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月と従者と

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 馬車に揺られている間彼女は、いつ呼吸をしているのか分からないくらいずっと話し続けた。だがおかげで色々な情報を得ることが出来た。

 まず彼女たちが先日の街からやってきたのは伯爵のお見舞いだった。伯爵襲撃を聞きつけたミリス家の伯爵は、自分が動けないからと代わりに一人娘に伯爵の様子を見てくるようお願いした。そして伯爵の様子を見に行ったはいいが、大分怯えていて自分達が連れていた兵士を貸してほしいとお願いされる。流石に伯爵のお願いを断れない彼女たちは執事と共に帰宅途中魔物に襲われてしまったようだ。

「それでね。伯爵様から手紙だけを預かってきたの。それにしても酷い怯えようだったわ。それで犯人は小さな少年だったそうよ?それに相当腕が立つみたい。でもあれだけ兵士を増やせば簡単に街からは出られないはずだから犯人はきっとすぐ捕まるわ!!」

 俺はギルドカードに性別が書いていないことが唯一の救いだったようだ。門を出るときはフードを脱がされ荷物検査までされた。だが門番は俺が女だと勘違い、さらにEランク冒険者のなので襲撃は不可能だと判断したようだった。

「でも伯爵様はなんで少年なんかに襲われたのかしら。やっぱりお金目当てかしらね。どこの街にも貧民街は少なからず存在するし、パパもいつも警戒はしてるしね。可哀想な伯爵様……」
「しかしお嬢様。あの怯え方は異常でした。お金以外の目的がありそうな」
「そうね。私もそう思うわ。でもだとしたら何なのかしらね……。パパに聞いてみようかしら」

 その後は彼女たちの街の話に話題は変わり、再び彼女は街に着くまで休むことなく話し続けた。だが彼女のおかげで俺は一言もしゃべらずに街へ入ることが出来る。

 門では伯爵令嬢の友人という事でギルドカードの提示だけで済み難なく街に入ることが出来た。そのまま馬車は慌ただしく人の行きかう大通りを抜け街の中心にある伯爵邸へ向かう。

 ここの伯爵邸は先ほどの街の伯爵邸とは違いちょっとした城のようだった。高さはあまりない石造りの城壁に建物だった。中に入るには門を開かなくてはならないみたいだ。今回は侵入はかなり厳しそうだからこうして馬車で堂々と入れることはかなり運が良かったと言えるだろう。

「「「「おかえりなさいませ。お嬢様」」」」

 敷地内に入り建物の前に馬車が止まるとすでにメイドが6人ほど頭を下げて待っていた。

「ただいま。パパの様子はどう?」
「はい。伯爵様は本日はとても体調が良いようで食事もしっかり摂られてました」
「そう。なら良かったわ。だんだん良くなってるみたいね」
「ええ。これならすぐに良くなるでしょう」

 彼女の会話から伯爵は体調がすぐれないようだ。だがそれで寝室に籠られるとこちらは行動しにくいな……。

「おかえりエマ!伯爵の様子はどうだった?」
「あらパパ!わざわざ玄関で待ってたの?体調はどう?」
「ああ、今日はなんだか調子よくてな。おや?そちらの可愛らしいお嬢さんは?」

 玄関先に人のよさそうな優男が手を広げて愛娘の帰りを待っていた。彼が伯爵か……。

「この子は……。あら?名前何だったかしら?」
「……チャールズと申します。伯爵様お目にかかれて光栄です」

 俺は昔パランケ伯爵に習った貴族の挨拶の所作をして見せる。冒険者の格好をした俺が綺麗な所作で挨拶をしたことに皆驚いたが伯爵はすぐに笑顔で迎えてくれる。

「うむ。綺麗な挨拶だ、その年でしっかりできるのは偉いな。まぁ立ち話もなんだからエマ、客間に案内してあげなさい。」
「え。ええ。分かったわパパ。」

 石造りのオシャレな内装の廊下を抜け一階の客間に案内される。

「チャールズって男の子みたいな名前ね。それより貴方綺麗な挨拶ができるのね。もしかして貴族の出?」
「いえ、貴族の出ではありませんが……」
「これエマ。きっと何か事情があるのだろう。こんなご時世だ。それより伯爵はどうだった?」
「れもそうね。この国は荒れているものね。あ、伯爵様から手紙を預かっているわ。伯爵様ひどく怯えていたみたい……」
「怯えていた?……どれどれ。これは!?」

 手紙を見た伯爵は驚き言葉を失う。書いてある内容は想像できる。というか俺の昨夜の話だろう。

「そうか……。わかった。よくこれを持ってきてくれたエマ」
「伯爵様の頼みだからね。それよりもなんて書いてあったの?」
「ん?いや、何でもない。ちょっとした大人の事情ってやつだ」
「もう!!パパはいつもそうやって話をはぐらかす!!」

 手紙に先日の俺の話が書いてあったという事はこの伯爵も事情を知った憎むべき敵だという事だ。その確信が持てただけでもかなりの収穫だ。

「それよりもチャールズとはいつ知り合ったのかね?」
「それがね……」

 エマは馬車を俺に助けられた事を話す。

「そうか……。娘の命を救ってくれてありがとうチャールズ。たった一人の大事な娘だ。いなくなってしまったら儂はどうなっていた事か」
「もう、パパは大げさよ!そんなんだから隊長も崩すんじゃない」
「はっはっは!!確かにそうかもしれん」
「あの……。体調は大丈夫なんですか?顔色が優れないように感じますが」
「おお、チャールズにも心配かけてしまったか。大丈夫。今日はなんだか調子いいからな。だがあまり心配かけてもいかん。今日の所は失礼しよう。エマ、チャールズをしっかりおもてなしするんだぞ?」
「分かったわ!!」

伯爵は手紙を大事そうに懐にしまうと扉から出ていく。恐らく伯爵も焦っているのだろう。犯人が自分の所に来るんじゃないかと心配して。どうにか警備が厳しくなる前に伯爵と二人で話ができないものか……。

「そうだわチャールズ!!今日の宿って決まってないわよね?今日は泊っていきなさい!色々お話したいし!!」
「ですが、私のような者がこんな所に泊まるなど……」
「何言ってるの?私達もう友達じゃない!大丈夫よ!」

 いつの間にか俺達は友達になっていたらしい。貴族令嬢がそんなに警戒心薄くて大丈夫なのかと心配になるが今は願ったりかなったりだ。

「ではお言葉に甘えて……」
「やったーー!!」

 それから俺はエマに質問攻めにあった。俺はアニの出身ではく旅をする商人の子として生まれ旅の途中で両親を魔物に殺されて一人で逃げてきた設定で話す。

 思いのほか話が上手く纏まり、気が付けばエマは俺の話で泣いていた。それから冒険者になった事、何とか冒険者として生きてきたことを話す。

「そ、そうだったの。グスッ。それは、大変だっわね。そうだわ!!私決めた!!貴方私の従者になりなさい!!」
「……へ?」
「従者よ!!私の付き人!貴方腕はたつし貴族の礼儀作法も言葉使いもしっかりしてるしあなたなら適任だわ!!それに何より可愛いし!!」

 エマは俺に顔を擦り付けながらそう言う。ちょっと鬱陶しかったが今回は慎重に伯爵に近づくためにはそれもありかと思い承諾する。ただ見習い候補と言うだけで今後ずっとなるかはわからないとだけ言っておく。というか目的を果たしたらすぐ辞めるつもりだし。

 エマは拗ねていたが渋々それを承諾する。こうして俺の短い短い従者生活が始まった。

 と言ってもその日は特に何するわけでもなくエマに着いていって伯爵家を見て回るだけで終わった。お風呂も一緒にどうかと言われたが流石に男だとバレてしまうので丁重にお断りさせてもらう。

 今日一日で分かったことはエマには友達と言える人物がいないようだ。いわゆる箱入り娘と言うやつだろう。だがおかげでうまく彼女に取り入ることが出来る。少し心が痛いがそれでも目的の為なら俺は何でもする覚悟ができている。

