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IV
32 黒鉄の鎧と飛び散る火の玉
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弓矢の気配にしゃがれ声の男は警戒を強めた。
狙撃されるとしたら、路地の先だ。
だが、そこに気配は感じられない。
目視できる射線は狭く限られている。
にもかかわらず、矢は正確に、しかも変則的な軌道で飛来する。
「魔素で軌道を……ちっ、面倒だな」
低くうなるように吐き捨てる。
そこへ、勢いよく跳び込んできたのは――黒い影。
「だぁぁぁぁぁぁッ!!」
怒声とともに飛来したのは、全身を魔素で覆った黒鉄の男、武志だった。
路地の入口から跳びかかるように繰り出されたジャンプパンチ。
狙撃に神経を集中させていたしゃがれ声の男の反応は、わずかに遅れる。
「ッ──!」
間一髪、手に構えていたトンファーを交差させて受け止める。
が、遅かった。
衝撃が凄まじい。
全身を黒い魔素の装甲で包み込んだ武志の拳は、圧そのものが武器だった。
しゃがれ声の男の足が地を離れ、受け止めきれず吹き飛ばされる。
路地の壁に背を打ちつけ、息が漏れた。
「……魔素で全身包むだなんて、イカれてやがるな、お前……ッ」
トンファー越しに受けた拳の衝撃は、腕から肩まで痺れを伴う。
皮膚の下で筋肉が悲鳴をあげていた。
表情が苦々しく歪む。
「ヴィンドさん、大丈夫か!」
駆け寄る武志が、壁に手をついて立ち上がるヴィンドに声をかける。
ヴィンドは肩で息をしながらも、若者の気遣いにかすかに笑みを返した。
「年甲斐もなく、事の解決を急ぎすぎました……独断専行、反省すべき点ですな」
自嘲気味に笑う老人に、武志は首を横に振る。
「いや、ヴィンドさんの動きについてこれなかったこっちが悪い。遅くなってすまん」
責めることは一切なかった。
その言葉は、信頼そのものだった。
一方、しゃがれ声の男は静かに呼吸を整えつつ、目の前の状況を分析していた。
(狙撃は見えない位置から、軌道は操られている。黒鉄の怪力野郎も厄介だ。で、ジジイは――仕留めきれなかったのは不味いな、あの腕の立ちようは多少の負傷程度なら遠慮したい)
三対一。
わかりやすいほどの、不利だ。
しかも、魔獣使いはこちらの切り札だが――
(浄化術で封じられてやがる……使えねぇ)
舌打ちしたいのを飲み込む。
「護衛に時間稼ぎ、つまらねぇ仕事ばかりだなぁ、オイ!」
しゃがれ声が怒鳴るように吠えると、地面の小石を足で蹴り上げた。
舞い上がった石は、弧を描きながら彼の眼前に浮かぶ。
「せめて、火遊びでもしてろ!」
トンファーが振るわれ、浮かんだ石を鋭く叩いた。
弾かれた小石は、まるで銃弾のような加速で武志へと迫る。
その途中、石は唐突に――燃えた。
魔素の揺らぎが走り、空気が熱を帯びる。
小石が赤く発光し、次の瞬間には火の玉に変わっていた。
狙いは武志の顔面。
「っ……!」
武志は即座に両腕を交差させて構える。
火の玉が衝突。
爆ぜる熱と衝撃に視界が遮られた。
それを狙っていた。
「行きな!」
しゃがれ声の男が魔獣使いに向けて叫ぶ。
魔獣使いは戸惑った様子を見せたが、次の瞬間にはうなずいた。
追跡を警戒し、仲間たちが待つ方向ではなく、逆方向へと走り出す。
逃がすか──と、武志が視界を回復させながら追おうとしたその時。
しゃがれた声の男が、トン、と石畳の地面をトンファーの柄尻で叩いた。
その衝撃で弾けた数粒の小石が、男の前方に軽く浮かび上がる。
「よっと」
空中に浮いたそれらを、男がスイングしたトンファーで順繰りに叩く。
乾いた衝突音の直後、小石は鋭く飛び出し、その軌道の中で赤く光を灯した。
魔素の操作によって加熱された小石が、空中で火を孕む。
それはまるで火の玉の散弾、炎の破片となって武志とヴィンドのもとへと襲いかかってきた。
「オレはなぁ、魔法ってやつを器用に扱えるタチじゃねぇんだよ」
火の玉のように軌道を描いて散る小石の嵐。
その背後から男の声が重なった。
「せいぜい、こうして摩擦と加熱で熱を生んで、それを魔素で『火』に変えてやるくらいさ。ちっせぇ技術だろ? だけどな、俺にはこれで十分なんだ」
