31 / 146
第二章 カレーパン大闘争
第三十話 食品売り場
しおりを挟む
奈菜が突っ込んでいくのを、和美は慌てて追いかけた。
鬼祓いをしているだけあって、格闘術のひとつやふたつは心得ているのか──奈菜の動きは手馴れたものだった。殴り、蹴り、投げ、迷いなく敵を制していく。巫女装束の裾が翻り、その動きには妙な優雅さすらあった。
和美はその後をついていき、打ち漏らした者を処理していく。奈菜に注目が集まっているぶん、ほとんどが不意打ちの形になる。それでも不安は募るばかりだった。剣道経験があるとはいえ、本格的な格闘など習ったことはない。女子高生ふたりが老若男女を次々に殴り倒している──その状況が成立していること自体、すでにおかしい。
「怪我させないようにとか言ってなかったっけ?」
「手加減すると、すぐ起き上がってきて、かえって怪我させかねないから」
「……よー分かってるやん。それにしても、おらんなー」
何人目かの客に大根をぶん投げて怯ませ、蹴り飛ばした奈菜は、辺りを警戒しながら進む。気づけば食品売り場まで来ていた。商品はあちこちに散乱していて、踏み潰された総菜や割れた瓶が床を覆っている。
奈菜は落ちていたトマトを拾い、ためらいなく敵に投げつけた。食べ物を粗末にするなと叱られそうだが──そのトマトも、すでに誰かに踏みつけられていた。
「……これってさ、解決したあと、この散らかりどうすんの?」
「それは解決してから考えよ」
奈菜は落ちていた商品や道具を活用しながら、乱闘の群れの中を切り開いていく。近づけば、その視線と怒気は否応なしに二人に集中した。
鬼主の気配は、依然として見えない。周囲には赤い鬼の気がうっすら漂っているが、それだけ。主たる強い“意思”は、まだ感じられない。
「笠原さん達、無事逃げられたかな……」
「そろそろ、誰かが警察に連絡しとる頃やと思うけどな」
「警察……どんどん話が大きくなってきてるけど、ほんとに大丈夫?」
「だから、解決してから考えよ、って言うてるやん」
和美はため息をつき、視線を巡らせた。不安を言葉にしても、答えは出ない。なら、できることをやるしかない。
「四階から順に探してるけど、こうも見つからんもんかね」
「動いてる? いや、それなら奈菜が気づくはずか……まさか店に居ないとか?」
「鬼主が不在でも事態が維持されることは……まあ、無いとは言えへんけどな。やとしたら、上司とかやなくて……客?」
「外出中ってこともあり得るよね。たとえば──うーん、思いつかないけど」
「……し、支店長会議じゃないかな?」
二人の会話に割り込んだ、か細い声。生活洗剤の棚の陰からだった。
二人が左右に分かれて回り込むと、しゃがみ込んだ矢附舞彩がいた。
「矢附さん!?」
「あっ、やっぱり高城さんだ……もう一人は、西生さん?」
恐る恐る顔を上げ、安堵をにじませながら和美に向き直る。続いて奈菜に視線を向け、まじまじと見つめた。
「西生さんって……巫女さん、なの?」
「せやで、似合うやろ?」
「奈菜、今それはいいから。矢附さん、なんでここに?」
「え、えっと……晩御飯の買い物に来たの。そしたら、急に……。二人は、だ、大丈夫なんだよね?」
「安心して。ちゃんと理性あるから、私たち」
「う、うん……会話できてるし、大丈夫、だよね」
矢附がようやく立ち上がろうとしたとき、再び従業員が飛びかかってきた。
奈菜は滑らかに身をかわし、棚へと倒れこませる。和美はとっさに体当たりし、押し返す。
「ええっ、殴りかかったりしないんじゃ……!?」
「かかられへん限りはな」
棚が大きな音を立てて崩れ、日用品が派手に散らばる。
「ところでさ、支店長会議って?」
和美は手を差し出して、矢附の立ち上がりを助けた。
「あ、あの、盗み聞きしたわけじゃないんだけど……誰かの上司さんを探してるんだよね? それなら、店内にいないって可能性もあると思って」
「支店長さん? 矢附さん、知ってるの?」
「お、お母さんがね、ここでパートしてて……何回か、挨拶したことあるの。それにエル・プラーザのこと、よく愚痴で聞かされてたから」
「……ってことは、今日も仕事で来てるの?」
嫌な想像に思い至り、和美の表情が曇る。それを察したように、矢附は慌てて首を振った。
「ちがう、今日は休みなの。せっかくの休みだから、代わりに私が買い物に来たの」
──不幸中の幸い。
そう言うには、あまりにも重すぎる状況だった。
鬼祓いをしているだけあって、格闘術のひとつやふたつは心得ているのか──奈菜の動きは手馴れたものだった。殴り、蹴り、投げ、迷いなく敵を制していく。巫女装束の裾が翻り、その動きには妙な優雅さすらあった。
