山小屋

穏人(シズヒト)

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 知らない天井が見えた。目を覚ませばいつも見えるはずの、安アパートの天井よりもさらに粗末な天井が。身体を起こすとやはり知らない場所で、山小屋という単語が瞬時に頭の中に浮かんだ。はて、俺はどうして山小屋なんかにいるんだろう。俺が今住んでいるのは郊外のボロアパートで、山小屋なんかに来た覚えは一切ないんだが。思い出すために改めて周囲を見ようと思ったが、見渡すまでもない程に、それは狭いボロ小屋だった。自分が寝ているベッドと、テーブルと、あとは壁。それだけだ。それ以外に見えるものはない。それ以上を探す前に壁が視界に入ってしまう。なんでこんな山小屋にいるのかはやはりちっとも思い出せない。とりあえず外に出てみようとベッドから降りようとする。
「あら、やっと起きた?」
 すると唐突に声が聞こえ、女がぬっと現れて俺を覗き込んできた。びっくりして悲鳴を上げそうになったが、見慣れた女だと気付いて、咄嗟に悲鳴を飲み込んだ。女はそのままの姿勢でじっと俺を覗いていた。バクバクする心臓を抑えて、俺は怒鳴るように女に尋ねた。
「きゅ、急に顔を出すんじゃねえよ! 驚いただろうが。今まで何処にいやがった」
「何処って……そこで料理していたわよ」
 そう言って、女は壁を指差した。そこにはキッチンが生えていた。キッチンが生えるわけがないが、そのようにしか思えなかった。だってそこには先程まで、壁しかなかったはずだから。だが、キッチンが急に生えるはずがない。寝ぼけているのか? 女がクスクス笑う。
「さあ起きて。朝ご飯ができているから」
 女は機嫌良さそうにそう言うと、背を向け、急に生えたキッチンに多分飯を取りに行った。それを受け、俺はベッドから降りて、すぐ近くにあった椅子に座ることにした。椅子から改めて山小屋を見ると、ベッドと、テーブルと、キッチンと、あとは壁しか見えなかった。キッチンがあるということは、ここは山小屋ではないんだろうか。山小屋にキッチンがあるなんてイメージはないからな。では、ここはペンションだろうか。しかしペンションがこんな狭くてボロいイメージもない。ではやはり、ここは山小屋?
「どうぞ」
 どうぞ、と言われて視線を落とすと、何もなかったはずのテーブルに食器と飯が生えていた。一体いつの間に。テーブルの横を見ると、女がニコニコと立っている。いつの間に来て、いつの間に置いたんだ。疑問が生じたが、すぐに気にしないことにした。考え事をしていたし、まあそういうこともあるだろう。朝食は焼いたトーストと、目玉焼きと、焼いたハムと、サラダと、牛乳。いつもと代わり映えのしない冴えない貧相で粗末な朝食。
「どうぞ」
 俺は再びのどうぞを受け、とりあえず食べることにした。いただきますなどは言わない。こいつが俺に、女が男に飯を用意するのは当然の義務だからな。箸を使って口へと運ぶ。上手くもない。不味くもない。味がしないわけではないがどんな味なのかわからない。これで不味かったらこいつの顔に皿を叩き付ける口実になるのに、中途半端過ぎて殴る気力も起こらない。溜息を吐くと、女は隣に座ってニコニコと俺の顔を眺めていた。珍しく機嫌がいい。あんまり機嫌が良さそうなので気になって聞くことにした。
「何笑ってやがる」
「いつも同じことするなと思って」
 すると全く意味のわからない言葉が返ってきた。「何言ってやがる」と聞くと「食器洗ってくる」と女は席を立ち、キッチンへ向かっていった。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、訳のわからないことを言いやがる。ボケてきたのか? ボケるにはまだ早い年だと思っていたが、もしかしたらもうボケが始まっているのかもしれねえな。
 とにかく馬鹿だかボケだか知らねえが、ボケた馬鹿女の行動など考えるだけ無駄なので、目の前の朝食を平らげることにした。相変わらず上手いのか不味いのかもわからない、喰っている実感さえもあやふやな料理だった。
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