「次点の聖女」

手嶋ゆき

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最終話 次点の聖女

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 そして唐突に。
 王家ファミリーと共に行っていた祈りの日々が、終焉を迎えた。

 魔王が復活したのだそうだ。
 その魔王を、陛下、王妃殿下、王女殿下の三人で倒しに向かわれるのだという。
 なんと、陛下は現役の勇者だそうだ。
 王妃殿下や王女殿下も、なかなかの魔法の使い手。
 いわゆる、勇者パーティというやつだった。

 そして勇者に次ぐ力を持つミカル王子殿下。
 彼は、王城に留まり私を護衛する役目だそうだ。

「じゃあ、行ってくるね。お兄様もしっかりね」
「ミカル、リージア殿を頼んだぞ」
「そうね、もしものことがあったとしても、しっかり守ってあげなさい」

 出発の日の朝。
 祈りの儀式にいつものように揃った王家のみなさんが、声をかけて下さった。

「父上も調子がいいと言うし、心配はしてないが……もちろん分かっている」

 そう言ってミカル王子殿下は私の手を握ってくれた。
 いつもと違い、その手のひらが熱い。

「皆さん……ご無事で」

 私は、そう祈らずにいられない。
 今までこんなにも良くしてくださった上、私を認めて頂いている。
 こんな素敵な方々が、戦わなければいけないことに憤りさえ覚える。

 陛下が私の方を向き、口を開かれた。

「大丈夫だ。心配しなくても良い。討伐の暁には、リージア殿には丈夫な子を——ゲフッ」

 王妃殿下の尖った靴が、陛下の足に食い込むのが見えたような気がする。

「はい……はい?」
「いいのよ。気にしないで。私は二人目の娘ができて本当に嬉しかったし楽しかった。初めて会った時に感じたことは、間違いじゃなかった。だからこそ守りたいと思うのよ」
「王妃殿下……ありがとうございます」
「魔王を倒せたら、あなたの負担も軽くなるわ」

 最後に王女殿下が、もじもじしながら言う。

「あの、もし無事に戻れたら、お姉ちゃんって呼んでもいい?」
「はい、もちろん。好きに呼んで頂いて構いません」
「よかった。えへへ」

 私たちは、王家ファミリーを見送った。
 無事に、帰って来られますように。
 普段行っているのと同じくらい、いや、それ以上の熱意を持って、私は祈りを捧げるのだった。


 ファミリーが魔王討伐に向かってから数日後のこと。

「リージアさん、始めようか」
「はい。お願いします。ミカル殿下」
「今日も誰も来ないから……その……こうしてもいいか?」

 答えを待たずに、私の肩を震える手でミカル殿下が包む。
 触れることで王家の血を引く人々から魔力の補充を受けられる力。
 私はこの力があることに、とてつもなく感謝をしている。

 多分、私の頬は……顔は……真っ赤になっているのだろう。
 それくらいの熱さを内側から感じる。
 殿下が私を抱き締めてくれるのはとても嬉しいけど……その、私と同じくらい真っ赤に顔を紅潮されていて。
 彼の熱さと、震えと、力強さが私を包んでいた。

「あの、リージア……もし君がよかったら……」
「は、はい?」
「いや……違うな…………私は、君のことが、リージアが…………好きだ——」

 えっ? えっ、えっ??
 私の頭の中がこんがらがる。
 ここにいるのは、私と殿下だけだ。
 彼は私の名を呼んだ。リージア、とはっきり言った。
 聞き間違いではない。

「——だから、私と……結婚して欲しい」

 それはきっと、私も望んでいたことで。
 嬉しい気持ちが益々混乱に拍車をかける。
 今起きていることが、夢か現実か分からなくなり始めた。

 はい、喜んでと言えばいいだけなのに。
 それなのに、私の口から出てきたのは——。

「あの……私は次点の聖女です。それでもよろしいのでしょうか?」

 言わずにはいられない。
 呪いのように心に染みついたその言葉が、私を捉えて放さない。
 私が俯いていると、ミカル王子殿下は待ってましたとばかりに、口を開いた。

「ああ。君しかいない」

 ミカル王子殿下は、私の目を見据えて言ってくださった。
 そして……唇で私に触れて——。
 その瞬間、私を捕らえていた呪いの言葉は、あっけなく砕け散る。

 世界が色づき、全ての存在を、私自身を愛おしく感じる。
 閉じ込めていた感情があふれ出していく。
 それは、甘やかで温かく私を包んでいく。

「最初から君しか見ていなかった。弱い自分を変えてくれたのも……思いを言えるようになったのも……全て、君のおかげだ」
「そんな……勿体ない……言葉」

 温かいものが瞳から流れ出し、頬を伝わる。
 彼の言葉が、私を満たしていき、溢れ、こぼれ始める。

「圧力に負けて流されていたのを変えられたのも、君のおかげだ。ありがとう。これからも、ずっと一緒にいて欲しい」

 私は感極まり、思いっきり彼を抱き締めた。
 そして彼の顔を見上げ、震える声で自分の想いを伝える。

「殿下、喜んでお受けいたします。私も……ミカル殿下を、お慕いしております!」


 儀式の間の扉が少しだけ開かれ、その隙間にこの日まで姿を見せなかった三人の目があった。
 こっそり戻っていた彼らに、散々祝福され散々にからかわれることを……幸福感に満たされている私は、まだ知る由も無かったのだった——。
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