【完結】【竜×人間の恋物語】竜を愛した軍人は異世界で甘やかされる【すれ違い溺愛・ギャグ多め】

桐ヶ谷るつ

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【第七話】

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「一冴さん……たった一晩寝た相手にこんなに尽くして、勘違いされませんか?」

 採寸を終えた男が後ろへ下がり、木製の戸棚の方で在庫の確認を行っている。男性にしては華奢な後ろ姿を一瞥し、アウルは冷えた表情で自身の髪を掻き上げた。

「たかがシャツだろ」
「あなたにとってはその程度でも、受け取る側も同じとは限りません」
「あははっ、なんだそれ……俺に惚れたか? 安上がりな心だな」
「安上がりなのはお前の方だ」
「はあ?」

 ぐぐっと強めに手首を引いて、アウルは一冴の身体を左へと押し退ける。同時に視界に映ったナイフを寸前で押さえ込みながらも、相手の動線を追う瞳は揺るがない。勢いのままに突っ込んできた身体を床に沈め、捻り上げた腕の上に全体重を置く。

「くそっ、放せ……っ!」
「こいつに見覚えは?」
「あー……まあ、あるような、ないような?」

 ライトブラウンのウィッグを取り外して顔を晒すも、心当たりはないらしい。思い出す努力すらしない男を力なく見上げて、従業員はボロボロと大粒の涙を零し出す。小刻みに震える身体から滲み出る、捨てきれない未練と劣情。少しの力でも折れそうな細い身体は、先ほど採寸を行っていた男の背格好に重なった。

「一冴さん……っ、なんで、なんで連絡くれないんですか」
「こう言ってますけど?」
「言ってるなあ」
「自分が寝た相手の顔も覚えてないんですか?」

 信じられないとアウルが目を見開くと、さすがに負い目を感じたのか、一冴は口元に手を当てて押し黙った。グスグズと鼻を啜る涙声が反響する採寸室。初日からこれかと頭を振り、アウルは床に転がったナイフを拾い上げる。

 一冴がどれほど乱れた性生活を送っていようと知ったことではない。行きずりの者と身体を交えようが、疑似恋愛に勤しもうが、本人の好きにすればいい。問題はこのようなことがどの頻度で起こるかだ。アクシデントとはいえ、一度は関係を持ってしまった身。手違いでも逆恨みの対象にされることだけは避けたかった。

「昔の男がいる店に別の男連れていくなんて、本当にクズですね」

 一時的な快楽の悲惨な結末。愛のない性行為に一切の魅力を感じられないアウルからすれば、到底理解できないものだった。
 生涯番、一夫一妻制の思考は虐げられがちだが、こんな非情な行いを繰り返すよりも、よっぽど充実感が得られる。長く続く一生のうち、たった一度だけの恋。それがどれだけ短く、儚いものだったとしても、相手を思い続ける気持ちは色褪せない。

 三面に並んだ大きな姿見の中央で、アウルは静かに啜り泣く男の涙を拭う。見返りのない愛を欲する涙声。手に握り締めたままのナイフは非常な景色を反射させて、薄暗い過去を呼び寄せた。
 脳裏を過ったのは重たい鈍色雲の合間から差し込んだ、眩しいほどの夕日の色。そして、大きな翼を羽ばたかせて空へ飛び立った、黒い竜の後ろ姿だった。




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