瞬間、武志がヴィンドの前へと躍り出た。
肩幅を広く取り、両腕をクロスして頭部と胸部を守る。
全身を包む黒鉄の魔素鎧が、飛来する火の玉を受け止め、火花を撒き散らしながらはじけさせていく。
「十分だ――だがよ、テメェみてぇに得意げに魔素を使いこなすヤツを見ると、苛立つんだよ」
その怒声が吐き出された直後、火の玉の影から、しゃがれた声の男が滑り込むように突っ込んできた。
火の粉を割って躍り出た男の両手には、トンファー。
柄を握った両腕を重ねるようにして突き出し、鋭い軌道で武志の胸部めがけて一撃を放つ。
「てめぇの魔素鎧がどれだけ頑丈か、確かめてやらぁ!!」
武志の防御は間に合わなかった。
火の玉に気を取られていたその隙を突くように、トンファーが魔素の鎧越しに胸を貫くような衝撃を叩き込む。
武志の背中の筋肉が波打ち、地面を削るようにして足がズリ下がった。
「ぐっ……!」
一瞬、肺に空気が入らない。
黒鉄の鎧が衝撃を分散していたとはいえ、その一点だけを狙った突きは内側にまで響いた。
呼吸が止まり、視界が揺らぐ。
「タケシ殿!」
ヴィンドが声を上げたが、武志が庇うように立ちはだかっていることで反撃の隙を掴めずにいる。
その刹那、アースカの矢が空を切った。
だが、火の玉となった小石たちが空間に魔素の乱流を起こしており、しゃがれた声の男の位置を正確に把握できなかったのだ。
「おらっ、さっきのパンチのお返しだよッ!」
突きの一撃を放った勢いそのままに、しゃがれた声の男が武志に肉迫。
両手のトンファーを交互に振るい、容赦ない連打を浴びせる。
ゴン、ガン、ガガン──魔素鎧にぶつかるたびに衝撃が返るが、男は苦悶の声も上げずに歯を食いしばって打ち込む。
「どいつもこいつも魔素で装甲だの強化だの、使えねぇヤツだってイチイチ言われてるみたいだぜ……!」
最後に男が全身をひねって踏み込み、前蹴りを叩き込んだ。
鋭く突き出された足裏が、武志の腹部を貫き、重たい衝撃音が石畳に響いた。
武志の身体が仰け反り、数歩分地面を滑った。
「……!」
それでも武志は倒れなかった。
重心を崩しつつも足を踏ん張り、拳を握り直して立ち直ろうとする。
その姿に、しゃがれた声の男は歯を剥いて笑った。
「……しぶてぇな。だが、そっちの方が燃えるってもんだな?」
狙撃されるとしたら、路地の先だ。
だが、そこに気配は感じられない。
目視できる射線は狭く限られている。
にもかかわらず、矢は正確に、しかも変則的な軌道で飛来する。
「魔素で軌道を……ちっ、面倒だな」
低くうなるように吐き捨てる。
そこへ、勢いよく跳び込んできたのは――黒い影。
「だぁぁぁぁぁぁッ!!」
怒声とともに飛来したのは、全身を魔素で覆った黒鉄の男、武志だった。
路地の入口から跳びかかるように繰り出されたジャンプパンチ。
狙撃に神経を集中させていたしゃがれ声の男の反応は、わずかに遅れる。
「ッ──!」
間一髪、手に構えていたトンファーを交差させて受け止める。
が、遅かった。
衝撃が凄まじい。
全身を黒い魔素の装甲で包み込んだ武志の拳は、圧そのものが武器だった。
しゃがれ声の男の足が地を離れ、受け止めきれず吹き飛ばされる。
路地の壁に背を打ちつけ、息が漏れた。
「……魔素で全身包むだなんて、イカれてやがるな、お前……ッ」
トンファー越しに受けた拳の衝撃は、腕から肩まで痺れを伴う。
皮膚の下で筋肉が悲鳴をあげていた。
表情が苦々しく歪む。
「ヴィンドさん、大丈夫か!」
駆け寄る武志が、壁に手をついて立ち上がるヴィンドに声をかける。
ヴィンドは肩で息をしながらも、若者の気遣いにかすかに笑みを返した。
「年甲斐もなく、事の解決を急ぎすぎました……独断専行、反省すべき点ですな」
自嘲気味に笑う老人に、武志は首を横に振る。
「いや、ヴィンドさんの動きについてこれなかったこっちが悪い。遅くなってすまん」
責めることは一切なかった。
その言葉は、信頼そのものだった。
一方、しゃがれ声の男は静かに呼吸を整えつつ、目の前の状況を分析していた。
(狙撃は見えない位置から、軌道は操られている。黒鉄の怪力野郎も厄介だ。で、ジジイは――仕留めきれなかったのは不味いな、あの腕の立ちようは多少の負傷程度なら遠慮したい)
三対一。
わかりやすいほどの、不利だ。
