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異世界初調理
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『・ワーウルフのソテー。・チキンの煮込み。・羊の香草焼』
シンプルなメニューが三つ書かれているだけだったので、テツは迷わず『ワーウルフのソテー』を選ぶ。理由は簡単。地球にない食べ物だったからだ。
アドルフは選ぶのが面倒だったのか、接客をしてくれた先ほどの少女に「こいつと同じものを」と頼むと「かしこまり~!おとーさん!ワーウルフ二丁!」と叫びながら部屋の奥へと消えていく。
「なぁアドルフ。ここの宿定評があるって事は飯も旨いのか?」
「飯?ああ、そんなもんこの辺境の街じゃどこも同じだろ。ここの評判がいいのは宿が綺麗なのと安いのに防犯がしっかりしてるからだよ」
そんなものか、とテツは納得する。確かに泊まる部屋のドアにはしっかりと鍵がかかっていた。しかもオートロックでカードで開けるタイプだ。電気のないこの世界ではそれは魔法で動いているらしい。その説明を受けたテツは驚いたがこの世界には地球に似たものが沢山あり、そのどれも魔力で動いているという話だ。
天井にある安っぽいジャンデリア、街の街灯、様々な物が『魔石』と呼ばれるものの魔力で動いているらしい。
そんな話をしていると待ちに待った料理が運ばれてくる。
「おまたせ~!ワーウルフ二丁ね!パンはお替り自由だから欲しかったら言ってね!」
少女が運んできたものはワンプレートに肉と炒めた野菜、そしてパンが乗っているだけ物だった。だがその肉は大きく、400g程の大きさだった。
「さ、さっさと食っちまおうぜ。ってお前何してんだ?」
アドルフの質問をテツは無視し真剣に皿と向き合う。まずはしっかり皿の上の物を確認し、手で扇ぎ香りを楽しむ。
香りは良し。多少の獣臭さは残っているものの、それもこの肉の良さかもしれない。野菜は、もう少し調理の腕をあげて欲しいな。パンはどうやらフランスパンのようだ。と言っても中の白い部分が少し潰れている。パンを切る際の力加減が悪いのか、パンを作る段階で小麦粉を混ぜすぎてグルテンが出すぎ固くなってしまったのか。どちらにしろ食べればわかる。
アドルフはそんなテツをほっときがつがつと犬が餌を食べる様に食べ始める。
テツは全く品のない奴だ、と思いながら優雅にナイフとフォークを使い肉にナイフを入れる。
「ほう」とテツは感心する。肉は思ったよりも簡単に切れ、切れ目から肉汁があふれ出てきた。まずは一口、とそれを口に運び、テツは驚く。
なんだこの肉のポテンシャルは!?恐らく調理の腕は大したことない。なのにこの口の中であふれ出る肉汁!そして程よく臭みが口の中を駆け巡りいいアクセントになっている。
そこでテツはテーブルを叩き、アドルフはそれにビクッと驚く。
「おい、ど、どうした?口に合わなかったか?」
「だからこそ!!だからこそもったいない!この肉のポテンシャルを生かしきれていない!!この肉の美味さはこんなものじゃないはずだ!塩コショウの味付けでこの旨さだ!調理次第ではレストランに出しても差し支えないものだぞ!!」
テツは憤慨しながらも野菜を口に運ぶ。
「んん!この野菜もいい!だからこそ調理にもっと気を使ってほしい!このあふれ出る旨味は地球にはない物だ!なのに、なのに!!」
アドルフは食べ物を次々に口に運びながら怒るテツにドン引きしている。
「ああ、パンはヨーロッパ式だな。外はしっかりと固く、中はふわふわ。だがこの切り方!中まで固くなってしまっている!噛めば噛むほど出る甘味から、小麦の製法には問題ない。勿体ない!非常に勿体ない!」
辺りに聞こえる程大きな声でああだこうだいうテツに対し他の客やパンツ一丁のおっさんでさえ引いていると、奥からのっしのっしと大男が出てくる。
「おい、てめぇさっきから聞いてりゃ分かったような口を聞きゃがって!そんなに調理にこだわりたきゃテメェで作りやがれ!!」
宿屋の少女やおかみさんに止められながらも振り切り、キッチンから出てきた大男はテツたちが座っていたテーブルをドンと叩きテツに向かって吠える。
テーブルが二つに割れるかと思うほどのその音に店中が静まり返る中、テツだけが違った反応を見せる。
「なん、だと?という事は厨房を貸してくれるのか!?俺に調理をさせてくれるという事だな!?」
突然立ち上がりキラキラした目で大男につかみかかるテツに、予想がいな反応が返ってきた大男は驚き「お、おう。どうぞ」と厨房を指さす。
「ありがとう!!厨房を借りるぞ!!」とイキイキと厨房に大男は唖然と見つめ、そしてハッとなりその後を追う。
「おいテツ!!ついてに俺の分も頼む!!お前の腕が見たい!!」
好奇心からそう叫ぶアドルフにテツは振り向かず片手をあげ答え厨房に入っていった。
「さて、取り掛かるか」
しっかり手を洗い腕まくりをしたテツは大男に聞き先ほどと同じ食材を用意させる。
そして包丁を取り出したテツに対し大男は唖然とする。
突然テツの目つきが変わり厨房の空気が変わったからだ。
世界で戦いそして三ツ星のシェフにまで上り詰めた彼が厨房に立つだけでその空気は一気に引き締まる。
テツは手早く、そして繊細に肉と野菜、そしてパンを切る。それだけで大男はテツとの力量の差を思い知る。
まず肉だ。彼が包丁を入れるとまるでバターを切ったかのようにすっと肉に入り切り分けられた。次に野菜。一口サイズに切り分けられたそのどの切り口もまるで元からそうであったかのように潰れておらずシャキシャキしているのが見てわかる。そしてパン。大男が切るとどうしても切り口が潰れ固くなってしまうそれをテツはものの見事に切る。
大男はそれだけで我慢できず思わずテツに聞いてしまう。
「お、おいアンタ。どうしてそんなに綺麗に切り分けられるんだ?何故野菜はそんな大きさにする?」
テツは「彼は伸びしろがあるな」と思う。分からない事を認め、そして聞いてきたからだ。聞くという事は理解したい、成長したいという欲求の表れだ。今まで何十人も育ててきたが案外それが出来ないやつがいる。
そこでテツは彼に開設をしながら調理をすることにする。
「いいか?まずアンタが使っていたこの包丁。これで肉を切っていたみたいだがこれは駄目だ」
「何故だ?毎日丁寧に研いでいるぞ?」
「いや、だからこそダメなんだ」
テツの解説に大男は驚く。
調理師は肉と魚で包丁を使い分ける。理由は簡単。その細胞の大きさが違うからだ。
細胞が少し大きな肉は『先端が尖った綺麗に研いだ包丁』との相性が悪い。どちらかと言うと少し先端が平らな方がいい。その方が細胞を潰さずに綺麗に切れるからだ。
逆に魚の細胞は小さ繊細な為、良く研いだ方が切りやすく細胞を潰さずにすむ。
細胞を潰さない、という事はその旨味を潰さない、という事であり、そして綺麗に切れる。
細胞を潰さず切った食材は冷蔵庫で保管すると、潰した食材よりも日持ちする。そして例えば潰した肉を焼くと、壊れた細胞から肉汁がどんどん逃げ出し旨味が抜け出てしまう。
「次に野菜だ。この宿は防犯がいいからか女性客が半数はいた。なのにこの野菜は大きくカットしてある。食事をする女性に大きな口を空けさせるなんてコックのすることじゃない。もし女性が彼氏と来ていたら、その彼氏の前で女性は大きな口を開けた恥ずかしい顔を晒すことになる」
