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興味も関心もない
数年後。
王立魔導学院の広大な敷地には、今日も若々しい活気と魔導回路が発する微かなパチパチという音が満ちていた。
歴史を感じさせる古びた校舎を背景に、講義棟へと続く石畳を、一人の女性が軽やかな足取りで歩いている。
かつての彼女を知る者が今の姿を見れば、誰もが驚くだろう。
アルベルトの顔色を窺い、影を恐れるように俯いていたあの少女はもういない。
今の彼女が纏っているのは、かつて「慎みがない」と切り捨てられた、鮮やかな薔薇色のドレスだ。
風にたなびくその裾は、自由を謳歌する翼のようにも見える。
知性と自信に満ちた瞳で前を見据え、背筋を伸ばして歩く彼女――ルチア・アービングは、学院最年少の教授として、そして国の魔導発展を担う象徴として、その名を轟かせていた。
「ルチア先生! 今日の『高次並列術式』の講義、本当に素晴らしかったです!」
「先生、あの第十六節の展開、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
講義を終えた彼女の周りには、知を求める学生たちが次々と集まってくる。
ルチアは一人ひとりの顔をしっかりと見つめ、屈託のない笑い声を上げながら答えていく。
その光景は、今の彼女がどれほど多くの人々に愛され、必要とされているかを物語っていた。
だが、その賑やかな輪のすぐ外側、視界の端に。
いつも遠くから自分を見つめる「影」があることを、ルチアはとうに気づいている。
石造りの柱の陰に立ち、学生たちに囲まれるルチアを、血を吐くような悲痛な眼差しで見つめる男がいる。
かつての婚約者、アルベルト・ド・ラザフォード公爵だ。
数年経ったいまも独身を貫いている彼は今、公務の合間を縫っては、この学院に足を運んでいた。
かつてのルチアが、彼の冷たい背中を必死に追い続け、食堂や執務室の前で一目会えるのを待ち続けていたのと全く同じように。
雨の日も、凍えるような風の日も、彼はただ彼女の姿を一目見るためだけに、ここへ来る。
「……ルチア」
学生たちが去った隙を突き、震える声で彼が名を呼んだ。
ルチアは足を止め、優雅に振り返る。
その顔には、かつて彼が愛した「献身的な微笑み」ではなく、社交辞令としての完璧な、しかし心のこもっていない冷ややかな微笑みが浮かんでいた。
「お久しぶりでございます、ラザフォード公。本日はどのようなご用件でしょうか? 学院への新しい研究棟の寄付金に関するご相談でしたら、事務局を通していただけますか?」
「いや、私はただ……」
アルベルトの喉が、引き攣ったように動く。
「私はただ、君と、少しだけでいいんだ。昔のように、茶でも飲みながら、ゆっくりと話を……」
「昔のように、ですか?」
ルチアは不思議そうに小首を傾げた。
「昔の私たちに、ゆっくりとお茶を飲むような時間は存在しませんでしたわ。あったのは、私が一方的にあなたの言葉を待ち、あなたがそれを拒絶し続けた沈黙の時間だけ。……それに、あいにくですが、今の私には一分の空き時間もございませんの」
「ルチア、頼む。私はあの日から……君を失ってから、自分がどれほど愚かだったか……」
「申し訳ございません。これから『夫』と、新しい共同論文の打ち合わせがございますの。私にとって、この世界で一番大切で、何にも代えがたい時間ですので。これ以上、邪魔をしないでいただけますかしら」
「ルチア、お待たせ。あまりに遅いから、心配になって迎えに来てしまったよ」
背後から、温かみのある、しかし確固たる意志を感じさせる声が響いた。
現れたのは、太陽のような金髪を優雅に揺らした青年、エリオット・アービングだ。
彼はルチアの肩をごく自然に、そして壊れ物を扱うような愛おしさを込めて抱き寄せた。
「アービング伯……。君と、彼女が、本当に……」
アルベルトの顔が、絶望に白く染まる。
結婚したと噂では聞いていたが、目の前で突きつけられる現実は、彼の心臓を粉々に砕くには十分すぎた。
ルチアはエリオットを見上げると、心からの信頼と情熱が宿った瞳で微笑んだ。
「ええ。私たちは、魔導の研究に懸ける同志としても、そして人生の伴侶としても、最高のパートナーですの。……さあ、行きましょう、エリオット様。今日の夕食は何がいいかしら? あなたが昨日仰っていた、あの新しいシェフの料理を試してみたいわ」
「君が好きなものなら何でも。……ああ、そうだ。公邸の庭のバラが見頃なんだよ。あとで一緒に見よう」
「ええ、楽しみ」
二人は寄り添い、光が燦々と降り注ぐ校舎の方へと歩き出していく。
ルチアは、一度も――ただの一度も振り返ることはなかった。
背後に残された男が、どのような顔で立ち尽くしているか。
自分のせいで失った愛の重さに、どれほどの後悔で押し潰されそうになっているか。
心から愛し愛される喜びを知った今の彼女には、知る必要も、興味もなかった。
