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リュックとバニラと

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 ボーズ街を出てから数日、現在ボーズ街とクロス町との間から少しそれた場所にひっそりと存在する小さな村に向かっていた。ボーズ街を出る前にギルドに寄った所そこのギルマスに呼ばれ雨を降らせて欲しいという依頼が入ったからだ。少し道は逸れるがそんなに遠回りにはならなかったので俺は了承して現在その村に向かっているところだった。

 何よりその街の主な農産品が米という事もでかい。米を作る村は何としても守らなければいけない。それほど俺にとって米は大事な物になってた。勿論ボーズ街でも大量に買ったが、それでもまだボーズ街には「ハント」の影響で商人があまり訪れない状態が続いている。これから少しづつまた経済が回るようになるだろうが、まだしばらく時間がかかりそうなので、買う米も限られていた。

 しばらく歩くと村らしきものが見えてきた。が、街の様子がおかしく家から煙が上がっていた。「ブースト」を使い急いで駆けつける。

「ギャハハハ!!さっさと食料と米を集めろ!」

 そんな汚い声が聞こえて家の陰に隠れると盗賊が村の中心に集まり人質を取って食料などを集めさせていた。

「きゃあああ!!やめて!!」

 近くの路地から女性の叫び声が聞こえ見ると数人の男が女性に跨りすでに下半身丸出しの状態になっていた。俺は静かに且最短で駆けつけ男たちの首を斬り落とす。

「や、やめて!!……え?」

 女性は何が起きたか分からず隣に倒れる首のない男を見つめ固まっている。

「静かに。もう大丈夫。あとは俺に任せて」

 女性の顔をそっと触り死体から視線を俺に映させてそう囁く。女性はしばらく固まっていたがゆっくりと頷き気を失ってしまった。それから俺は村を一周し周りにいた盗賊からかたずけていく。できるだけ静かに迅速に。

「おい!!さっきからお前達何やってがる!!全然米が運ばれてこねぇじゃねえか!!お楽しみもほどほどにしろ!あと俺の分も取っておけよ!!」

 村の中心で何も知らない男達が下品に笑いながら談笑しているところに、俺は家の屋根から飛び降り男の頭上から「アイスシャワー」を使い次々に脳天を貫いていく。男たちは何が起きたか気づかないまま絶命していく。

「な、なんだ!?」

 残る盗賊が驚き状況を飲み込む前に俺は着地し素早く剣を振るい男立ちの首を落としていく。

「た、助けてくれ……」
「なんで?」
 
 最後の男が命乞いをしてきたが構わず首を落とす。これで盗賊は壊滅した。人質になっていた村の人たちは何が起きたか今だに理解できず唖然としていたが、一人の男が声を張り上げると、それが波となり次第に村全体で歓声が巻き起こった。

「お、お嬢ちゃん。ありがとう。助かりました。私はこの村の村長でございます。本当に助かりました」
「怪我人はいない?光魔法を使えるからいたら集めて」
「何と!光魔法まで!わかりました。すぐに集めさせます」

 怪我人を治した後村の人たちは運び出された食料をしまい、盗賊を燃やし殺されてしまった村人たちを丁寧に埋葬する。その後俺は村に流れた血を流すように広範囲で雨を降らせた。村の皆には感謝され、トラブルはあったもののクエストはこれで完了だ。村長さんにクエスト完了のサインを貰い村から出ようした時女性に声をかけられる。

「待って!ね、ねぇ。さっきは助けてくれてありがとう。お礼に食事を作ろうと思うのだけれど、良かったら家に来ない?」

 村で最初に襲われていた女性が俺を引き留めて家に招待してくる。俺は断る理由がないのでそのまま家にお邪魔することにする。女性は一人暮らしのようで家の中の家具は少なく質素な暮らしをしているようだ。

「はい、お待たせ。簡単な物しかできないけど」

 料理はシンプルなリゾットにパテにサラダなどだった。流石米の産地だけあってリゾットのコメはふっくらしていて程よく芯が残っていておいしかった。パテも肉厚で滑らかな舌触りが虜になるいい味付けをしていた。

「すごくおいしいよ。ありがとう」
「そう!なら良かった。ねぇ。名前聞いていい?」
「チャールズ」
「そう!私はリュックって言うの。チャールズ君はまたすぐに旅に出ちゃうの?」
「そのつもりだよ」
「そっか……。良かったらもう少しゆっくりしていかない?私まだ盗賊に襲われたのが怖くて」


 よく見るとリュックの足は震えていた。先ほどの事を思い出していたのだろう。だが俺にも旅の目的がある。ここでゆっくりしていくわけにもいかない。その時扉が叩かれ少女と老婆が家の中に入ってくる。

「坊主。村を救ってくれて感謝する。というわけで坊主に頼みがあるんじゃ。この近くの森から薬草をとってきてほしい。最近魔物が多くて近寄れなくなってきてしまっての。見本の物はここに置いておく。じゃあ頼んだぞ?」
「……え?」

 それだけ言い残すと老婆達は家から出て行ってしまった。何だったんだあの老婆は。

「あー、あの人はバニラさん。昔は結構有名な薬師だったみたいなんだけどよく知らないのよね。いつの間にかこの村に住みついて。でも村の人が病気になったらすぐに直してくれるから皆バニラさんを頼りにしてるの。ねぇ薬草の件私からもお願い」

 断るつもりがさらにリュックからもお願いされると流石に断りにくく、ため息をつき薬草を手にとると森に出かけることにした。

 森は確かに魔物が多かったがそれほど苦も無く薬草を集めることが出来た。村に戻りバニラさんの家を村人に効き尋ねると家の中で優雅に紅茶を楽しむバニラさんを発見した。

「おお、早かったの。さすがじゃ。じゃあ次は調合の手伝いでもしてもらおうかの」
「え?ちょっと」
「何じゃ?こんな老婆の頼みすら聞けんのか?」
「あ、いや、そう言うわけじゃ……」
「ならつべこべ言わずにこっちに来なさい。道具はすでにそろえてある」

 かなり強引に薬の調合をさせられる。だがなんだかわからないがバニラさんには逆らえない気がした。結局俺はその日夜遅くまでバニラさんに調合を手伝わされることになった。

「そっか。じゃあ今日は私の家に泊まりなさい。私も一人だと心細かったし」
「ごめん。迷惑かける」
「迷惑だなんて!むしろ助かったわ!」

 結局俺はリュックの家に泊まることになる。ベッドは一つしかない為床で寝ると言ったんだが一緒運ベッドで寝ると言って聞かなかったので一緒に寝ることになった。俺は体は十一歳だが精神的にはすでに二十代後半なので勘弁してほしかった。

「ふふ。私弟が欲しかったのよ。チャールズみたいな可愛い弟が。チャールズは兄弟いるの?」
「正確にはいた……だね」
「そっか。辛いこと聞いちゃってごめんね」

 そう言うとリュックは俺を優しく抱きしめてくれる。

「あの時ね、助けてくれた時。チャールズが王子様に見えたんだ。ほんとにかっこよかった。人は一人じゃ生きていけないんだってあの時すごく強く感じたの。今まで自分一人で何でもこなしてきたつもりだったけど、出来ない事もあるんだって。だからね……」

 リュックはそこまで言うと静かに寝息をたてはじめた。俺は静かにリュックの頭を撫でて静かに目を閉じる。

 俺だって一人じゃ生きていけないというのは分かっている。だけど、人は一人で勝手に頑張って生きていかなければならない。常にだれかが支えてくれるわけもなく、そして一人で立ち向かわないといけない事の方が多いい。

 だけど、だけど今だけはこの久しぶりの人のぬくもりに甘えてもいいかなと想い静かに眠りについた。

 次の日も早朝からバニラの仕事を手伝わされ、結局一か月もの間断るきっかけを見つけられずに調合の手伝いをさせられていた。だがバニラの教えは上手で俺は腕が上達しこれはこれで面白いと思い始めてきた。

「ふむ、よくできたね。これが調合の基礎の全てさ。後はその応用だけさね。これまでよく頑張ったね。ありがとう」
「聞いてもいい?なんで俺にこんなに丁寧に調合を教えてくれたの?」
「私はもうながくないのさ。だから少しでも沢山の人に調合の技術を教えたかったのさ。そして長く生きた分それを受け継ぐ人間を見る目も養ってきた。チャールズはそれに値する人間なんだと確信してるよ。勿論村を救ってもらったお礼でもあるね。私はこういう形でしかお礼が出来ないから。調合しか私にはないからさ」
「でも調合って一子相伝って聞いたことあるよ?」
「私には子供はいないよ。だからお前なんだチャールズ。それとこの本を持っていきな」

 バニラにもらった本にはびっしりと調合のノウハウが書かれていた。

「お前さんはいい子だ。まっすぐで素直で、そして優しい。こんな私の話を真剣に聞いてくれる若者はそう多くはないさ。短い付き合いだが、お前さんは孫のように接してきたつもりさ。こんな我儘な老婆でごめんよ」

 そう言うとバニラは優しく俺の頭を撫でてくれた。誰かに頭を撫でられるなんてどれくらいぶりだろう。気恥ずかしかったが悪い気はしなかったのでそのまましばらく黙って撫でられることにした。

 その後俺は皆と別れて村を出た。

 人は一人で生きていかなければならない。だが心の中では常に誰かの支えられているのかもしれない。リュックと過ごしたこの一か月、バニラと過ごしたこの一カ月はとても暖かく、そして久しぶりに家族のように接してくれた想いが確かに俺の中には存在した。

 村にくる以前よりもなんだか寂しくなくなった気がして歩く足取りはなんだか軽かった。
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