そしてパンだが男は包丁をある程度動かした後、押し付け切っていた。と言うよりは潰しちぎっていたという表現が近い。
「パンを切るコツは一つ。力を入れずに包丁を動かしその重みだけで切るんだ。そうすればほら。パンを潰さずに切ることが出来る」
「本当だ。たったそれだけで……」
大男は驚くが、調理の基本は気づかいだ。調理法うんぬんは置いとき、まずはお客様にどう食べて欲しいか、どうしたら食べやすく、美味しく頂けるかを考える。調理とはまずそこからだ。
「次に焼いていくが、アンタは肉をどう焼いた?」
「どうって普通にさ。肉が大きいからフライパンで焼いてオーブンで温めて。それだけさ」
「つまりあまり気を使ってないという事か」
そう言いながらテツはコンロに火をつけ……られなかったので大男に使い方を聞いて火をつける。どうやら魔力で動くこのコンロは地球のそれとは使い方が違うようだ。
「いいか?この大きさ肉をちんたら弱火で焼いていたら旨味がどんどん逃げてしまう。だからある程度強火で焼くんだ」
「それだと中まで火が通らなくないか?」
「その為のオーブンだろ」
そしてテツは肉を焼いていく。まずは片面を焼き、そしてひっくり返してスプーンでフライパンに落ちている油を肉にかけながら。
「何で肉に何度も油をかけるんだ?」
「これは『アロゼ』という調理法さ。肉が大きいと片面焼いているうちにもう片面が冷めて乾いて固くなっちまう。だから丁寧に油を何度もかけることで肉が冷めずにしっとりと仕上げられるんだ」
肉を焼いた後はオーブンに入れ、10分ほどした後取り出し暖かいコンロの上に置いておく。
「?何故肉を放置する。しかもその時間だと中が生だろ」
「ああ、だから置いておくんだ。オーブンで熱した肉の表面は熱い。だがら置いておけばその熱でどんどん中まで火が通っていくのさ。勿論偶に油をかけながらな。時間にしたらオーブンに肉を入れた時間=置いておく時間、と覚えておいてくれ。それが基本だ」
大男は慌てて近くにあった紙にメモを取りながら聞いている。その姿にテツは苦笑しながら調理を続ける。今の大男の姿はかつて師匠に習っていた自分と重なったからだ。
「次に野菜だ。先ほど食べた野菜は皿に水分が出すぎていた。そこを気を付けて欲しい」
「わかった。どうすればいい?」
「いいか?葉物を炒めるときは強火でサッとだ。それ以外ありえん」
わかりやすい例がほうれん草のソテーだ。それを作る際どんなに水分が出てきてうまくいかない経験があるはずだ。
わかりやすく解説するとまずは熱したフライパンにバターを入れる。だがその後すぐにほうれん草は入れない。バターが解け、その後少しカラメル色になるまでしっかり熱する。その時点でフライパンの温度も、バターの温度もかなり高くなっている。
「そこで初めて野菜を入れ、そして一気に炒める。そうすれば野菜から水分が奪われずシャキシャキとした触感を維持できる。これは葉物を炒めるとき全てに言えることだ。少し食べてみろ」
テツは炒めた野菜を大男に食べさせる。
「ほ、本当だ!!シャキシャキしてる!!そして皿の上にも水分がでてない!」
「だろ?意外とこれを知らない人は多いんだ。そしてこれだけで料理は格段に上手くなる」
そのタイミングでパンをオーブンに入れ一分。野菜を盛り付け終わりパンが焼きあがった時、丁度肉を焼いてから10分が経つ。
テツは肉を切り分けそして切れ端を大男に渡すと、大男は待ちきれなかったのか勢いよく肉を頬張り目を見開く。
「う、うめぇ。これがあのワーウルフの肉かよ。しっとりしているし噛むと肉汁があふれ出てきやがる」
