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第四章 くるみパン大人形
第六十一話 屋上へ呼び出し
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「校内で呼び出されるなら職員室か体育館裏だと思っていたが、まさか屋上とはね。西生さん、屋上が立ち入り禁止だって知らないのかい?」
十一月の寒空の中、屋上で待ち合わせとはなかなか酷なものだ、と斎藤は冷える体を擦った。日が昇ってしばらく経ったとはいえ、気温はまだ低いままだ。カウンセラーらしく白衣を着ているが、防寒性はほとんどない。
「暑い」「寒い」──季節によって体感を変える人間の身体は実に面倒だと、毎年のように思う。それでも擬態して人間社会に溶け込んでいる以上、それすらも味わってみるのも悪くないと感じていた。
「立ち入り禁止の張り紙、破れてました」
斎藤を睨みつけ、真正面から対峙する西生奈菜。巫女装束ではなく、学校指定の紺色の制服姿。吹きつける冷たい風にも眉一つ動かさない。
「注意書きの存在を知っているってことは、立ち入り禁止だって認識してたってことだよね? 良くないよ、そういう“抜け道”を狙うような発想。ルールはルール、きちんと守らないと。ここ、すぐにタバコの吸い殻だらけになっちゃう」
赤信号をみんなで渡れば怖くない。一人が破れば、次々に真似する者が出てくる。そして悪化の道を辿っていく。
「そんなに不良生徒が?」
「生徒だけじゃないさ。不良ってのはね」
斎藤はおどけて見せたが、奈菜の視線は一切揺るがない。
「そんなに睨まないでくれないか? 僕のことが気に入らないなら、ほら──ええと、あれはどうしてたっけ?」
合掌のような手振り、ゆらゆらと手のひらを揺らす所作。
「西生家の力で、消してしまえばいいじゃないか。いつものようにさ?」
「──できるなら、とっくにやってます。……わかってるんでしょ。私が“力”を使えないって」
「はは、失敬。こちらとしても予想外の出来事でね。いやはや、嬉しくなっちゃって。《彼女》の力、凄まじいね。まさか西生の祓いの力すら飲み込むとは。効かない、というレベルを超えてる。今回は──特別だ」
斎藤は両手を空へ掲げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「それにね、西生さん。君の力じゃ、僕には傷一つつけられないよ。お姉さんでも、ちょっと難しいんじゃないかな。僕、こう見えてけっこう長生きしてるんだ。頑丈にもなるってもんさ」
この姿、気に入ってるんだ──と、斎藤は誇らしげに身体を広げる。ワイシャツがはち切れそうな肥満体。その見た目からは頑丈さは連想しづらいが、斎藤はたっぷりと蓄えた脂肪すらも自慢げに見せびらかす。
「名のある鬼──貴方がそうだというのですか」
「西生家ではそう呼んでいるのかい? 僕は知らなかったよ、そんなふうに呼ばれた記憶はないし、名乗った覚えもない。まぁ……ネーミングセンスは、あまり無いらしいね。そのまんまだよ」
「……茶化さないでください」
「おっと失礼。仕事柄、人の話ばかり聞いてるものでね。つい自由に話せると、口が軽くなっちゃう。鬱憤ってほどじゃないが、反動ってやつだよ」
肩をすくめる斎藤。人に擬態した鬼は、人と同じようにストレスを感じるのか? いや、それもまた“演技”なのか?
「──で、力が使えないってわかってて、僕を屋上まで呼び出した理由は? 話がしたいなら、カウンセリング室でも良かったんじゃないの? あそこなら僕も“仕事中”ってことで堂々としてられるのにさ」
「貴方の領域で話す気なんて、あるわけないでしょう!」
「なるほど。ってことは、この屋上は“君の領域”ってわけだ。思ってた以上に、不良生徒なんだね。西生さんは」
「そんなことはどうでもいい。《彼女》は──和美は、どこにいるんですかっ!」
全てを助けたいと願った、高城和美。鬼にまで宣言し、その願いを実現させた少女。 西生家の力が関わったすべての記憶、すべての被害を都合よく“無かったこと”に書き換えた。
矢附舞彩はいじめられていなかったことになり、笠原朋美のバイト先は笑顔の絶えない職場となり、笠沼正太は人を殺さず、祓われもせず、小学校に通っている。
「平日の朝に学校に来てないってことは──家にいるんじゃないかな。久しぶりに会う“お姉さん”との時間を、大切にしたいんじゃないかい?」
斎藤は、さらりと──悪意を混ぜて続ける。
「──ほら、あの、首を吊って死んだ“お姉さん”とね」
《お手伝い》、高城和美。
誰かの役に立ちたいという思いは、最愛の家族を救えなかった自責の念から生まれた。誰に責められたわけでもなく、自分で決めた贖罪。