王立魔導学院の広大な敷地には、今日も若々しい活気と魔導回路が発する微かなパチパチという音が満ちていた。
歴史を感じさせる古びた校舎を背景に、講義棟へと続く石畳を、一人の女性が軽やかな足取りで歩いている。
かつての彼女を知る者が今の姿を見れば、誰もが驚くだろう。
アルベルトの顔色を窺い、影を恐れるように俯いていたあの少女はもういない。
今の彼女が纏っているのは、かつて「慎みがない」と切り捨てられた、鮮やかな薔薇色のドレスだ。
風にたなびくその裾は、自由を謳歌する翼のようにも見える。
知性と自信に満ちた瞳で前を見据え、背筋を伸ばして歩く彼女――ルチア・アービングは、学院最年少の教授として、そして国の魔導発展を担う象徴として、その名を轟かせていた。
「ルチア先生! 今日の『高次並列術式』の講義、本当に素晴らしかったです!」
「先生、あの第十六節の展開、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
講義を終えた彼女の周りには、知を求める学生たちが次々と集まってくる。
ルチアは一人ひとりの顔をしっかりと見つめ、屈託のない笑い声を上げながら答えていく。
その光景は、今の彼女がどれほど多くの人々に愛され、必要とされているかを物語っていた。
だが、その賑やかな輪のすぐ外側、視界の端に。
いつも遠くから自分を見つめる「影」があることを、ルチアはとうに気づいている。
石造りの柱の陰に立ち、学生たちに囲まれるルチアを、血を吐くような悲痛な眼差しで見つめる男がいる。
かつての婚約者、アルベルト・ド・ラザフォード公爵だ。
数年経ったいまも独身を貫いている彼は今、公務の合間を縫っては、この学院に足を運んでいた。
かつてのルチアが、彼の冷たい背中を必死に追い続け、食堂や執務室の前で一目会えるのを待ち続けていたのと全く同じように。
雨の日も、凍えるような風の日も、彼はただ彼女の姿を一目見るためだけに、ここへ来る。
「……ルチア」
学生たちが去った隙を突き、震える声で彼が名を呼んだ。
ルチアは足を止め、優雅に振り返る。
その顔には、かつて彼が愛した「献身的な微笑み」ではなく、社交辞令としての完璧な、しかし心のこもっていない冷ややかな微笑みが浮かんでいた。
「お久しぶりでございます、ラザフォード公。本日はどのようなご用件でしょうか? 学院への新しい研究棟の寄付金に関するご相談でしたら、事務局を通していただけますか?」
「いや、私はただ……」
アルベルトの喉が、引き攣ったように動く。
「私はただ、君と、少しだけでいいんだ。昔のように、茶でも飲みながら、ゆっくりと話を……」
「昔のように、ですか?」
ルチアは不思議そうに小首を傾げた。
「昔の私たちに、ゆっくりとお茶を飲むような時間は存在しませんでしたわ。あったのは、私が一方的にあなたの言葉を待ち、あなたがそれを拒絶し続けた沈黙の時間だけ。……それに、あいにくですが、今の私には一分の空き時間もございませんの」
「ルチア、頼む。私はあの日から……君を失ってから、自分がどれほど愚かだったか……」
「申し訳ございません。これから『夫』と、新しい共同論文の打ち合わせがございますの。私にとって、この世界で一番大切で、何にも代えがたい時間ですので。これ以上、邪魔をしないでいただけますかしら」
「ルチア、お待たせ。あまりに遅いから、心配になって迎えに来てしまったよ」
背後から、温かみのある、しかし確固たる意志を感じさせる声が響いた。
現れたのは、太陽のような金髪を優雅に揺らした青年、エリオット・アービングだ。
彼はルチアの肩をごく自然に、そして壊れ物を扱うような愛おしさを込めて抱き寄せた。
「アービング伯……。君と、彼女が、本当に……」
アルベルトの顔が、絶望に白く染まる。
結婚したと噂では聞いていたが、目の前で突きつけられる現実は、彼の心臓を粉々に砕くには十分すぎた。
ルチアはエリオットを見上げると、心からの信頼と情熱が宿った瞳で微笑んだ。
「ええ。私たちは、魔導の研究に懸ける同志としても、そして人生の伴侶としても、最高のパートナーですの。……さあ、行きましょう、エリオット様。今日の夕食は何がいいかしら? あなたが昨日仰っていた、あの新しいシェフの料理を試してみたいわ」
「君が好きなものなら何でも。……ああ、そうだ。公邸の庭のバラが見頃なんだよ。あとで一緒に見よう」
「ええ、楽しみ」
二人は寄り添い、光が燦々と降り注ぐ校舎の方へと歩き出していく。
ルチアは、一度も――ただの一度も振り返ることはなかった。
背後に残された男が、どのような顔で立ち尽くしているか。
自分のせいで失った愛の重さに、どれほどの後悔で押し潰されそうになっているか。
心から愛し愛される喜びを知った今の彼女には、知る必要も、興味もなかった。
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