和美はその後をついていき、打ち漏らした者を処理していく。奈菜に注目が集まっているぶん、ほとんどが不意打ちの形になる。それでも不安は募るばかりだった。剣道経験があるとはいえ、本格的な格闘など習ったことはない。女子高生ふたりが老若男女を次々に殴り倒している──その状況が成立していること自体、すでにおかしい。
「怪我させないようにとか言ってなかったっけ?」
「手加減すると、すぐ起き上がってきて、かえって怪我させかねないから」
「……よー分かってるやん。それにしても、おらんなー」
何人目かの客に大根をぶん投げて怯ませ、蹴り飛ばした奈菜は、辺りを警戒しながら進む。気づけば食品売り場まで来ていた。商品はあちこちに散乱していて、踏み潰された総菜や割れた瓶が床を覆っている。
奈菜は落ちていたトマトを拾い、ためらいなく敵に投げつけた。食べ物を粗末にするなと叱られそうだが──そのトマトも、すでに誰かに踏みつけられていた。
「……これってさ、解決したあと、この散らかりどうすんの?」
「それは解決してから考えよ」
奈菜は落ちていた商品や道具を活用しながら、乱闘の群れの中を切り開いていく。近づけば、その視線と怒気は否応なしに二人に集中した。
鬼主の気配は、依然として見えない。周囲には赤い鬼の気がうっすら漂っているが、それだけ。主たる強い“意思”は、まだ感じられない。
「笠原さん達、無事逃げられたかな……」
「そろそろ、誰かが警察に連絡しとる頃やと思うけどな」
「警察……どんどん話が大きくなってきてるけど、ほんとに大丈夫?」
「だから、解決してから考えよ、って言うてるやん」
和美はため息をつき、視線を巡らせた。不安を言葉にしても、答えは出ない。なら、できることをやるしかない。
「四階から順に探してるけど、こうも見つからんもんかね」
「動いてる? いや、それなら奈菜が気づくはずか……まさか店に居ないとか?」
「鬼主が不在でも事態が維持されることは……まあ、無いとは言えへんけどな。やとしたら、上司とかやなくて……客?」
「外出中ってこともあり得るよね。たとえば──うーん、思いつかないけど」
「……し、支店長会議じゃないかな?」
二人の会話に割り込んだ、か細い声。生活洗剤の棚の陰からだった。
二人が左右に分かれて回り込むと、しゃがみ込んだ矢附舞彩がいた。
「矢附さん!?」
「あっ、やっぱり高城さんだ……もう一人は、西生さん?」
恐る恐る顔を上げ、安堵をにじませながら和美に向き直る。続いて奈菜に視線を向け、まじまじと見つめた。
「西生さんって……巫女さん、なの?」
「せやで、似合うやろ?」
「奈菜、今それはいいから。矢附さん、なんでここに?」
「え、えっと……晩御飯の買い物に来たの。そしたら、急に……。二人は、だ、大丈夫なんだよね?」
「安心して。ちゃんと理性あるから、私たち」
「う、うん……会話できてるし、大丈夫、だよね」
矢附がようやく立ち上がろうとしたとき、再び従業員が飛びかかってきた。
奈菜は滑らかに身をかわし、棚へと倒れこませる。和美はとっさに体当たりし、押し返す。
「ええっ、殴りかかったりしないんじゃ……!?」
「かかられへん限りはな」
棚が大きな音を立てて崩れ、日用品が派手に散らばる。
「ところでさ、支店長会議って?」
和美は手を差し出して、矢附の立ち上がりを助けた。
「あ、あの、盗み聞きしたわけじゃないんだけど……誰かの上司さんを探してるんだよね? それなら、店内にいないって可能性もあると思って」
「支店長さん? 矢附さん、知ってるの?」
「お、お母さんがね、ここでパートしてて……何回か、挨拶したことあるの。それにエル・プラーザのこと、よく愚痴で聞かされてたから」
「……ってことは、今日も仕事で来てるの?」
嫌な想像に思い至り、和美の表情が曇る。それを察したように、矢附は慌てて首を振った。
「ちがう、今日は休みなの。せっかくの休みだから、代わりに私が買い物に来たの」
──不幸中の幸い。
そう言うには、あまりにも重すぎる状況だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。
神崎あら
青春
10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。
それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。
そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる