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清泪─せいな

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プロローグ

3 異世界と黒鉄の鬼人

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 武志が逃げる間を作る為とはいえ、その後に続くのはすぐにできたはずだ。
 大男があそこに立ち止まりトカゲ人間達と戦い続けているというのはつまり、最初からそうするつもりであったという事。
 多勢に無勢だから逃げろというわけではなく、無関係の人間だから逃げろというわけである。

 だからアイコンタクトなんて無茶なんだよ、と武志は悪態をつきたくなった。
 そんな理由なら、従う気なんて起きるはずがなかった。
 誰かを犠牲にして助けてもらうなんてのは、うんざりだ。

 武志はまた駆け出した。
 今度は先程までいた場所、トカゲ人間達の囲う場所へ。
 全力で走り、跳び、トカゲ人間の一体の後頭部を思いきり蹴る。
 蹴り飛ばされたトカゲ人間に続いて、周囲の仲間たちも、大男も驚きの声をあげた。

「俺だけ逃げるわけにはいかないだろうがっ!」

 意味は通じないとわかっていても武志は怒鳴らずにはいられなかった。
 武志が怒っているのが伝わったのか、はたまた戻ってきたのに困惑したのか、大男は右手で頬をかき苦笑いを浮かべた。
 大男の不器用な苦笑に応えるように、より鮮やかに、武志は一番近くに立っていたトカゲ人間の顔面を殴った。
 仲間の一体が蹴り飛ばされて驚いたのか、無防備なその頬に右フックがぶつかる。
 殴る感覚、いや正確に言えば壊す感覚に武志は吐き気がした。
 気を緩めばあまりの嫌悪に身震いしそうだ。
 自分はまた何かを壊そうと、誰かを殺そうとしている。
 殺さないようにと加減がきく相手でもないし、武志自身力を制御しつつこの場を鎮圧できるほど器用でもなかった。

 忘れることなど到底できもしない事故によって手にした力は強靭だった。

 そして、殺さなければ殺されてしまうのだ。
 あの日からずっとそうあり続けている。
 今は殺さずに済むのなら殺されても構わないと自棄になる気持ちもあるが、殺されるのは何も自分だけではないのだ。
 武志の事を逃がそうとした大男も殺されてしまう可能性がある。
 それを受け入れるのは、武志の身に過る嫌悪感よりもおぞましい事である。

 武志は強い吐き気に耐えながら、顔面が砕けていくトカゲ人間を前蹴りで蹴り飛ばした。
 また一体仲間がやられて、トカゲ人間達は怒りに動きを取り戻した。
 しかし、それより早く攻撃を再開した大男の斬撃におののき、また動きが止まる。
 そして、その隙を武志が見逃すはずもなかった。

 大男一人でも余裕だったのではないだろうか?
 武志と大男の一方的な攻撃が続く。
 どちらがどちらを囲い襲おうとしていたのか、草原に倒れるトカゲ人間達の数を見ればその点は怪しくなっていく。
 大男一人でも余裕だったのではないだろうか?
 何体目かのトカゲ人間の頭を蹴り上げながら、武志の頭の中にはその疑問が何度とちらついた。
 しかしそれは、簡単には頷ける問いではない。
 余裕だったなら見捨てて逃げたのだろうか?

 答えは、否だ。

 見捨てられるわけはない。
 こんな疑問が何度とちらつくのは、自身の手が血生臭くなるのを恐れているからだ。
 最早、遅すぎる話だというのに。

 武志は自身の右手を見つめた。
 何処もおかしな点も無い普通の右手だ。
 硬質なトカゲの皮膚を殴っているのに傷一つつかない、普通の右手だ。
 ちゅるちゅるちゅると鳴る音と共に空気を切り裂く様な怪奇音。
 トカゲ人間が発する、鳴き声。
 トカゲ人間の一体が武志に向かって手斧を振り下ろす。
 太めの木の棒の先に鉄の刃をくっ付けただけの簡易な武器だが、まともに受ければ肉は簡単に裂け骨は砕けるだろう。
 しかし、武志はその手斧に対して避ける動作も見せず、一歩踏み込み向かってみせた。
 両腕を交差させ、頭の上で構える。
 その交差の中心に手斧は振り下ろされた。
 
 金属と金属とがぶつかる高く鈍い音が鳴り、砕けたのは手斧の方であった。
 武志の交差させた腕に叩きつけたトカゲ人間の手斧は、一方的に跳ね返されて衝撃に耐えきれず粉々に砕けた。

 叫び声の様に何度も怪奇音を鳴くトカゲ人間が見たモノは、漆黒の腕であった。
 つい先程まで筋肉がそこそこついた武志の腕は、岩の様にゴツゴツした硬い何かに変貌していた。
 形として、腕。
 しかし、それは人間のそれではない。

 それは、吸い込まれるほど澄んだ黒い無機質な鉄。

 半袖から露出している部分があっという間に、黒鉄《くろがね》へと変貌していく。
 手先から腕にかけて黒鉄へと変貌し、それは浸食するように武志を服ごと覆っていった。
 巨岩を荒々しく人型に削ったようなゴツゴツとした出で立ち。
 変貌、いや黒鉄に内包された武志はまるで鬼のようであった。
 
 武志の異常さにトカゲ人間達は、再びおののき鳴き声をあげる。
 得体の知れないものに取る行動は、怯えと攻撃である。
 怒りのままに突っ込むほどの勢いもなく、慎重すぎて的も絞れない。

 ほんの少しの動きでトカゲ人間達の攻撃をかわしながら、一体一体に一撃を的確に当てる武志。
 あるいは顔を蹴り、あるいは胸を殴り、あるいは腕を絞め投げた。
 普通の姿をしていた時よりも数段速く動き、次から次へとトカゲ人間達を倒していった。

 黒鉄の鬼と化したその姿は、されどまた一撃を加える事に新たな変化を生んでいく。
 荒削りの岩のようだったゴツゴツした外観が、所々はより鋭利になりながら流線型のラインを形作り丸みを帯びたフォルムへと成っていく。
 それはまた人へと変わるようでもあり、人と鬼と黒鉄が融合したかのようにも見える。
 武志は、かすれた声で叫んだ。

「変……身っ!」

 黒鉄の鬼人。
 切り裂く様な息を吐いて、武志は変身した。
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