの主は見知った黒いセダンであった。
歩道に寄せられ止められたセダンに合わせて、文哉も自転車から降りて歩道へと上がる。
ガードレールを挟んでセダンの横に立つと、助手席側の窓が下へスライドして開けられた。
「よぉ、平田。仕事帰りか?」
助手席に座るのは、馬宮幹雄。
事件の際にボロボロに破れてしまった紺の背広をそのまま揃え直していた。
「あのさ、気軽に声掛けないでくれるか? ただでさえ一ヶ月の入院に、喧嘩してたのもしっかり目撃されてて、職場じゃ評判悪いんだからさ。これに重ねて極道とも交流があるなんて、スリーアウトチェンジでクビになっちまう」
元々職場での人間関係を円滑に行ってきたわけではないが、それ故に付け込まれる素材が増えるのは避けたかった。
別に続けていきたい仕事だとは文哉も思っていなかったが、職を失うわけにもいかなかった。
「つれないこと言うなよ。この街じゃ、千代田組と話してるぐらいでとやかく言う奴の方が稀だぜ」
そう言って運転席から顔をのぞかせるのは、平家北斗。
こちらも濃緑の背広を新しく揃えていて、どうやらそれぞれのトレードマーク的なカラーなのかもしれない。
まるで作業服みたいだなと、文哉は思った。
「それで、何の用だよ、わざわざ呼び止めて」
「華澄ちゃんと桐山の試合観に行くんだろ? どうだ、一緒に?」
馬宮の誘いに文哉は、は?、と返した。
「オイオイ、暇なのかよ、千代田組? わざわざその為に組の車を乗り回してるのか?」
「違ぇよ。今日は若頭の見舞いにとお嬢送った後なんだよ。報告も兼ねてるから、俺らもちゃんと仕事帰りってとこなんだ」
運転席で平家は森川八重を乗せていたであろう後部座席を親指で差す。
文哉は八重と千代田組の関係性を深くまでは聞いていなかったが、軽く聞いた感じ八重がタクシー代わりに千代田組の車を使うようには思えなかったので、警護だ何だと理由をつけて無理矢理送迎したのだろう。
「大体何時から何時までみたいな定時制じゃねぇからな、極道は。シマの見回りと息抜きは並行してやらなきゃならねぇのよ」
「息抜き、ね」
「アレから一ヶ月経つが、また何か起こらねぇかと敏感になっちまってしょうがねぇ。まぁ、その方が街を護るだなんて組の方針には合ってんだがな。とはいえ、ずっと張り詰めててもいざって時にガス欠になりかねねぇ」
それで選ぶ息抜きが格闘バーでの観戦というのだから、闘争本能滾りすぎじゃないか、と文哉は思った。
文哉自身はグラップル羽姫に足を運ぶのは腰が重かったが、今回は華澄がいつも以上に誘ってくるので根気負けして行くことになった。
「ああ、今回羽姫に行くのは息抜きでもあるが、見回りも兼ねてんだよ。あそこの話題は羽音町外にも広がってっからな。客も外から足運んできたヤツが大半だ」
違法スレスレのグラップル羽姫は、実のところケツモチに千代田組がついていないので、外の組織にシノギとして狙われることもしばしばであった。
それが今回の話題性で尚更加速するかと思うと、悠長に構えてる場合では無かった。
「ハハ、お仕事大変そうで良かったじゃないか。極道に言うのもおかしな話だが、どうぞ気張って街の警備に励んでくれよ」
「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ、平田。聞いてるぞ、商店街自警団に顔出すようになったそうじゃねぇか?」
平家の指摘通り、文哉は怪我が治ってからまた自警団に顔を出すようになっていた。
OBだどうだと出しゃばるつもりは無く、ただ後輩らの顔は知っておこうと思っての行動だ。
見知らぬ人事件における文哉の活躍により、商店街自警団の士気は高まっていて、ただその士気が暴走しないようにも監視の目を光らせていた。
「互いにやる事は山ほどあるってことか。それじゃあこんなとこでダベってる場合じゃねぇな」
そう言うと文哉はセダンから離れ、停めていた自転車に跨った。
「何だよ、行かねぇのか、羽姫?」
馬宮が不服そうに口を尖らせる。
「行くよ。ただ、店の中でまでアンタらと隣り合わせはゴメンなんだよ」
文哉はそれを別れの言葉として、自転車を漕ぎ始めた。
すっと、車道へと降り走り出していく。
何だよつれねぇなあ、と平家は笑いながらセダンのエンジンを掛け直した。
仕事場の作業服に緑のミリタリージャケットを羽織って自転車を漕いで帰路に着く平田文哉は、通りすがりのその街風景に、変わりがないことを確認していく。
水商売系の店が一斉に開店して客を迎え入れる為にネオンを輝かせる。
パトロールのつもりは無いが、一か月前の事件も文哉にとってはこの飲み屋街が始まりの場所だったので、変化は無いかと気になってしまう。
車道をゆっくりと流すように自転車を漕いでいく文哉の背中に、クラクションが二回鳴らされる。
道の邪魔をしてるつもりは無かったので、文哉は誰だと振り返ると、クラクションの主は見知った黒いセダンであった。
歩道に寄せられ止められたセダンに合わせて、文哉も自転車から降りて歩道へと上がる。
ガードレールを挟んでセダンの横に立つと、助手席側の窓が下へスライドして開けられた。
「よぉ、平田。仕事帰りか?」
助手席に座るのは、馬宮幹雄。
事件の際にボロボロに破れてしまった紺の背広をそのまま揃え直していた。
「あのさ、気軽に声掛けないでくれるか? ただでさえ一ヶ月の入院に、喧嘩してたのもしっかり目撃されてて、職場じゃ評判悪いんだからさ。これに重ねて極道とも交流があるなんて、スリーアウトチェンジでクビになっちまう」
