狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

24.「3年前だよ」

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日差しが身を焼く季節だったのに、最近は肌に吹き付ける風が冷たさを運んでくる。季節がゆっくり変わろうとしている。この世界にも四季はあるらしい。

「やっぱここも冬になるんだよな。寒い」
「……?ああ、この世界はっていうよりはこの国、かな。四季がない場所もあるみたいだよ。ちなみにこの国の冬は凄く寒いから覚悟したほうがいいね」

訓練の休憩中、汗の流れる身体が冷えたのかぶるりと震えて愚痴を零した大地に春哉が微笑む。寒いのが苦手らしい大地は嫌そうに顔をしかめた。
そう言う春哉は長袖だ。少し迷ったけれど聞いてみる。

「春哉っていつからこの世界に連れてこられたんだ?」
「3年前だよ」
「3年前!?はあっ!?マジかよ!」
「3年前」

驚きに声をあげる大地が復唱しただけの私を見たあとにまた春哉を見て、言葉に出来ない気持ちを身体で表現しようとしているのか両手を震わせた。春哉は困ったように微笑むだけだ。近くで丘に座り込んでいた翔太も目を見開いて春哉を見ている。

「ずっとここにいたのか」

落ち着いたらしい大地が言葉に重みを乗せて春哉に尋ねる。

「進藤と鈴谷もね」

春哉は軽く返す。
それをどう思ったのか、大地は「そうか」と頷いた後、雰囲気を変えた。

「……サク。お前、凄いんじゃね?」
「そうだよ。サクは大分凄いと思うよ」
「あー、褒められると伸びるタイプ」
「言ってろ」

突然の話の振りになんのことだと思ったが、恐らく私が遠征に言っていることと班長になっていることについてだろう。春哉の話から考えると進藤と鈴谷が3年目で遠征に行くようになって班長になったというのに、私は1ヶ月でどちらもするようになっている。そりゃ話のネタになるだろう。いつかレオルぶん殴りたい。

「色々偶然が重なったんだろ。主にレオルの迷惑極まりない遊びだけど」
「その団長はというと自室に閉じこもって一週間が経っても出てこないらしいけどマジで?サク」
「みたいだね。噂だと傷を癒してるみたいだけど、あんまり信じられないよね。サク」
「俺に聞かないでくれます?」

伝わるように口を尖らせて言ってみても大地は腕を組んで「はあ?」とヤンキーよろしくのニュアンスで私を睨みつけてきた。

「だってあの団長をどっかに転移させたのお前だろ」
「どっか行けって願っただけだからなー」

「それで一週間誰も寄せ付けないようにして回復に専念してるんだから、どこに転移されたんだろうってところだよね」

「禁じられた場所?」
「……」
「……」
「……なに」
「サク、それ笑えない」
「なんだよ、その名前からしてやばそうな感じの……あ、俺なにも聞かなかった」
「僕もなにも聞かなかった」

顔を見合わせて無言になった後、春哉と大地はストレッチを始めて話をなかったことにしようとする。
うん。やっぱり私もレオルからなにも聞かなかった。
折角だから便乗してストレッチをする。

「そういやサクって結局最後に進藤と話したのか?」
「なんで進藤と?」

そろそろ休憩が終わる頃合だ。遠く離れた場所で休んでいる兵士達が立ち上がり始めている。大地も鉄パイプを取り出し、手馴れたようにくるくるまわし遊びながら、訓練に備えていた。

「進藤達がここ出て行く前ここに来て、お前の場所聞いてきたんだよ。あんときは笹山のとこじゃね?って答えたんだけど……会ってねえんだ」
「会ってねえな。なんか用だったのかね」

別れの挨拶を交わすような親しい関係でもないのに。
私を探していたことに疑問を覚えるが、どうでもいいかと忘れることにする。
この世界に来て初めて古参の勇者として進藤たちに会ったことは記憶に久しい。加奈子と翔太にトラウマを植えつけた騒動を起こした彼らは、勇者として認められてからすぐこの国から離れた場所へと散ったらしい。進藤は嬉々として向かったことだろう。鈴谷はおどおどしながらも目をぎらつかせて向かったはずだ。ありありと想像できる彼らの後姿。
だかこそ余計に春哉の姿を見ると苦いものがこみ上げてくる。
これからが想像できない。
奴隷契約を結ばれている彼は、3年が経ったいまでもこの国が思う勇者として認められず、契約から逃れられない。

この国はどんな勇者を望んでいるんだろう。

一緒に召還された進藤と鈴谷と比べれば春哉は新人の勇者の指導を丁寧にしていた唯一の人物だしこの国に貢献していると思えた。物腰丁寧で穏やかな、そしてなにもかも諦めたような態度。国の立場からすれば好都合の勇者じゃないだろうか。
それとも勇者を奴隷契約で縛るほうが、メリットが多いんだろうか。


「再開だ!集まれっ!」
「はあ、あいつ死ねばいいのに」


遠くで教官が今日も元気に声を張り上げて、翔太は文句を垂れる。
のろのろと立ち上がる翔太は体力がないことをよく教官に指摘され訓練で多く走らさることが多い。そして教官がなにかを叫ぶ度に翔太は鼻をひくつかせて露骨に嫌そうな顔をするものだから教官もしっかり翔太の顔を覚えてターゲットにしている。

「どこ行っても一緒だな」

そんな関係性を見て馬鹿らしいと欠伸をしながら伸びをする大地にあわせて、鉄パイプが物騒なことに空高く上げられる。太陽の光を浴びてギラリと光った気がした。

「あー」

言おうかどうか少し悩んでしまう。
大地の目の前に教官は移動して行っている。教官の位置からは伸びをしている大地の手からだらんと垂れた鉄パイプは見えていないんだろう。このままだと非常に危ない。
意図はしていないだろうが結果的に教官に向かっていつでも鉄パイプを振り下ろせる状態の大地は目を閉じていて現状に気がついていない。
同じように危ない事態に気がついたらしい春哉が止めようとしてか大地に手を伸ばす。それを開脚ストレッチを続けながら傍観する私。

教官は兵士の指導の合間、時々勇者の様子を窺って来る。それだけなら別にいいけど進藤と鈴谷が去ってからよりやって来るようになった教官の姿が見えるたび勇者面子で広がるピリッとした空気が重たくてうんざりする。
発生源は主に翔太だ。
教官がこちらに足を運ぶのは主に嫌味を言う為だから、ターゲットにされていると認識している翔太はたまったもんじゃないだろう。見る限り今回は大地に嫌味を言う為に教官はこちらに来たようだが、翔太は猫のように神経を尖らせている。
そんな翔太に気を揉み過ぎだといわんばかりに気持ちよさそうに目を閉じて伸びをしていた大地が肩の力を抜く。

「ひっ!」

なにかを言おうと口を動かしながら歩いてきた教官はヒュッと風を切りながら落ちてきた鉄パイプに小さな悲鳴を上げた。
目の前とまではいかずとも風を感じるぐらい近くに鉄パイプが振り下ろされるのは怖いだろう。体を硬くして後ずさった彼の様子を見て翔太がざまあみろといわんばかりに鼻で笑った。
教官は一瞬でいつもの元気を取り戻した。

「貴様なにをするか!」
「……は?なんの話。サク」
「俺に聞かないでくれます?お前の鉄パイプが教官に当たりそうになったんだよ」
「は?俺別に素振りしてねえしいくらウザくてもこんな奴殴らねえし」
「鉄パイプがお前と一心同体だってことはよく分かったから、もう俺に聞くな」

