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神官長マイクと

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王都の教会は今までのどの建物よりも立派でまるで城のようだった。流石に王城よりは小さいが、壁には様々な石を削って作った装飾などが飾られていて芸術の分からない俺でさえ『美しい』と思わず思ってしまうほどだった。

 石造りの階段を小走りで駆け上り、大きな扉をくぐる。見て目通り中もかなり広い。人もそこそこの人数がいて、椅子に座ったり床に膝をついたりして祈りをささげる者、神父らと話何か楽し気に話をする者など各々が自由な時間を過ごしていた。

 俺がばらくの間そんな光景に目を奪われていたのだろう。気が付けば隣に一人の神父が立っていて「どうしましたか?」と優しく声をかけてきた。隣に来た瞬間までその事に気づかなかったことに慌てながらも、ギルドカードを提出し「王城から神官長に会えるようにという通達は来てませんか」と尋ねる。

 俺のギルドカードを見た神父は一瞬驚き、俺とカードを何度か見た後「どうぞこちらへ」と一室に案内しれくれた。

 恐らくはそれなりの身分の者と話すための客間に案内される。慣れないふかふかのソファーに浅く腰をかけているとすぐに目的の男性が部屋に入ってくる。

「お待たせししたね。私が神官長のマイクだ。君が噂の「最年少ドラゴンスレイヤー」のチャールズ君だね。お会いできて光栄だよ」

 物腰柔らかい白髪交じりの老人がそう言いながら手を差し伸べてくる。彼はアニの街の元王国神官長ノアの後釜。敵か味方かまだ判断はできない。俺は一瞬どうしようか迷ったが彼の手を軽く握ると「どうも」と小さな声であいさつをし互いにソファーに腰をかける。

「さて、ドラゴンを倒した報酬が私に会い何か頼みごとをしたい、王様から聞いているが。果たしてそれほどの対価を私に払えるかは自信がないが、とりあえず私を訪ねてきた理由を教えてくれないかな?」

 冗談交じりに話す彼はじっくり俺の一挙一動を観察しながら聞いてくる。

「俺の頼みは二つ、「神級光魔法」である『ゴッドヒール』の呪文を教えてほしい」

 俺の言葉にマイクは目を大きく見開くと少しの沈黙の後ゆっくりと口を開く。

「確かにその呪文の書は此処にある。そしてそれを知っているのは亡くなった元神官長を除けば私と副神官長のブクブクという男性のみだ。だがそれを扱えるものは現在この国に、いやこの世界にはいないと言われているほど扱いずらく、そして莫大な魔力が必要だ」

 マイクはそう言い一旦言葉を切る。彼が何を考えているかは分からないが、俺の事を観察しているようにも見える。俺がどんな男で、その目的は何かと。

「単刀直入に聞きたい。それを知ってどうする?」

 マイクの真っ直ぐな質問に俺は一呼吸入れた後答える。

「まず前提としてこの事は他言無用で頼みたい」

 俺の言葉に彼は「勿論」と間髪入れずに答える。彼の言葉がどれほど信用できるかは分からないが、それでも話すしか俺には方法が浮かばなかった。

「俺は全属性「王級魔法」が使える。そして「神級魔法」の呪文も光魔法以外全て知っている」

 俺の言葉を聞いて、流石にマイクも驚きを隠せないようだ。

「ば、馬鹿な!いや、ドラゴンをソロで倒すほどだ。あり得ないが王級魔法を使えるとしよう。それ自体信じられないが。だが「光魔法」以外の王級魔法を知っているだと!?あれを知っている人間なんて各国の王族かそれに近い人物くらいだろう!何故君が知っている!?」

