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【第二十一話】
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◇ ◇ ◇
「……少し落ち着いたか?」
頬に掛かった乱れ髪を払い、一冴はアウルの顔を覗き込む。涙と鼻水とぐちゃぐちゃになったそこは真っ赤に染まり、涙袋までぷっくらと腫れてしまっていた。先ほどまでの落ち着きある態度とは一変した、感情的な姿。いや、本来はこちらが素なのだろう。洞窟で過ごした日々が脳裏を過り、ノスタルジックな思い出にぎゅうっと心臓の奥が疼きを覚える。
愛しい者が手の中に戻ってきたという喜びと、それを素直に受け入れることができない不甲斐なさ。なぜ身体の変化のことを黙っていたのか。エルドという男との関係は。本当に今も変わらずに自分を思い続けてくれているのか。獰猛な衝動と疑問が喉元まで駆け上ってくる。
騙されたのだと知っても惨めに想い続けて、嫉妬に染まった羽は泥沼の中でもがく度にその重みを増した。今すぐにでも詰め寄って、腹の底に沈んだどす黒い感情を曝け出してしまいたい。しかし、それを口に出せるほどの度胸がなかった。種別の違う自分なんかと番になるより、やはり人間の男がいいのではないかと、不毛な劣等感に思考が侵される。
このまま名を明かさずにいれば、一人の男として彼女の前に並ぶことができる。夕陽の赤と共に燃え尽きた過去など置き去りにして、新しい身体で新しい恋を始めればいい。そんな劣悪な企みが琥珀色の瞳を濁らせる。気高く、神聖な生物として崇められた竜など空想の産物だ。こんな醜い色に染まった羽ではもう空を飛ぶことはできない。
「……アウル、元の世界に戻りたいか?」
薄暗い部屋の中で、濃い紫色の瞳は鈍く動き、自身を抱く男の顔を見上げる。重なった視線上で交わされる音のない会話。人間ではあまり見られないそれは動物的なもので、相手の仕草や態度、匂い、触覚などの感覚のみでなされていた。
目の前の雄が信頼できる者なのか、虚偽を含んではいないか、直感的に判断して自身のテリトリーへの受け入れを決める。たっぷりと情緒的な時間が取られた後に、アウルは一冴の首元に顔を埋め、そっといじらしげに唇を動かせた。
「……戻り方を知ってるんですか?」
「知ってるよ、俺もお前と同じだから」
滑らかなベッドシーツを手繰り寄せ、一冴はアウルの涙を拭う。再度、落ち着いたことを確認すると、一度軽く身を持ち上げてからベッドの上に寝転がった。腕に抱かれたままのアウルも向かい合う形で雪崩れ込み、やや不満げな表情でその胸元へ擦り寄る。
「俺たちみたいな転生者は命を絶つことで別の世界へ移動できる。首を落とさない限りは無制限で行き来が可能だ」
「……それ本気で言ってます?」
「本気だよ、お前がこっちに来た時のこと思い出してみろよ。心当たりがあるはずだ」
すっと額に掛かった前髪を耳に掛けられ、アウルの背にゾクリと死の感覚が走る。熱せられた弾丸が骨を砕き、顳顬を突き抜ける痛み。底の見えない暗闇に落ちていく孤独さは甚大で、進んで経験したくなるようなものではない。肉体的にも精神的にも限界値に達する非道なセオリー。まともな思考を持ち合わせた者ならば間違いなく思い止まることだろう。
ごくりと喉を鳴らしたアウルの額には影が差し、無意識に身震いが生じる。
「……少し落ち着いたか?」
頬に掛かった乱れ髪を払い、一冴はアウルの顔を覗き込む。涙と鼻水とぐちゃぐちゃになったそこは真っ赤に染まり、涙袋までぷっくらと腫れてしまっていた。先ほどまでの落ち着きある態度とは一変した、感情的な姿。いや、本来はこちらが素なのだろう。洞窟で過ごした日々が脳裏を過り、ノスタルジックな思い出にぎゅうっと心臓の奥が疼きを覚える。
愛しい者が手の中に戻ってきたという喜びと、それを素直に受け入れることができない不甲斐なさ。なぜ身体の変化のことを黙っていたのか。エルドという男との関係は。本当に今も変わらずに自分を思い続けてくれているのか。獰猛な衝動と疑問が喉元まで駆け上ってくる。
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このまま名を明かさずにいれば、一人の男として彼女の前に並ぶことができる。夕陽の赤と共に燃え尽きた過去など置き去りにして、新しい身体で新しい恋を始めればいい。そんな劣悪な企みが琥珀色の瞳を濁らせる。気高く、神聖な生物として崇められた竜など空想の産物だ。こんな醜い色に染まった羽ではもう空を飛ぶことはできない。
「……アウル、元の世界に戻りたいか?」
薄暗い部屋の中で、濃い紫色の瞳は鈍く動き、自身を抱く男の顔を見上げる。重なった視線上で交わされる音のない会話。人間ではあまり見られないそれは動物的なもので、相手の仕草や態度、匂い、触覚などの感覚のみでなされていた。
目の前の雄が信頼できる者なのか、虚偽を含んではいないか、直感的に判断して自身のテリトリーへの受け入れを決める。たっぷりと情緒的な時間が取られた後に、アウルは一冴の首元に顔を埋め、そっといじらしげに唇を動かせた。
「……戻り方を知ってるんですか?」
「知ってるよ、俺もお前と同じだから」
滑らかなベッドシーツを手繰り寄せ、一冴はアウルの涙を拭う。再度、落ち着いたことを確認すると、一度軽く身を持ち上げてからベッドの上に寝転がった。腕に抱かれたままのアウルも向かい合う形で雪崩れ込み、やや不満げな表情でその胸元へ擦り寄る。
「俺たちみたいな転生者は命を絶つことで別の世界へ移動できる。首を落とさない限りは無制限で行き来が可能だ」
「……それ本気で言ってます?」
「本気だよ、お前がこっちに来た時のこと思い出してみろよ。心当たりがあるはずだ」
すっと額に掛かった前髪を耳に掛けられ、アウルの背にゾクリと死の感覚が走る。熱せられた弾丸が骨を砕き、顳顬を突き抜ける痛み。底の見えない暗闇に落ちていく孤独さは甚大で、進んで経験したくなるようなものではない。肉体的にも精神的にも限界値に達する非道なセオリー。まともな思考を持ち合わせた者ならば間違いなく思い止まることだろう。
ごくりと喉を鳴らしたアウルの額には影が差し、無意識に身震いが生じる。
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🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
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