「だろ?調理はちょっとした気遣い。食材にもちょっと気を使ってやるだけでこんなにも変わるんだ。じゃ、俺は席に戻るぜ。」
驚き固まる大男を後にし、テツはアドルフのいる席に戻る。
シンプルなメニューが三つ書かれているだけだったので、テツは迷わず『ワーウルフのソテー』を選ぶ。理由は簡単。地球にない食べ物だったからだ。
アドルフは選ぶのが面倒だったのか、接客をしてくれた先ほどの少女に「こいつと同じものを」と頼むと「かしこまり~!おとーさん!ワーウルフ二丁!」と叫びながら部屋の奥へと消えていく。
「なぁアドルフ。ここの宿定評があるって事は飯も旨いのか?」
「飯?ああ、そんなもんこの辺境の街じゃどこも同じだろ。ここの評判がいいのは宿が綺麗なのと安いのに防犯がしっかりしてるからだよ」
そんなものか、とテツは納得する。確かに泊まる部屋のドアにはしっかりと鍵がかかっていた。しかもオートロックでカードで開けるタイプだ。電気のないこの世界ではそれは魔法で動いているらしい。その説明を受けたテツは驚いたがこの世界には地球に似たものが沢山あり、そのどれも魔力で動いているという話だ。
天井にある安っぽいジャンデリア、街の街灯、様々な物が『魔石』と呼ばれるものの魔力で動いているらしい。
そんな話をしていると待ちに待った料理が運ばれてくる。
「おまたせ~!ワーウルフ二丁ね!パンはお替り自由だから欲しかったら言ってね!」
少女が運んできたものはワンプレートに肉と炒めた野菜、そしてパンが乗っているだけ物だった。だがその肉は大きく、400g程の大きさだった。
「さ、さっさと食っちまおうぜ。ってお前何してんだ?」
アドルフの質問をテツは無視し真剣に皿と向き合う。まずはしっかり皿の上の物を確認し、手で扇ぎ香りを楽しむ。
香りは良し。多少の獣臭さは残っているものの、それもこの肉の良さかもしれない。野菜は、もう少し調理の腕をあげて欲しいな。パンはどうやらフランスパンのようだ。と言っても中の白い部分が少し潰れている。パンを切る際の力加減が悪いのか、パンを作る段階で小麦粉を混ぜすぎてグルテンが出すぎ固くなってしまったのか。どちらにしろ食べればわかる。
アドルフはそんなテツをほっときがつがつと犬が餌を食べる様に食べ始める。
テツは全く品のない奴だ、と思いながら優雅にナイフとフォークを使い肉にナイフを入れる。
「ほう」とテツは感心する。肉は思ったよりも簡単に切れ、切れ目から肉汁があふれ出てきた。まずは一口、とそれを口に運び、テツは驚く。
なんだこの肉のポテンシャルは!?恐らく調理の腕は大したことない。なのにこの口の中であふれ出る肉汁!そして程よく臭みが口の中を駆け巡りいいアクセントになっている。
そこでテツはテーブルを叩き、アドルフはそれにビクッと驚く。
「おい、ど、どうした?口に合わなかったか?」
「だからこそ!!だからこそもったいない!この肉のポテンシャルを生かしきれていない!!この肉の美味さはこんなものじゃないはずだ!塩コショウの味付けでこの旨さだ!調理次第ではレストランに出しても差し支えないものだぞ!!」
テツは憤慨しながらも野菜を口に運ぶ。
「んん!この野菜もいい!だからこそ調理にもっと気を使ってほしい!このあふれ出る旨味は地球にはない物だ!なのに、なのに!!」
アドルフは食べ物を次々に口に運びながら怒るテツにドン引きしている。
「ああ、パンはヨーロッパ式だな。外はしっかりと固く、中はふわふわ。だがこの切り方!中まで固くなってしまっている!噛めば噛むほど出る甘味から、小麦の製法には問題ない。勿体ない!非常に勿体ない!」
辺りに聞こえる程大きな声でああだこうだいうテツに対し他の客やパンツ一丁のおっさんでさえ引いていると、奥からのっしのっしと大男が出てくる。