 神級魔法の呪文は各国の王族クラスの人間が秘匿している。それも全て知っている国は少なく、各国共いくつか知っているだけだった。確かに疑うのは当然だ。

「それについては話せない。だが知っている。あとは「光魔法」だけなんだ」

 俺の言葉に「信じられない」とマイクは深く腰をかける。だが俺が真っ直ぐ彼を見つめ続けている為、彼もどこか真実ではないかと疑い始めているようだ。

「……信じられないが、いや、信じられない。だがまぁいい。それが本当だとして、『ゴッドヒール』をどうして学びたい?というかその名前を知っている事自体驚きなのだが」

 彼はすでに驚き疲れたという顔をし、部屋に入ってきた時の神官長らしい紳士な顔は崩れ、年相応の老人の表情をしていた。

「……俺は力が欲しい。人を助けられるような力が」

 その言葉に「ふむ」と何かを考えた後、彼は「続けて?」と俺に次の言葉を促す。

「俺は確かにドラゴンを倒せた。倒せるだけの力はつけたつもりだ。だが人を助けるという事は「力」があればいいわけじゃないと俺は学んだんだ。人を助けるという事はすごく難しい。でももしその状況に陥った時、知らぬ存ぜぬで助けられる人を見過ごすことは俺にはできない。その時の為に、いや、もう間に合わなかったが、それでもこれからはそう言うことのない為に俺にはその知識が必要なんだ」

 これは俺の心から出た言葉だった。考えてきた回答とは違い、思わず言ってしまったという感じだ。

「……つまり君はその助けられなった事への後悔、そして二度同じことを繰りかえさないためにそれを学びたいと?」

 マイクの解釈が正しいことを確認した俺は頷き答える。マイクはまたしばらく口を閉ざし何か思考した後こう言う。

「君の紹介は王様からの直接的なものだ。君の気持も考えて君の提案を受け入れることにする。だが約束してほしい。ここで話したことはお互い一切口外しない事を。「王級魔法」を扱うことのできる君ならわかると思うが「神級魔法」を秘匿している理由は他国に流出しない為。それともう一つある。何かわかるかね?」
「使う際の魔力が大きすぎるため」

 俺の回答にマイクは頷き答える。人間には魔力総量というのがある。それは鍛えたり、体調によって前後するが。その総量を越えた規模が必要な呪文を使うとどうなるか。大抵は失敗で終わるが、無理をすれば体内の魔力が無くなり、最悪死に至る。

「分かってる。口外は一切しないよ」
「うむ。頼むぞ。そう言えばもう一つ頼みがあるといっていたな」
「ああ、もう一つはこの教会で一か月程働かせてほしい」

 またも俺のお願いが予想外だったのか、驚きの表情を見せる。

「理由を聞いても?」
「これに関しては単なる気まぐれだよ。……まぁそれじゃ納得できないか。簡単に言えば原点に戻りたい、かな?」

 俺はその理由を話す。

 勿論「光魔法」の訓練にもなるというのがあるが、少し原点に戻りたかった。ここまでの旅は辛い事ばかりだった。人を殺し、魔物を殺し、奪い続けるだけだった。この国の、人間の汚さを見てきた。

 だがアニの街にいるときは違った。毎日が楽しかった。魔法を使う事は楽しかった。人を助け、人と出会い、家族を守り笑顔にする。旅に出るまでの「力」「魔法」は俺にとってそう言う意味があった。それをもう一度感じたくなった。という事をマイクに話す。

 彼には言わないが、王都及び教会の情報も此処にいれば手に入るかもしれない、という算段もあったが。

「そう言うことなら構わないよ。寧ろ「王級光魔法」を扱える者ならいつまでもいてほしいくらいだよ」

 俺の気持ちを知った彼は快く快諾してくれた。

 その後軽く仕事について話をした後、教会の一室を借りて俺はそこで寝泊まりすることになった。

 借りた一室のベッドで横になりがら目的が達成できることに安堵する。

 できればアニの街、及びノアの情報を手に入れたいところだが、あまり派手に動くことはできない。どうしたもの角思案している途中で俺は夢の中へと誘われる。
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