しかも、魔獣使いはこちらの切り札だが――
(浄化術で封じられてやがる……使えねぇ)
舌打ちしたいのを飲み込む。
「護衛に時間稼ぎ、つまらねぇ仕事ばかりだなぁ、オイ!」
しゃがれ声が怒鳴るように吠えると、地面の小石を足で蹴り上げた。
舞い上がった石は、弧を描きながら彼の眼前に浮かぶ。
「せめて、火遊びでもしてろ!」
トンファーが振るわれ、浮かんだ石を鋭く叩いた。
弾かれた小石は、まるで銃弾のような加速で武志へと迫る。
その途中、石は唐突に――燃えた。
魔素の揺らぎが走り、空気が熱を帯びる。
小石が赤く発光し、次の瞬間には火の玉に変わっていた。
狙いは武志の顔面。
「っ……!」
武志は即座に両腕を交差させて構える。
火の玉が衝突。
爆ぜる熱と衝撃に視界が遮られた。
それを狙っていた。
「行きな!」
しゃがれ声の男が魔獣使いに向けて叫ぶ。
魔獣使いは戸惑った様子を見せたが、次の瞬間にはうなずいた。
追跡を警戒し、仲間たちが待つ方向ではなく、逆方向へと走り出す。
逃がすか──と、武志が視界を回復させながら追おうとしたその時。
しゃがれた声の男が、トン、と石畳の地面をトンファーの柄尻で叩いた。
その衝撃で弾けた数粒の小石が、男の前方に軽く浮かび上がる。
「よっと」
空中に浮いたそれらを、男がスイングしたトンファーで順繰りに叩く。
乾いた衝突音の直後、小石は鋭く飛び出し、その軌道の中で赤く光を灯した。
魔素の操作によって加熱された小石が、空中で火を孕む。
それはまるで火の玉の散弾、炎の破片となって武志とヴィンドのもとへと襲いかかってきた。
「オレはなぁ、魔法ってやつを器用に扱えるタチじゃねぇんだよ」
火の玉のように軌道を描いて散る小石の嵐。
その背後から男の声が重なった。
「せいぜい、こうして摩擦と加熱で熱を生んで、それを魔素で『火』に変えてやるくらいさ。ちっせぇ技術だろ? だけどな、俺にはこれで十分なんだ」
瞬間、武志がヴィンドの前へと躍り出た。
肩幅を広く取り、両腕をクロスして頭部と胸部を守る。
全身を包む黒鉄の魔素鎧が、飛来する火の玉を受け止め、火花を撒き散らしながらはじけさせていく。
「十分だ――だがよ、テメェみてぇに得意げに魔素を使いこなすヤツを見ると、苛立つんだよ」
その怒声が吐き出された直後、火の玉の影から、しゃがれた声の男が滑り込むように突っ込んできた。
火の粉を割って躍り出た男の両手には、トンファー。
柄を握った両腕を重ねるようにして突き出し、鋭い軌道で武志の胸部めがけて一撃を放つ。
「てめぇの魔素鎧がどれだけ頑丈か、確かめてやらぁ!!」
武志の防御は間に合わなかった。
火の玉に気を取られていたその隙を突くように、トンファーが魔素の鎧越しに胸を貫くような衝撃を叩き込む。
武志の背中の筋肉が波打ち、地面を削るようにして足がズリ下がった。
「ぐっ……!」
一瞬、肺に空気が入らない。
黒鉄の鎧が衝撃を分散していたとはいえ、その一点だけを狙った突きは内側にまで響いた。
呼吸が止まり、視界が揺らぐ。
「タケシ殿!」
ヴィンドが声を上げたが、武志が庇うように立ちはだかっていることで反撃の隙を掴めずにいる。
その刹那、アースカの矢が空を切った。
だが、火の玉となった小石たちが空間に魔素の乱流を起こしており、しゃがれた声の男の位置を正確に把握できなかったのだ。
「おらっ、さっきのパンチのお返しだよッ!」
突きの一撃を放った勢いそのままに、しゃがれた声の男が武志に肉迫。
両手のトンファーを交互に振るい、容赦ない連打を浴びせる。
ゴン、ガン、ガガン──魔素鎧にぶつかるたびに衝撃が返るが、男は苦悶の声も上げずに歯を食いしばって打ち込む。
「どいつもこいつも魔素で装甲だの強化だの、使えねぇヤツだってイチイチ言われてるみたいだぜ……!」
最後に男が全身をひねって踏み込み、前蹴りを叩き込んだ。
鋭く突き出された足裏が、武志の腹部を貫き、重たい衝撃音が石畳に響いた。
武志の身体が仰け反り、数歩分地面を滑った。
「……!」
それでも武志は倒れなかった。
重心を崩しつつも足を踏ん張り、拳を握り直して立ち直ろうとする。
その姿に、しゃがれた声の男は歯を剥いて笑った。
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