「おい、てめぇさっきから聞いてりゃ分かったような口を聞きゃがって!そんなに調理にこだわりたきゃテメェで作りやがれ!!」
宿屋の少女やおかみさんに止められながらも振り切り、キッチンから出てきた大男はテツたちが座っていたテーブルをドンと叩きテツに向かって吠える。
テーブルが二つに割れるかと思うほどのその音に店中が静まり返る中、テツだけが違った反応を見せる。
「なん、だと?という事は厨房を貸してくれるのか!?俺に調理をさせてくれるという事だな!?」
突然立ち上がりキラキラした目で大男につかみかかるテツに、予想がいな反応が返ってきた大男は驚き「お、おう。どうぞ」と厨房を指さす。
「ありがとう!!厨房を借りるぞ!!」とイキイキと厨房に大男は唖然と見つめ、そしてハッとなりその後を追う。
「おいテツ!!ついてに俺の分も頼む!!お前の腕が見たい!!」
好奇心からそう叫ぶアドルフにテツは振り向かず片手をあげ答え厨房に入っていった。
「さて、取り掛かるか」
しっかり手を洗い腕まくりをしたテツは大男に聞き先ほどと同じ食材を用意させる。
そして包丁を取り出したテツに対し大男は唖然とする。
突然テツの目つきが変わり厨房の空気が変わったからだ。
世界で戦いそして三ツ星のシェフにまで上り詰めた彼が厨房に立つだけでその空気は一気に引き締まる。
テツは手早く、そして繊細に肉と野菜、そしてパンを切る。それだけで大男はテツとの力量の差を思い知る。
まず肉だ。彼が包丁を入れるとまるでバターを切ったかのようにすっと肉に入り切り分けられた。次に野菜。一口サイズに切り分けられたそのどの切り口もまるで元からそうであったかのように潰れておらずシャキシャキしているのが見てわかる。そしてパン。大男が切るとどうしても切り口が潰れ固くなってしまうそれをテツはものの見事に切る。
大男はそれだけで我慢できず思わずテツに聞いてしまう。
「お、おいアンタ。どうしてそんなに綺麗に切り分けられるんだ?何故野菜はそんな大きさにする?」
テツは「彼は伸びしろがあるな」と思う。分からない事を認め、そして聞いてきたからだ。聞くという事は理解したい、成長したいという欲求の表れだ。今まで何十人も育ててきたが案外それが出来ないやつがいる。
そこでテツは彼に開設をしながら調理をすることにする。
「いいか?まずアンタが使っていたこの包丁。これで肉を切っていたみたいだがこれは駄目だ」
「何故だ?毎日丁寧に研いでいるぞ?」
「いや、だからこそダメなんだ」
テツの解説に大男は驚く。
調理師は肉と魚で包丁を使い分ける。理由は簡単。その細胞の大きさが違うからだ。
細胞が少し大きな肉は『先端が尖った綺麗に研いだ包丁』との相性が悪い。どちらかと言うと少し先端が平らな方がいい。その方が細胞を潰さずに綺麗に切れるからだ。
逆に魚の細胞は小さ繊細な為、良く研いだ方が切りやすく細胞を潰さずにすむ。
細胞を潰さない、という事はその旨味を潰さない、という事であり、そして綺麗に切れる。
細胞を潰さず切った食材は冷蔵庫で保管すると、潰した食材よりも日持ちする。そして例えば潰した肉を焼くと、壊れた細胞から肉汁がどんどん逃げ出し旨味が抜け出てしまう。
「次に野菜だ。この宿は防犯がいいからか女性客が半数はいた。なのにこの野菜は大きくカットしてある。食事をする女性に大きな口を空けさせるなんてコックのすることじゃない。もし女性が彼氏と来ていたら、その彼氏の前で女性は大きな口を開けた恥ずかしい顔を晒すことになる」
そしてパンだが男は包丁をある程度動かした後、押し付け切っていた。と言うよりは潰しちぎっていたという表現が近い。
