監禁

穏人(シズヒト)

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 私は暗い部屋にいました。監禁されているのと同じような、狭くて汚い部屋でした。
 その中で私は腕に手錠をつけていました。結束バンドより頑丈で、鎖までついているようで、それは足にもついていて、窓は届かないぐらいずっと上。監禁と聞いたら、真っ先に思い付くような模範的な監禁でした。
 どれぐらいここにいるのかはちっともわかりませんでした。最近のような気もするし、ずっと昔のような気もする。ふと足下に視線を向けると、頑丈な鎖以外にも、黒い何かが見えました。それは髪の毛でした。長くなった髪の毛でした。あんまり長すぎて、自分のものだと気付けないぐらい長くなった髪の毛でした。
 私は顔を上げました。真っ暗だった部屋の中に、それだけははっきり見える大きな鏡がありました。そこには私が写っていました。すっかりお姉さんになった私の姿が映っていました。捕まってもう何年も経っていることを、私はそこでようやく思い出しました。


 という夢を見て、私は目を覚ましました。ええ、夢です。夢で良かったと言える夢。でも現実に十分起こり得る夢。起こり得るどころか、このまま行けば百パーセントそうなるという夢でした。
 心臓が痛いぐらいにバクバクとしていました。息も苦しくて、酷く汗もかいていて、辺りが暗くなっていることにしばらく気付けませんでした。
 こんなことを言ったら、お母さんや先生に怒られるかもしれないけれど、私それまで、将来についてなんてあんまり考えていませんでした。そりゃあ将来の夢を聞かれたら、看護師さんになりたいとか書いて提出してはいましたけれど、真剣じゃない。書かなきゃいけないからとりあえず書いただけ。本当に看護師になるための努力なんてしてないし、いつもどうやったら宿題せずに済むだろうな、なんてことしか考えてなかったです。
 でも、もしこのままここにいたら。逃げられなかったら。あって当然だと思っていた人生全部奪われたら。そう思うと、怖くて怖くて怖くて怖くてたまらなくなりました。中学生になる自分。高校生になる自分。その先のことは、まだまだ私には想像もつかないことだったけど、結婚して、子供が生まれて、お父さんやお母さんみたいな人生を送っていって……そういう、意識もしていなかった、漠然とあって当たり前だと思っていた私の人生が、全部奪われる。ここから逃げられなければ全部無くなってしまう。
 逃げなくちゃ! なんとしてもここから逃げなくちゃ! そう思って、なんとかしようと動こうとした瞬間、とんでもないことが私に襲い掛かりました。お腹の下に、とてもじゃないけど耐えられないような感覚が襲い掛かりました。……そうです。ものすごく、トイレに行きたくなったんです。お兄さんに捕まってどれぐらい経ったかわからないけど、まだ明るかったはずの外が、真っ暗になるような時間です。水なんて飲ませてもらってないけど、それでもトイレに行きたくなるのは仕方ないと思います。
「お兄さん! お兄さん! 来て! 来て! 来て!」
 あまりにも耐え切れなくて、私は必死に叫びました。もちろん我慢しようとしました。でも我慢なんてできなかった。大声を出したことに、お兄さんが怒る可能性はあったけど、そんなことに構っている余裕はありませんでした。私の声が聞こえたのか、お兄さんはすぐに来ました。ドタドタという足音がして、でも怖いよりも焦りの方がずっとずっと強かったです。
「なんで怒鳴るんだ! 大声出さないって言ったのに……」
「トイレに行かせてください!」
 私、言いました。必死になって言いました。……刑事さん、今、笑いましたか? 隠さなくてもいいですよ。笑いましたよね? 笑ったでしょ。トイレに行かせてくださいって、そんなに面白かったですか?
 でも、私は、真剣でした。本当に真剣なことでした。お兄さんは黙って立っていました。部屋の中は真っ暗で、廊下の方は電気がついていたけれど、だからお兄さんのその時の表情はわかりませんでした。でも私の言葉にぽかんと突っ立っているような、どこかそんな、間抜けな雰囲気を感じました。私は怒りを覚えました。どうして人がこんなに焦っているのに、ロクな反応も返さないでポカンと突っ立っているんだろう。いやそもそも、どうして私はこんな目に遭わなければいけないんだろう。急に湧き上がった怒りを、そのまま叩き付けるようにお兄さんに言いました。
「トイレに行かせてください! 漏れそうなんです! 手と足のを早く外して! 私をトイレに行かせてください!」
「え……でも……あの……えっと……」
 お兄さんはオロオロしていました。刑事さん、今まで誘拐犯っていうものに会ったことはありますか? 誘拐犯っていうものは、みんなあんな感じなんですか? 怒りで目が赤くなるような気がしました。血管が切れそうと言うのはこういうことだと思いました。トイレに行きたいと頼んでいるのに、こんなに切羽詰まっているのに、一体何をオロオロと悩むことがあるんでしょうか。
 だから、私は早くしてと、お兄さんを怒鳴ろうとしました。でも私が怒鳴る前に、お兄さんがぼそぼそ言いました。
「でも……それを外したら、君、逃げるかもしれないでしょ? そうなったら困るからさ……もう少し我慢できないかな……」
 私、怒鳴りました。もう力一杯に怒鳴りました。それぐらいのことなんです。刑事さんは笑ったけれど、それぐらいのことなんです。そう思えないなら刑事さん、おしっこをずっと我慢して、服を着たまま今この場で漏らしてはくれないですか?
「我慢なんてできないから言ってるの! もう漏らしそうなの! 早く! 早くして!」
「ま、待って。わかった。な、なんとか、なんとかするから……」
 お兄さんは慌てた様子で廊下を走っていきました。ハサミか何かを持ってきて切ってくれるに違いない。そう思って、もう少しだけ必死に我慢してみることにしました。
 でも、お兄さんが持ってきたのは、まったく違うものでした。ガサガサと音のするそれを手に持ちながら、お兄さんはオドオドというような声で言いました。
「ご、ごめんね、とりあえず……これにしてくれないかな……」
 それは、ビニール袋でした。透明で中が透けて見える、小さなビニール袋でした。お兄さんにしてみれば気遣いだったのかもしれないけれど、私はお兄さんの行動が信じられませんでした。
「何それ! そんなものにしろって言うの!?」
「で、でも、足のバンドを外すわけにはいかないし……」
「逃げないから! 絶対逃げないから!」
「でも、逃げられたら困るから!」
「逃げないって! だから、早く、早く、早く、し……」
 ……私、これも詳しく言わないといけないですか? 刑事さんができるだけ詳しくって言ったから詳しく言ってきたけれど、私、こんなことまで詳しく言わなかったらダメですか?
 最悪な気分でした。大袈裟じゃなく、この世の終わりを迎えたような最悪な気分になりました。でももっと最悪なことが起きたんです。お兄さんが、よりによって、部屋の電気をつけたんです。
「け、消して! 消してっ!」
 私はすぐに叫びました。お兄さんはそれで気付いたのか、慌てて電気を消しました。でも見られたと思います。刑事さん、わかりますか? その時の私の気持ちが。
 お兄さんは「ご、ごめん、本当にごめん」なんて言いながら部屋の外に出て行きました。どんなに謝られたって、私に起こったことは消えてくれたりしませんでした。濡れてしまったその場所が、吐きたくなるほど冷たくて、とても気持ち悪かったです。
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