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IV
31 赤鉄のトンファーと仕込み杖
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赤鉄のトンファーが、雷光のように一直線に突き出された。
ヴィンドは紙一重でそれを察知し、顔を逸らす。
遅れていれば喉を貫かれていたその一撃は、頬をかすめるだけにとどまった。
だが──
「……くっ」
鋭い風圧が皮膚を裂いた。
左頬の肉が抉れ、血がしぶきとなって飛び、左目を塗り潰す。
痛みよりも視界の遮断が厄介だった。
片目を瞑り、体勢を低く落とす。
「避けるとは、やるねぇ……」
しゃがれた声の男が口の端を吊り上げる。
喉を狙った突きが外れたことなど気にも留めていないようだった。
彼の狙いが“魔獣使いの護衛”であることを、ヴィンドは即座に理解する。
──ならば、こちらの狙いは当然、魔獣使いの排除。
流れる血を無視し、ヴィンドは地を蹴った。
狭い路地、建物と建物の間。
石畳には苔が残り、足場は最悪。
だがそれは相手も同じ。
左手に構えた鞘──杖での下段。
そこから一歩踏み込み、右手に構えた刀の振り下ろし。
斜めに袈裟懸けの軌道。
「ッ──!」
しゃがれた声の男が咄嗟にトンファーを交差させ、刃を受ける。
夜の街に響く金属音。
暗闇に火花が散る。
間髪入れずにヴィンドは腰を捻り、刃を引き抜くように斬り上げる。
続けざまの攻撃に、男が後退る。
「やるねぇ、ジイサン」
男が地を滑るように退きながら、左手のトンファーを縦に構える。
受けにも打ちにも使える構えだ。
狭い路地での長物は扱いづらい。
だがヴィンドの武器は“仕込み杖”。
柄が短く、初動の察知も遅れる。
──ならば、間合いを制するのはこちらだ。
ヴィンドは左手で袖口を押さえ、目を覆う血を無理やり拭う。
左目がぼやける中でも、男の位置は把握している。
「そこを退いてもらいませんかな?」
「はい、どうぞ……なんて言うわけないよな」
しゃがれた声の男が、トンファーを回転させながらじりじりと詰めてくる。
口元に笑みを浮かべたまま。
その背後、魔素の渦が再び形成されつつある。
ここで魔狼の増援となれば厄介だ。
ヴィンドは石壁を蹴り、身体を横に流すように男の死角へと滑り込む。
即座に振るわれるトンファーをくぐり抜け、その懐へ──!
「ちぃっ!」
風を裂く音。
背後を掠めたトンファーを躱し、ヴィンドは転がるように地を滑って魔獣使いへと向かう。
「やらせるかよォ!」
しゃがれた声の男が即座に追撃に転じる。
長身から繰り出される踏み込みは速く、地を鳴らして迫ってくる。
鋭い打撃が肩口を掠めた。
風切り音が続く。
しゃがれた声の男が繰り出す連打を、ヴィンドは身を捻り、足を滑らせ、すれすれで避け続ける。
「チッ、速ぇなジジイ……」
路地裏の石畳を靴が滑り、火花が散る。
建物と建物の間の狭さが、むしろヴィンドの動きを助けていた。
壁を蹴り、身を翻し、回避しながら少しずつ“あの術者”──魔獣使いへと距離を詰めていく。
だが。
「おっとォ?」
しゃがれた声の男が一歩先を読む。
トンファーの横薙ぎを飛び越えれば、地を蹴る音に合わせて蹴りが飛んでくる。
ヴィンドの間合いに入るたび、男の邪魔が必ず差し込まれ、刀の間合いには届かない。
(まるで結界のようだ……あの男が張る、“動く檻”)
息をひそめ、ヴィンドは突き破る機を探った。
ただ斬るだけでは突破できない。
ならば、手段は一つ──
「……来たれ」
つぶやきは、呼吸の間に紛れ込んだ。
刀を交差させた構えのまま、ヴィンドは地に足を固定し、僅かな祈りを空に捧げる。
魔獣使いが警戒の色を浮かべた。
その背後、渦巻いていた魔素が一瞬、揺らぐ。
「白銀の月よ、この手に集い来たれ──」
しゃがれた声の男の目が細まる。
踏み込む。
だが遅い──
「祓えよ、業。今、再び安らかなる救済を──」