「パンを切るコツは一つ。力を入れずに包丁を動かしその重みだけで切るんだ。そうすればほら。パンを潰さずに切ることが出来る」
「本当だ。たったそれだけで……」
大男は驚くが、調理の基本は気づかいだ。調理法うんぬんは置いとき、まずはお客様にどう食べて欲しいか、どうしたら食べやすく、美味しく頂けるかを考える。調理とはまずそこからだ。
「次に焼いていくが、アンタは肉をどう焼いた?」
「どうって普通にさ。肉が大きいからフライパンで焼いてオーブンで温めて。それだけさ」
「つまりあまり気を使ってないという事か」
そう言いながらテツはコンロに火をつけ……られなかったので大男に使い方を聞いて火をつける。どうやら魔力で動くこのコンロは地球のそれとは使い方が違うようだ。
「いいか?この大きさ肉をちんたら弱火で焼いていたら旨味がどんどん逃げてしまう。だからある程度強火で焼くんだ」
「それだと中まで火が通らなくないか?」
「その為のオーブンだろ」
そしてテツは肉を焼いていく。まずは片面を焼き、そしてひっくり返してスプーンでフライパンに落ちている油を肉にかけながら。
「何で肉に何度も油をかけるんだ?」
「これは『アロゼ』という調理法さ。肉が大きいと片面焼いているうちにもう片面が冷めて乾いて固くなっちまう。だから丁寧に油を何度もかけることで肉が冷めずにしっとりと仕上げられるんだ」
肉を焼いた後はオーブンに入れ、10分ほどした後取り出し暖かいコンロの上に置いておく。
「?何故肉を放置する。しかもその時間だと中が生だろ」
「ああ、だから置いておくんだ。オーブンで熱した肉の表面は熱い。だがら置いておけばその熱でどんどん中まで火が通っていくのさ。勿論偶に油をかけながらな。時間にしたらオーブンに肉を入れた時間=置いておく時間、と覚えておいてくれ。それが基本だ」
大男は慌てて近くにあった紙にメモを取りながら聞いている。その姿にテツは苦笑しながら調理を続ける。今の大男の姿はかつて師匠に習っていた自分と重なったからだ。
「次に野菜だ。先ほど食べた野菜は皿に水分が出すぎていた。そこを気を付けて欲しい」
「わかった。どうすればいい?」
「いいか?葉物を炒めるときは強火でサッとだ。それ以外ありえん」
わかりやすい例がほうれん草のソテーだ。それを作る際どんなに水分が出てきてうまくいかない経験があるはずだ。
わかりやすく解説するとまずは熱したフライパンにバターを入れる。だがその後すぐにほうれん草は入れない。バターが解け、その後少しカラメル色になるまでしっかり熱する。その時点でフライパンの温度も、バターの温度もかなり高くなっている。
「そこで初めて野菜を入れ、そして一気に炒める。そうすれば野菜から水分が奪われずシャキシャキとした触感を維持できる。これは葉物を炒めるとき全てに言えることだ。少し食べてみろ」
テツは炒めた野菜を大男に食べさせる。
「ほ、本当だ!!シャキシャキしてる!!そして皿の上にも水分がでてない!」
「だろ?意外とこれを知らない人は多いんだ。そしてこれだけで料理は格段に上手くなる」
そのタイミングでパンをオーブンに入れ一分。野菜を盛り付け終わりパンが焼きあがった時、丁度肉を焼いてから10分が経つ。
テツは肉を切り分けそして切れ端を大男に渡すと、大男は待ちきれなかったのか勢いよく肉を頬張り目を見開く。
「う、うめぇ。これがあのワーウルフの肉かよ。しっとりしているし噛むと肉汁があふれ出てきやがる」
「だろ?調理はちょっとした気遣い。食材にもちょっと気を使ってやるだけでこんなにも変わるんだ。じゃ、俺は席に戻るぜ。」
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