告白できない呪いを受けた王子様

内河 弘児

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遠い国の愛の歌

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ある寒い冬の日。
王立貴族学校の渡り廊下に、リッティシャント王国の第一王子ノレスティアが一人立っていた。

この渡り廊下の先には魔法の実技授業用のホールがあって、今は三年薔薇組の生徒たちが授業を受けている。ちなみに、ノレスティアも三年薔薇組の生徒であり、いつもならクラスメイトと一緒に受けているはずの授業である。
まもなく午前中の授業が終わる時間。終業の鐘が鳴れば昼休みを学校のあちこちで過ごそうと生徒が溢れ出してくる。

まだ授業中であるため、渡り廊下に人影はなく、ノレスティアが一人緊張した顔で立っていた。柱に肘をついて手で頭を支えてみたり、腰板におっかかって足を組んでみたり、自分がかっこよく見えるポーズの研究に余念が無い。やがてコレだというポーズを見つけると、その姿勢でたたずみ終業の鐘が鳴るのを待った。

「後五分が長い……」

腕を組みながら、かっこいいポーズが意外と腰にキて痛いくなってきて、別のポーズに変えようかと思ったその時。カランコロンと終業の鐘が鳴り響いた。

「ありがとうございましたー!」

魔法の実技用ホールから生徒たちの挨拶の声が漏れ聞こえ、ガラガラと大きな扉が開いて級友たちがゾロゾロと出てきた。

「あ、王子だ。さぼり?」
「王子ー。お昼どうするのー?」

真っ先に出てきた空腹男子たちが、ノレスティアを見かけて声をかけながら通り過ぎる。彼らに対してノレスティアは無言で手を降って先に行けとジェスチャーをした。
男子生徒達はハイハイと気にした様子もなく通り過ぎて行く。しばらく級友が通り過ぎていくのを眺めていたノレスティアは、ようやく目当ての人物を見かけて声をかけた。

「ラティエンヌ!」

ノレスティアに声をかけられたのは、一人の少女だった。
明るい赤毛に紫色の瞳、ほっそりとして背も低い可愛らしい姿をした少女は、怪訝な顔をしてノレスティアの前まで来ると立ち止まった。

「ノレスティア様。なんですか、サボりですか?」
「い、いにしえに ありけんひとも あがごとか いもにこいつつ いねかてにけん」

ノレスティアは、謎の言葉を口から出した。その顔は大真面目で、真っ直ぐにラティエンヌの顔を見つめながらささやくように言葉を紡いでいる。

「は? なんて?」
「い、いにしえに ありけんひとも あがごとか いもにこいつつ いねかてにけん」

ラティエンヌは、怪訝な顔をして聞き返すが、ノレスティアは同じことを繰り返すだけだ。

「何かの魔術ですか? 聞いたこともありませんけど。発動する様子もありませんし、勉強不足では? ちゃんと真面目に授業にでないからですよ?」
「う……」

自分の言葉がまったくラティエンヌに通じない事に焦りだし、あたふたと手をあげたり下げたりしながら口をパクパクさせているノレスティア。その様子を半眼で見上げると、ラティエンヌは一礼した。

「わたし、お腹が空いているので失礼します。ごきげんよう、ノレスティア様」

そう言い残して、ラティエンヌはノレスティアの前を通り過ぎて行ってしまった。
ノレスティアも、ラティエンヌのローブの袖をつかもうとして手を伸ばしかけ、届かないのに気がついてそっと腕を降ろした。切なげな泣きそうな顔でラティエンヌの後ろ姿を見送るノレスティアの姿を、級友達は見ないふりをして通り過ぎていった。



「アキラぁ!!通じなかったぞ!全然通じなかった!」
一日の授業がすべて終わり、城に返ってきたノレスティアは王宮のはずれにある封魔の塔へと直行し、その一室に駆け込むとアキラと呼ばれた壮年の男性の前に立ってそう叫んだ。

「通じなかったって、何がですか」
「いにしえに ありけんひとも あがごとか いもにこいつつ いねかてにけん」
「あぁ、万葉集使ったんですね」

暖炉の前で、ロッキングチェアに座って本を読んでいたアキラは、ノレスティアが駆け込んできたことで読書タイムが終わったことを悟った。栞を挟んで本を閉じると、椅子の脇に設置されているサイドテーブルにそっと置いた。

「昔の人たちも俺みたいに愛しい人を思って眠れぬ夜を過ごしたんだって内容なんだろ? 三代前から愛してるって言えない王族たちも俺みたいにお前に愛しいって言えなくて寝れなかったんだろうなって意味でラティエンヌに言ってみたんだよ!」
「なるほど、昔の恋歌に自分の身の上を重ねるのは良いですね。で、どうなりました?」
「怪訝な顔された! その上、魔術の不発だと思われて授業をさぼるからですよなんて注意された!」

その時の呆れたようなラティエンヌの半眼を思い出して、ノレスティアは泣きそうな顔になっている。

「そらぁ……。万葉集を恋文に使えるのは、相手も万葉集を知ってるのが前提ですもん。この国で伝わるわけがねぇですわ」

アキラは、ノレスティアの言葉に対して大げさに肩をすくめて見せた。やれやれ、といった表情付きだ。
アキラのその様子に、ノレスティアがますます眉を吊り上げた。腕をふりまわして、大声をあげる。

「アキラが! アキラが! 遠回しな恋文といえばって言って教えてくれたんじゃないか!」

ノレスティアの怒った顔も、激しい抗議の声も、アキラは楽しそうに目を細めて見返した。

「はっはっは。遠回しすぎましたねぇ」
「笑い事じゃなあああい!!」

ノレスティアは、世話係の侍従が迎えに来るまでアキラの部屋でグダグダと半泣きで愚痴をこぼし続けていたのだった。
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