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第二章 カレーパン大闘争
第三十一話 VS那間良
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「それじゃあ、その支店長ってのを探そうか」
「店内にいるかどうかも分からないのに、闇雲に動く時間はないでしょ」
光界の維持には限りがある。解除されれば、閉じ込められていた人々が再び店内へ解き放たれ、目を覚ます。彼らは奈菜たちの邪魔になり、あるいはまた別の意味で、被害者になってしまうかもしれない。
「あの、誰かに聞けばいいんじゃないですか? 支店長の場所とか」
「怒鳴ることしかできへん人らばっかやのに、誰が教えてくれるっちゅうねん?」
食品売り場の喧騒は鳴り止まない。怒号と、何かが倒れる音が混じり合い、耳の奥を震わせる。
「でもさ、あの三部って人なら……まだ話が通じる気がする」
「“気がする”は頼りないで?」
笠原を呼び止めた、主任と呼ばれる男──三部。彼には他の者とは違い、わずかに理性が残っていた。
「あとは……外に逃げた従業員が居れば、その人から聞けるかも」
「中に残ってる人を探すのも、支店長探すのと同じくらい見当違いやな」
「……本当は、全員助けてあげたいけど」
偶然出会えた矢附のように、どこかに取り残されている人がいるかもしれない。和美は拳の痛みに、願うことと現実とのギャップを思い知らされる。
「ほな、ウチは三部行ってくるわ。見つけて、支店長の居場所吐かせる」
「犯人扱いじゃないんだから……」
「に、西生さん、一人で行くの?」
「和美には外の様子を調べてほしい。三部がハズレだったときのためにも。矢附は和美と一緒にここから出る。頼んだで、和美」
「了解。近いのは東の出入り口だから、そっちに向かうよ」
和美は矢附の手を握り、軽く頷いた。
「じゃ、突破開始や」
奈菜が手を叩いた。パンッという音と同時に、光の糸が棚の周囲にいた人々の足元へ伸びていく。足枷のように地に張りつき、敵の動きを封じる。
和美が矢附を引き連れて走り出す。奈菜は近くの男を前蹴りで弾き飛ばす。その男が後ろにいた女を巻き込んで倒れ、光の糸がばちん、と静かに弾け飛んだ。
矢附は慌てて和美に歩調を合わせながら、棚にかかっていた長いプラスチック箒を手に取った。
「た、高城さん、これ……手、痛そうだったし、武器があったほうが」
「ありがとう。傘より丈夫だといいけど……」
「さすがに試したことはないけど。無いよりマシ、って感じかな」
和美は箒を片手で軽く振って感触を確かめながら走る。柄を打ちつけるか、先をぶつけるか、迷いながらも手はしっかりとそれを握っていた。
五番レジを横切り、レジ袋を詰めるエリアへ。そこに立っていたのは那間良だった。長身の女性を相手に、彼は鮮やかなフックを決めていた。マウスピースを咥えていたなら、吹き飛んでいただろう。今、宙を鮮やかに舞っているのは赤い血飛沫だった。
「……その拳を見ると背筋が冷たくなりますよ、那間良さん」
和美は足を止め、矢附から手を離す。箒を両手で構え、前に出た。女性が崩れ落ちる中、那間良は流れるように構え直す。
──甘い覚悟じゃ貫かれる。
プラスチックの箒ごときで、“拳”と向き合うには、心を決めるしかなかった。
どれほどボクシングを習っていたかは知らない。ただ目の前の那間良の構えは、理性を失った暴力が純粋に研ぎ澄まされた姿だった。
和美は一歩踏み込み、先手を取る。箒を縦に振り下ろす。
ぶおっ、と風を切る音。那間良は軽くスウェーし、それを避けた。滑らかに、そこから攻撃へ転じる。
右のジャブ。
すぱんっ、と和美の頬を打つ軽快な音。
だが、軽い音に騙されない。身体が浮きかける衝撃。和美は下半身に力を込めて、それを堪えた。
すぐさま二発目。引きが見えないほど速い。
なんとか身体を逸らし、頬をかすめる程度でかわすが──
崩れた体勢を那間良が見逃すはずもない。
腰を回し、しっかりと引いた構え。それは三発目への布石だった。
──ヤバい。
本能が告げる。和美は体勢を無理やり捻り、箒の柄で下段を払った。
ガンッ、と音を立てて那間良の足に命中。
空を斬った左のストレートが、和美の鼻先をかすめていった。
険しい顔の那間良が、舌打ちでもしそうな勢いで迫ってくる。
和美は距離を取ろうと、崩れた体勢のまま膝蹴りを繰り出した。
那間良はあっさりと後退し、それを避けた。
「店内にいるかどうかも分からないのに、闇雲に動く時間はないでしょ」
光界の維持には限りがある。解除されれば、閉じ込められていた人々が再び店内へ解き放たれ、目を覚ます。彼らは奈菜たちの邪魔になり、あるいはまた別の意味で、被害者になってしまうかもしれない。
「あの、誰かに聞けばいいんじゃないですか? 支店長の場所とか」
「怒鳴ることしかできへん人らばっかやのに、誰が教えてくれるっちゅうねん?」
食品売り場の喧騒は鳴り止まない。怒号と、何かが倒れる音が混じり合い、耳の奥を震わせる。
「でもさ、あの三部って人なら……まだ話が通じる気がする」
「“気がする”は頼りないで?」
笠原を呼び止めた、主任と呼ばれる男──三部。彼には他の者とは違い、わずかに理性が残っていた。
「あとは……外に逃げた従業員が居れば、その人から聞けるかも」
「中に残ってる人を探すのも、支店長探すのと同じくらい見当違いやな」
「……本当は、全員助けてあげたいけど」
偶然出会えた矢附のように、どこかに取り残されている人がいるかもしれない。和美は拳の痛みに、願うことと現実とのギャップを思い知らされる。
「ほな、ウチは三部行ってくるわ。見つけて、支店長の居場所吐かせる」
「犯人扱いじゃないんだから……」
「に、西生さん、一人で行くの?」
「和美には外の様子を調べてほしい。三部がハズレだったときのためにも。矢附は和美と一緒にここから出る。頼んだで、和美」
「了解。近いのは東の出入り口だから、そっちに向かうよ」
和美は矢附の手を握り、軽く頷いた。
「じゃ、突破開始や」
奈菜が手を叩いた。パンッという音と同時に、光の糸が棚の周囲にいた人々の足元へ伸びていく。足枷のように地に張りつき、敵の動きを封じる。
和美が矢附を引き連れて走り出す。奈菜は近くの男を前蹴りで弾き飛ばす。その男が後ろにいた女を巻き込んで倒れ、光の糸がばちん、と静かに弾け飛んだ。
矢附は慌てて和美に歩調を合わせながら、棚にかかっていた長いプラスチック箒を手に取った。
「た、高城さん、これ……手、痛そうだったし、武器があったほうが」
「ありがとう。傘より丈夫だといいけど……」
「さすがに試したことはないけど。無いよりマシ、って感じかな」
和美は箒を片手で軽く振って感触を確かめながら走る。柄を打ちつけるか、先をぶつけるか、迷いながらも手はしっかりとそれを握っていた。
五番レジを横切り、レジ袋を詰めるエリアへ。そこに立っていたのは那間良だった。長身の女性を相手に、彼は鮮やかなフックを決めていた。マウスピースを咥えていたなら、吹き飛んでいただろう。今、宙を鮮やかに舞っているのは赤い血飛沫だった。
「……その拳を見ると背筋が冷たくなりますよ、那間良さん」
和美は足を止め、矢附から手を離す。箒を両手で構え、前に出た。女性が崩れ落ちる中、那間良は流れるように構え直す。
──甘い覚悟じゃ貫かれる。
プラスチックの箒ごときで、“拳”と向き合うには、心を決めるしかなかった。
どれほどボクシングを習っていたかは知らない。ただ目の前の那間良の構えは、理性を失った暴力が純粋に研ぎ澄まされた姿だった。
和美は一歩踏み込み、先手を取る。箒を縦に振り下ろす。
ぶおっ、と風を切る音。那間良は軽くスウェーし、それを避けた。滑らかに、そこから攻撃へ転じる。
右のジャブ。
すぱんっ、と和美の頬を打つ軽快な音。
だが、軽い音に騙されない。身体が浮きかける衝撃。和美は下半身に力を込めて、それを堪えた。
すぐさま二発目。引きが見えないほど速い。
なんとか身体を逸らし、頬をかすめる程度でかわすが──
崩れた体勢を那間良が見逃すはずもない。
腰を回し、しっかりと引いた構え。それは三発目への布石だった。
──ヤバい。
本能が告げる。和美は体勢を無理やり捻り、箒の柄で下段を払った。
ガンッ、と音を立てて那間良の足に命中。
空を斬った左のストレートが、和美の鼻先をかすめていった。
険しい顔の那間良が、舌打ちでもしそうな勢いで迫ってくる。
和美は距離を取ろうと、崩れた体勢のまま膝蹴りを繰り出した。
那間良はあっさりと後退し、それを避けた。
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