刹那、ヴィンドの刀が白く輝いた。
空気が震える。
「エクソシズム!!」
瞬間、路地裏が一瞬だけ昼のように明るくなる。
白銀の奔流がヴィンドを中心に広がり、魔獣使いを包み込むように飲み込んだ。
「う、うわああああああッ!!」
魔素の渦が砕ける。
叫ぶような声と共に、魔獣使いが膝をつく。
その体から黒く濁った光が弾け、まるで解けるように霧散していく。
「やられた……こんな、術で……!」
呆然と呟く魔獣使いを見やり、ヴィンドは静かに刀を納めた。
手応えあり。
これで、奴はしばらく力を使えまい。
数週間は、魔獣を呼ぶことも操ることも叶わない。
「役目は終えた。あとは……」
踵を返す。
負傷した左頬と擦り傷だらけの腕が痛むが、まだ動ける。
しかし──
「タダで帰れると思ってんのか、ジジイがァ!!」
叫びとともに迫る殺意。
トンファーが真横から迫り、ヴィンドは身を低くして避ける。
だが──速い。
さっきまでと違う。
(──まずい)
ヴィンドは避けきれず、右脇腹に鋭い衝撃を受ける。
肋骨に鈍い音が響き、体は吹き飛ばされて石壁に叩きつけられた。
視界が一瞬、白く塗り潰された。
「……ぐッ!」
崩れ落ちた体を無理やり支えるも、呼吸が苦しい。
骨にヒビが入ったかもしれない。
しゃがれた声の男が一歩ずつ近づいてくる。
「痛み分けってとこか。あんたは魔獣使いを止めた、オレはあんたを止める──」
トンファーが振り上げられる。
と、その時──
スパッ
風を裂く音と共に、一本の矢が空を裂いた。
しゃがれた声の男の手元すれすれを通り抜け、壁に突き刺さる。
「……あぁ?」
男が目を細め、周囲を見回す。
続けて、さらに二本の矢が飛ぶ。
明確な牽制──誰かが、遠距離からヴィンドを援護している。
(この矢筋は……アースカか)
傷に喘ぎながら、ヴィンドは薄く笑った。
夜の闇を裂くように、路地の奥から駆ける足音が一つ、そしてもう一つ──
ヴィンドは紙一重でそれを察知し、顔を逸らす。
遅れていれば喉を貫かれていたその一撃は、頬をかすめるだけにとどまった。
だが──
「……くっ」
鋭い風圧が皮膚を裂いた。
左頬の肉が抉れ、血がしぶきとなって飛び、左目を塗り潰す。
痛みよりも視界の遮断が厄介だった。
片目を瞑り、体勢を低く落とす。
「避けるとは、やるねぇ……」
しゃがれた声の男が口の端を吊り上げる。
喉を狙った突きが外れたことなど気にも留めていないようだった。
彼の狙いが“魔獣使いの護衛”であることを、ヴィンドは即座に理解する。
──ならば、こちらの狙いは当然、魔獣使いの排除。
流れる血を無視し、ヴィンドは地を蹴った。
狭い路地、建物と建物の間。
石畳には苔が残り、足場は最悪。
だがそれは相手も同じ。
左手に構えた鞘──杖での下段。
そこから一歩踏み込み、右手に構えた刀の振り下ろし。
斜めに袈裟懸けの軌道。
「ッ──!」
しゃがれた声の男が咄嗟にトンファーを交差させ、刃を受ける。
夜の街に響く金属音。
暗闇に火花が散る。
間髪入れずにヴィンドは腰を捻り、刃を引き抜くように斬り上げる。
続けざまの攻撃に、男が後退る。
「やるねぇ、ジイサン」
男が地を滑るように退きながら、左手のトンファーを縦に構える。
受けにも打ちにも使える構えだ。
狭い路地での長物は扱いづらい。
だがヴィンドの武器は“仕込み杖”。
柄が短く、初動の察知も遅れる。
──ならば、間合いを制するのはこちらだ。
ヴィンドは左手で袖口を押さえ、目を覆う血を無理やり拭う。
左目がぼやける中でも、男の位置は把握している。
「そこを退いてもらいませんかな?」
「はい、どうぞ……なんて言うわけないよな」
しゃがれた声の男が、トンファーを回転させながらじりじりと詰めてくる。
口元に笑みを浮かべたまま。
その背後、魔素の渦が再び形成されつつある。
ここで魔狼の増援となれば厄介だ。
ヴィンドは石壁を蹴り、身体を横に流すように男の死角へと滑り込む。
即座に振るわれるトンファーをくぐり抜け、その懐へ──!