元々職場での人間関係を円滑に行ってきたわけではないが、それ故に付け込まれる素材が増えるのは避けたかった。
別に続けていきたい仕事だとは文哉も思っていなかったが、職を失うわけにもいかなかった。
「つれないこと言うなよ。この街じゃ、千代田組と話してるぐらいでとやかく言う奴の方が稀だぜ」
そう言って運転席から顔をのぞかせるのは、平家北斗。
こちらも濃緑の背広を新しく揃えていて、どうやらそれぞれのトレードマーク的なカラーなのかもしれない。
まるで作業服みたいだなと、文哉は思った。
「それで、何の用だよ、わざわざ呼び止めて」
「華澄ちゃんと桐山の試合観に行くんだろ? どうだ、一緒に?」
馬宮の誘いに文哉は、は?、と返した。
「オイオイ、暇なのかよ、千代田組? わざわざその為に組の車を乗り回してるのか?」
「違ぇよ。今日は若頭の見舞いにとお嬢送った後なんだよ。報告も兼ねてるから、俺らもちゃんと仕事帰りってとこなんだ」
運転席で平家は森川八重を乗せていたであろう後部座席を親指で差す。
文哉は八重と千代田組の関係性を深くまでは聞いていなかったが、軽く聞いた感じ八重がタクシー代わりに千代田組の車を使うようには思えなかったので、警護だ何だと理由をつけて無理矢理送迎したのだろう。
「大体何時から何時までみたいな定時制じゃねぇからな、極道は。シマの見回りと息抜きは並行してやらなきゃならねぇのよ」
「息抜き、ね」
「アレから一ヶ月経つが、また何か起こらねぇかと敏感になっちまってしょうがねぇ。まぁ、その方が街を護るだなんて組の方針には合ってんだがな。とはいえ、ずっと張り詰めててもいざって時にガス欠になりかねねぇ」
それで選ぶ息抜きが格闘バーでの観戦というのだから、闘争本能滾りすぎじゃないか、と文哉は思った。
文哉自身はグラップル羽姫に足を運ぶのは腰が重かったが、今回は華澄がいつも以上に誘ってくるので根気負けして行くことになった。
「ああ、今回羽姫に行くのは息抜きでもあるが、見回りも兼ねてんだよ。あそこの話題は羽音町外にも広がってっからな。客も外から足運んできたヤツが大半だ」
違法スレスレのグラップル羽姫は、実のところケツモチに千代田組がついていないので、外の組織にシノギとして狙われることもしばしばであった。
それが今回の話題性で尚更加速するかと思うと、悠長に構えてる場合では無かった。
「ハハ、お仕事大変そうで良かったじゃないか。極道に言うのもおかしな話だが、どうぞ気張って街の警備に励んでくれよ」
「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ、平田。聞いてるぞ、商店街自警団に顔出すようになったそうじゃねぇか?」
平家の指摘通り、文哉は怪我が治ってからまた自警団に顔を出すようになっていた。
OBだどうだと出しゃばるつもりは無く、ただ後輩らの顔は知っておこうと思っての行動だ。
見知らぬ人事件における文哉の活躍により、商店街自警団の士気は高まっていて、ただその士気が暴走しないようにも監視の目を光らせていた。
「互いにやる事は山ほどあるってことか。それじゃあこんなとこでダベってる場合じゃねぇな」
そう言うと文哉はセダンから離れ、停めていた自転車に跨った。
「何だよ、行かねぇのか、羽姫?」
馬宮が不服そうに口を尖らせる。
「行くよ。ただ、店の中でまでアンタらと隣り合わせはゴメンなんだよ」
文哉はそれを別れの言葉として、自転車を漕ぎ始めた。
すっと、車道へと降り走り出していく。
何だよつれねぇなあ、と平家は笑いながらセダンのエンジンを掛け直した。
6
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
氷結の夜明けの果て (R16)
ウルフィー-UG6
ファンタジー
Edge of the Frozen Dawn(エッジ・オブ・ザ・フローズン・ドーン)
よくある異世界転生?
使い古されたテンプレート?
――そうかもしれない。
だが、これはダークファンタジーだ。
恐怖とは、姿を見せた瞬間よりも――
まだ見えぬまま、静かに忍び寄るもの。
穏やかな始まり。ほのかな優しさ。
だが、石の下には、眠る獣がいるかもしれない。
その時が来れば、闇は牙を剥く。
あらすじ
失われた魂――影に見つめられながら。
だが、英雄とは……本当に常に“光”のために戦う者なのか?
異国の大地で、記憶のないまま、見知らぬ身体で目を覚ます。
生き延びようとする本能だけが、彼を前へと突き動かす。
――英雄か、災厄か。それを分けるのは、ただ一つの選択。
冷たく、謎めいた女戦士アリニアと共に、
彼は武器を鍛え、輝く都市を訪れ、古の森を抜け、忘れられた遺跡へと踏み込んでいく。
だが、栄光へと近づく一歩ごとに、
痛みが、迷いが、そして見えない傷が刻まれていく。
光の道を歩んでいるかのように見えて――
その背後で、影は静かに育ち続けていた。
――これは、力と希望、そして自ら築き上げる運命の物語。
🔹 広大で容赦のない世界が、挑む者を待ち受ける。
🔹 試練と沈黙の中で絆を深めていく、二人の仲間。
🔹 「居場所」を探す旅路の果てに待つものとは――。
ヴェイルは進む。
その選択はやがて、一つの伝説を生み出すだろう。
それが光か、闇か。――決めるのは、あなた自身だ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる