梯子の街のニーナ ~婚約破棄から始まる底辺貴族のダンジョン成り上がり冒険譚~

冴吹稔

文字の大きさ
4 / 33
プロローグ・婚約破棄の顛末

旧友からの誘い

しおりを挟む
====================================

親愛なる郷里の友、テオドール・ドゥ・シュヴァリエへ


 一別以来になる。すっかりご無沙汰してしまったが、君は変わりなく健勝だろうか? 

 長らく手紙の一通も送らず申し訳ない。僕の方はいろいろあったが、流れ流れて今はユーレジエン州の古い都、エスティナにいる。こう言えば、あるいは君にも今の僕がどういう境遇にあるか、理解してもらえるかもしれない――いや、もったいぶるのは止そう。

 小耳にはさんだことくらいはあるだろう。ここエスティナには、発見されて三百年以上になる、『梯子ラダー』と呼ばれる名高い地下迷宮がある。
 僕は日々、何人かの仲間と連れ立って『梯子ラダー』に降り、中で見つかる財宝や魔法の力を帯びた武具を持ち帰っては金に換えているのだ。冒険者とか、迷宮探索者とか呼ばれている生業だ。

 身を持ち崩した、などと嘆かないでほしい。自分の命を元手にしたあまり分の良くない賭けだが、慎重にやっていれば日々の食い物にはまず困らない。
 運さえよければ、田舎暮らしでは夢にも見なかったような贅沢や享楽を味わえることすらある。もちろん、王侯貴族の楽しみに比べればお粗末なまがい物に過ぎないがね。
 
 もともと僕の家には相続するほどの財産もなく、身を立てようと思えば戦争にでも期待するしかなかった。だが王国と近隣諸国の関係は残念なことに今のところ実に良好だ。もちろんそれ自体は素晴らしいことだが――僕のような貧乏貴族にとって、人生とはどん詰まりの袋小路へ向かう、平坦なだけが取り柄の裏通りというわけだ。

 だがここエスティナには、『梯子ラダー』にはチャンスがある。

 実は先日、僕は偶然にも、これまで知られていない迷宮の新しい階層に通じる隠れた通路を発見した――そう信じるに足る状況だ。
 少し足を踏み入れただけでも、これまでに見たことのないような収穫があった。ここで十分な財貨を稼げれば、王室に献納して新たな貴族位や官職を手に入れられるだろう。もしかしたら、世間に披露して恥かしくないくらいの妻を迎えることさえできるかもしれない。
 

 なあテオドール。文武両道に優れ品行正しい君のことだから、すでに良い縁談を受けて婿入りの準備をしているかもしれない。そうであればこの手紙のことは忘れてくれればいい。

 だが、もしも未だ将来の展望がひらけず、身の内にたぎるものを抱えてくすぶっている――そんな状況であるならば。
 ぜひ一度、エスティナの僕の宿を訪ねてきてほしい。今の僕には何よりも、腕が確かで才気のある、信頼のおける相棒が必要なのだ。


 生来の不器用ものでひどい出来だが、自筆の地図を同封しておく――


====================================


「ああ……そういえば、ジェイコブには僕の縁談のことは知らせていなかったなあ」

 ため息が漏れた。

 別に彼に対して僕が不義理をしたというわけではない。およそ二年と少し前、『自分の運を試してくる』とだけ言い残して、彼は僕の前から姿を消してしまったのだ。自分のことを知らせようにも、手紙の宛先もわからなかった。

「ハーディー、この手紙が届いたのはいつだい?」

「ちょうど三日前でございます」

「じゃあ彼がこれを書いたのはつい最近なんだな」

 今になって急にこんな手紙を送ってくるということは、自分の掴んだ幸運によほど確信があるらしい。エスティナの迷宮と言えば僕も聞いたことぐらいはあるが、それにしても何というタイミングだったことか!

 手紙にはそのあとも、こまごまとした迷宮での心覚えや手に入れた財宝の解説、印象に残った出来事などがとりとめもなく書き綴られていた。ジェイコブの人柄と重なって、それは僕を心地よく和ませてくれた。


「坊ちゃまがお楽しそうな様子で爺めも嬉しゅうございます。どのようなことが書いてあるか、うかがっても?」

「いいとも」

 僕は手紙を最初から、声に出してゆっくりと読み上げた。ハーディーはときどき深くうなずきながら、興味深げに耳を傾けていた。

 そこへ、料理人がオムレツと焼き冷ましのパン二切れ、それに弱いワインを一壜運んできた。僕はきりのいいところで朗読を終え、ハーディーの給仕で食事を始めた。

「……はは、タランツァのチーズは相変わらず変なにおいがするなあ……だがこのオムレツは美味い。最高だ」

「坊ちゃま――いえ、テオドール様」

 不意に、ハーディーがいつになく真剣な声で僕の名を呼んだ。ナイフを動かす手を止めて、僕は彼の顔を見上げた。

「……エスティナの『梯子ラダー』と申せば、今の王朝を開かれた高祖ユージニー女王の、ご夫君が挑まれたといういわれがございます」

「うん。勇者シェイワースの逸話だね」

 北方から押し寄せた魔族の軍勢を少数の手勢とともに打ち破り、王女の婿となった勇者。
 いわゆる王配(※)の身でありながら、その功績を認められて身辺にあった女性六人をすべて妻として娶り、等しく愛したという。まったく、羨ましいんだか空恐ろしいんだかわからない。
 出自も来歴も定かでない伝説上の人物だが、今この国を統べているのは紛れもなく彼の血を引く人々だ。

「はい。そして今でもまことしやかに語られております……シェイワースが勇者たる力を培ったのは、『梯子』においてである、と」

「勇者たる力、か。そんなものが手に入るとまでは到底思えないけど、確かにジェイコブの誘いには心惹かれるよ」

 同時に一方でなにやら胸の中にわだかまってくる重苦しいものがある。羨望だ。自由気ままに暮らし、自分の運と才覚を頼りにそれを証立てながら進んでいるジェイコブのことが、僕は羨ましいのだ。

「爺は……賛成でございますぞ」

「そうか」

 ハーディーの眼は節穴ではない。僕の心の深いところまで見透かされているらしい。

 僕が今の境遇に陥ったのは結局のところ、家の格が低く、目につくほどの財産もなく、身を立てるのに良家との縁談ひとつをあてにし頼らねばならない、中途半端で情けない身の上だからだ。個人的な剣の腕や学問の成績、行いの潔白さなどは、この世を渡っていくうえで何の役にも立たないと思い知らされた。

 だったら、命一つを元手に危険に身を投じ、安閑と暮らしていては手に入らない財貨をつかむ――そのチャンスに挑む。挑んでみたい。ジェイコブにできる事ならきっと、僕にだって。

「お父上は――旦那様は、今のところまだ迷っておられます。が、もしこのまま勘当、ということになれば、坊ちゃまの手には何も残らず、遠からずいずこかの野辺か路地裏で、斃れるに任せられるでしょう」

「嫌なことを言うなあ」

「しかし、今であれば。自分から出奔して名誉の挽回を目指し、お家にはこれ以上の負担を掛けぬ――そういうことになさるなら、なにがしかの品を持ち出すことも許されましょうし、些少なりとも路銀を下さることもございましょう。はばかりながらこの爺、旦那様のお人柄はよく存じ上げておりますゆえ……」

 うん、悪くない。それならロッドの財布もこのまま身につけておいて、当座の資金の足しにできる。さすがにかばんの中の荷物はほとんどおいていくしかないだろうが。

「……わかった。父上にはハーディーから話してみてくれ。長く留守にすることになるが、父上と兄上をよろしく頼むよ」


 それからあれこれと準備をして一週間。僕は再び乗合馬車に揺られて、遥か北方へと向かった。

 ジェイコブの言うように、財産と伴侶を手に入れて、そこそこの暮らしを営めるようになれば上々。だが、可能であれば――僕をこんな境遇に陥れたアナスタシアに、そしてひいてはこの世の中に、胸のすくようなお返しをしてやりたいものだ。





(※)王配:「おうはい」と読む。女王の夫のこと。作中の王国では「王」ではないとみなされ、称号や尊称は固有のものとなる。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~

名無し
ファンタジー
 突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。  自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。  もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。  だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。  グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。  人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

処理中です...