「ちぃっ!」
風を裂く音。
背後を掠めたトンファーを躱し、ヴィンドは転がるように地を滑って魔獣使いへと向かう。
「やらせるかよォ!」
しゃがれた声の男が即座に追撃に転じる。
長身から繰り出される踏み込みは速く、地を鳴らして迫ってくる。
鋭い打撃が肩口を掠めた。
風切り音が続く。
しゃがれた声の男が繰り出す連打を、ヴィンドは身を捻り、足を滑らせ、すれすれで避け続ける。
「チッ、速ぇなジジイ……」
路地裏の石畳を靴が滑り、火花が散る。
建物と建物の間の狭さが、むしろヴィンドの動きを助けていた。
壁を蹴り、身を翻し、回避しながら少しずつ“あの術者”──魔獣使いへと距離を詰めていく。
だが。
「おっとォ?」
しゃがれた声の男が一歩先を読む。
トンファーの横薙ぎを飛び越えれば、地を蹴る音に合わせて蹴りが飛んでくる。
ヴィンドの間合いに入るたび、男の邪魔が必ず差し込まれ、刀の間合いには届かない。
(まるで結界のようだ……あの男が張る、“動く檻”)
息をひそめ、ヴィンドは突き破る機を探った。
ただ斬るだけでは突破できない。
ならば、手段は一つ──
「……来たれ」
つぶやきは、呼吸の間に紛れ込んだ。
刀を交差させた構えのまま、ヴィンドは地に足を固定し、僅かな祈りを空に捧げる。
魔獣使いが警戒の色を浮かべた。
その背後、渦巻いていた魔素が一瞬、揺らぐ。
「白銀の月よ、この手に集い来たれ──」
しゃがれた声の男の目が細まる。
踏み込む。
だが遅い──
「祓えよ、業。今、再び安らかなる救済を──」
刹那、ヴィンドの刀が白く輝いた。
空気が震える。
「エクソシズム!!」
瞬間、路地裏が一瞬だけ昼のように明るくなる。
白銀の奔流がヴィンドを中心に広がり、魔獣使いを包み込むように飲み込んだ。
「う、うわああああああッ!!」
魔素の渦が砕ける。
叫ぶような声と共に、魔獣使いが膝をつく。
その体から黒く濁った光が弾け、まるで解けるように霧散していく。
「やられた……こんな、術で……!」
呆然と呟く魔獣使いを見やり、ヴィンドは静かに刀を納めた。
手応えあり。
これで、奴はしばらく力を使えまい。
数週間は、魔獣を呼ぶことも操ることも叶わない。
「役目は終えた。あとは……」
踵を返す。
負傷した左頬と擦り傷だらけの腕が痛むが、まだ動ける。
しかし──
「タダで帰れると思ってんのか、ジジイがァ!!」
叫びとともに迫る殺意。
トンファーが真横から迫り、ヴィンドは身を低くして避ける。
だが──速い。
さっきまでと違う。
(──まずい)
ヴィンドは避けきれず、右脇腹に鋭い衝撃を受ける。
肋骨に鈍い音が響き、体は吹き飛ばされて石壁に叩きつけられた。
視界が一瞬、白く塗り潰された。
「……ぐッ!」
崩れ落ちた体を無理やり支えるも、呼吸が苦しい。
骨にヒビが入ったかもしれない。
しゃがれた声の男が一歩ずつ近づいてくる。
「痛み分けってとこか。あんたは魔獣使いを止めた、オレはあんたを止める──」
トンファーが振り上げられる。
と、その時──
スパッ
風を裂く音と共に、一本の矢が空を裂いた。
しゃがれた声の男の手元すれすれを通り抜け、壁に突き刺さる。
「……あぁ?」
男が目を細め、周囲を見回す。
続けて、さらに二本の矢が飛ぶ。
明確な牽制──誰かが、遠距離からヴィンドを援護している。
(この矢筋は……アースカか)
傷に喘ぎながら、ヴィンドは薄く笑った。
夜の闇を裂くように、路地の奥から駆ける足音が一つ、そしてもう一つ──
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