 その晩俺は客間で休むことになった。月が真上に上がる頃静かに部屋を抜け出し昼に聞いておいた二階の伯爵の寝室を目指す。細心の注意を払い行動をし彼の寝室の近くまでたどり着くが、彼の部屋の前には兵士が二人も待機していた。

 流石に警戒しているのか、それとも元から警戒心が高いのか分からないが、これでは侵入はできない。いきなり襲ってもいいが、実力差が分からない以上無理はできない。

 下唇を噛みしめ今度は庭に出る。位置が分かっているので窓からなら入れるかもしれない。

「おや?君は確かメア様の新しい従者になった……」

庭に出たとき暗闇から声がかかり焦って振り向くとそこには一人の老人が立っていた。

「はっは。驚かせてしまったようだね。儂はここの庭師をしている者だよ。今日は月が綺麗でね。こんな時間にどうしたのかね?」
「……眠れなくて」

 とっさについた嘘だったが庭師はそれを聞いて頷き納得してくれたようだった。冷汗が背中に流れたが何とかなったようだ。

「君は警戒心が強いみたいだね。まぁその年で冒険者をしていたくらいだ。きっと色々あったのだろう。どうかね?一緒に月でも見ながらお茶でもしないかね?どうせ眠れないなら楽しんだ方がいいよ」

 断るわけにもいかずおじさんに連れられて庭にあるテーブルに腰を掛ける。まだ雪解けの季節の為風は冷たく冷えたがその分月がとても綺麗だった。

 「君はアニの街を知っているかね?」

 その質問に心臓が跳ね上がるのを感じる。もしかして俺の正体がばれたか……?一応頷いておく。

「そうか。私はアニの街に家族がいたんだよ。娘の家族さ。最近あそこに引っ越したばかりでね。それがまさかスタンピートに巻き込まれるとは……」

 どうやら俺の正体がばれたわけではないようだ。だが彼が今流してる涙の気持ちはよくわかる。俺も家族を恋人を全てをあそこで失ったから。

「グスッ。すまない……。君ももしかして知り合いがいたのかな?ほら、涙を拭いて紅茶でも飲もう。アニの街の皆の冥福を祈って」

 気づけば俺も泣いていた。緊張の中いきなりアニの話をされて、悲しみを共有できる人が居て少し気持ちが緩んでしまったのかもしれない。

 紅茶は暖かく、そして香ばしい香りがしておいしかった。聞けば庭で取れる葉を煎じて作ったオリジナルらしい。

「何であんなことが起きてしまったのでしょう……。彼らは何のために生まれてきたのか……」
「ふむ。君は中々哲学的な考え方をするんだね。でも人が生きている事には必ず意味がある、と儂は思うよ?」
「生きている意味、ですか?」
「ああ、そうだ。人は生きている限り誰かに影響を与え、そして与えられて生きている。君も、そして儂もな。そうやって互いに影響を与え合い、世界はだんだんいい方向へ向かっているのさ」
「俺には、まだわかりません。でもだからってアニの人達が可哀想すぎます」
「そうだな。彼らにとっては不幸な出来事以外のなにものでもなかっただろう。だが死んでしまった。それは事実だ。そして儂等はまだ生きている。死者を想い悲しむことは大事だが死者に囚われてはいけないよ?囚われている人決して前に進むことは出来なくなってしまうからね。だから我々にできることは死者を悲しむより、死者に感謝することだと思うよ。今までありがとう。そしておやすみなさいって伝えてあげる事なんだ。そして生き残った我々は彼らの分まで精いっぱい生きなければならない。儂はそう思うな」

 おじさんはそう言うと紅茶をすすり再び月を眺める。

 死者に感謝、か。確かに俺は囚われている。彼らに感謝はしているが、それ以上に彼らの死を乗り越えられないでいる。それは実感しているが、それでも俺は、たとえその先に「死」が、不幸が待っていようともこの道を歩むことをやめられないと思う。

 俺も冷め始めた紅茶をすすりながら月に向かって誓う。

 俺は必ずこの「スタンピート計画」に関わった人間を懲らしめる。そして国王を必ず殺してやる。後悔させてやる。たとえこの国がそれで滅びようとも。

 俺の全てを奪った奴らは許さない。
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