「お姉さんの死は、鬼とは無関係だったよ。ただ、自分勝手に絶望して、自分勝手に死んだだけだ。……それすら“無かったこと”にするなんて──彼女はさ、もう“鬼の力の範疇”すら超えているんだ。すごいと思わないかい!?」
十一月の寒空の中、屋上で待ち合わせとはなかなか酷なものだ、と斎藤は冷える体を擦った。日が昇ってしばらく経ったとはいえ、気温はまだ低いままだ。カウンセラーらしく白衣を着ているが、防寒性はほとんどない。
「暑い」「寒い」──季節によって体感を変える人間の身体は実に面倒だと、毎年のように思う。それでも擬態して人間社会に溶け込んでいる以上、それすらも味わってみるのも悪くないと感じていた。
「立ち入り禁止の張り紙、破れてました」
斎藤を睨みつけ、真正面から対峙する西生奈菜。巫女装束ではなく、学校指定の紺色の制服姿。吹きつける冷たい風にも眉一つ動かさない。
「注意書きの存在を知っているってことは、立ち入り禁止だって認識してたってことだよね? 良くないよ、そういう“抜け道”を狙うような発想。ルールはルール、きちんと守らないと。ここ、すぐにタバコの吸い殻だらけになっちゃう」
赤信号をみんなで渡れば怖くない。一人が破れば、次々に真似する者が出てくる。そして悪化の道を辿っていく。
「そんなに不良生徒が?」
「生徒だけじゃないさ。不良ってのはね」
斎藤はおどけて見せたが、奈菜の視線は一切揺るがない。
「そんなに睨まないでくれないか? 僕のことが気に入らないなら、ほら──ええと、あれはどうしてたっけ?」
合掌のような手振り、ゆらゆらと手のひらを揺らす所作。
「西生家の力で、消してしまえばいいじゃないか。いつものようにさ?」
「──できるなら、とっくにやってます。……わかってるんでしょ。私が“力”を使えないって」
「はは、失敬。こちらとしても予想外の出来事でね。いやはや、嬉しくなっちゃって。《彼女》の力、凄まじいね。まさか西生の祓いの力すら飲み込むとは。効かない、というレベルを超えてる。今回は──特別だ」
斎藤は両手を空へ掲げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「それにね、西生さん。君の力じゃ、僕には傷一つつけられないよ。お姉さんでも、ちょっと難しいんじゃないかな。僕、こう見えてけっこう長生きしてるんだ。頑丈にもなるってもんさ」
この姿、気に入ってるんだ──と、斎藤は誇らしげに身体を広げる。ワイシャツがはち切れそうな肥満体。その見た目からは頑丈さは連想しづらいが、斎藤はたっぷりと蓄えた脂肪すらも自慢げに見せびらかす。
「名のある鬼──貴方がそうだというのですか」
「西生家ではそう呼んでいるのかい? 僕は知らなかったよ、そんなふうに呼ばれた記憶はないし、名乗った覚えもない。まぁ……ネーミングセンスは、あまり無いらしいね。そのまんまだよ」
「……茶化さないでください」
「おっと失礼。仕事柄、人の話ばかり聞いてるものでね。つい自由に話せると、口が軽くなっちゃう。鬱憤ってほどじゃないが、反動ってやつだよ」
肩をすくめる斎藤。人に擬態した鬼は、人と同じようにストレスを感じるのか? いや、それもまた“演技”なのか?
「──で、力が使えないってわかってて、僕を屋上まで呼び出した理由は? 話がしたいなら、カウンセリング室でも良かったんじゃないの? あそこなら僕も“仕事中”ってことで堂々としてられるのにさ」
「貴方の領域で話す気なんて、あるわけないでしょう!」
「なるほど。ってことは、この屋上は“君の領域”ってわけだ。思ってた以上に、不良生徒なんだね。西生さんは」
「そんなことはどうでもいい。《彼女》は──和美は、どこにいるんですかっ!」
全てを助けたいと願った、高城和美。鬼にまで宣言し、その願いを実現させた少女。 西生家の力が関わったすべての記憶、すべての被害を都合よく“無かったこと”に書き換えた。
矢附舞彩はいじめられていなかったことになり、笠原朋美のバイト先は笑顔の絶えない職場となり、笠沼正太は人を殺さず、祓われもせず、小学校に通っている。
「平日の朝に学校に来てないってことは──家にいるんじゃないかな。久しぶりに会う“お姉さん”との時間を、大切にしたいんじゃないかい?」
斎藤は、さらりと──悪意を混ぜて続ける。
「──ほら、あの、首を吊って死んだ“お姉さん”とね」
《お手伝い》、高城和美。
誰かの役に立ちたいという思いは、最愛の家族を救えなかった自責の念から生まれた。誰に責められたわけでもなく、自分で決めた贖罪。
「お姉さんの死は、鬼とは無関係だったよ。ただ、自分勝手に絶望して、自分勝手に死んだだけだ。……それすら“無かったこと”にするなんて──彼女はさ、もう“鬼の力の範疇”すら超えているんだ。すごいと思わないかい!?」
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