手に馴染み過ぎた鉄パイプは振り上げても下ろしても違和感を覚えないほど身体の一部になっているらしい。
自分にぴったりの武器があるのは素晴らしいことだとは思うが周りに被害を出さないようにしてほしい。口が滑り過ぎる大地は無頓着なのか天然なのかたまに分からない。とりあえず面倒な人がいるところで私の名前を出さないでほしいかな。え?何?貴様って言う奴初めて見た?お前ほんと黙れって。
翔太を睨んでいた教官は、いまでは大地となぜか私を見ながら顔を真っ赤にして怒っている。春哉を見れば微笑まれた。解せない。

「貴様らのたるんだ根性叩きなおしてやる。外周100周してこいっ!!」

大柄な教官の唸るような声に翔太が目を見開いたあと項垂れる。面白いもんだ。翔太は凄く嫌がっているのに、凄く、従順だ。

「体育の時間かよ」
「っ」

大地の言葉に思わず笑ってしまって、あ、と気がつく。まあいいか。大地は鉄パイプで肩を叩きながら自分よりも背が高い教官に怯むことなく言った。

「なあセンコー。俺がこの訓練に参加してんのは死にたくないからだ。勇者って言ってちやほやすんのも馬鹿にすんのもどうでもいいけどよ、訓練の邪魔すんなよ」

大地は走るのが趣味ともあって体力は十分にある。この世界に連れて来られる前からの趣味だったらしく細身に見える身体は無駄な脂肪が一切ない。そして喧嘩沙汰が功を成した形になったのか、腕力もある。
圧倒的に足りないのは魔法の扱いかたの知識と、殺す為の技、武器の扱いかただ。

「お前らの手に負えねーから俺ら召還したんだろーが。だったらぺっちゃくちゃ喋って邪魔してくんじゃねえよ。こっちはマジで命かかってんだよ。体力づくりなんて基本だけしかしない訓練なんて訓練じゃねーし」

大地と話すにつれて分かってきたのは短気で突っ走るけれど自分の限界とか状態をよく把握できる奴だということだ。
身体をつくるのは大切なことだけどそれだけじゃ生き延びられないのも事実。大地のように言葉だけじゃなく本当に身体の基盤ができているのなら、生きる術を身に着けることを優先にすべきだ。
魔法を覚えれば身体面を魔法でカバーすることも補強することもできるのにそういう伸ばせる他の分野をおざなりにする教官の訓練内容は「はい分かりました」と飲み込めるものではない。
なにせ教官の指導のもとの訓練に参加した内容は大方、走りこみ後、打ち合いで終わりだ。打ち合いも人の癖が出るからいい経験にはなると思ったけれど、殺すものじゃなくて、ルールや礼儀がある中での打ち合い。
それによく見てみると兵士達は似た面子と打ち合っている。

まるで部活のようで。

思い出した騒音と鼻をくすぐる臭いに顔が歪む。
教官に指導されている兵士達は大体3等兵士たちだ。ここにいる彼らは城の警備についていて、遠征に何度も出るのは少ないらしい。守るに重点を置いているようだ。それも魔法のドームに守られた中で。笑える。
そういう兵士達も差し迫った状態になるとホーリットの時のように兵長たちの指示の元魔物と戦うことになる。ただただ体力を作って対人の訓練をするだけで大丈夫なんだろうか。
どこかの部隊では魔物退治が主だと聞いた。
その部隊の訓練があるのなら見学してみたい。

「いいのか?私はもう貴様らの指導をしないぞ。それはこの国の庇護をなくすのと同じ意味を持つのが分かっているのか?」

たっぷりの傲慢さと愉悦を含ませ教官は笑う。
大体別々で訓練していてもこの教官の監視下であるということが大事なんだろう。それを否定するのは国を否定しているともとれるのか。
少し、興味が沸く。

「はいはい。んじゃ俺はもう指導いらないんで」

大地は鉄パイプを肩にのせ笑った。歯軋りする教官。翔太は口を結びながらも教官の指示通り集まって待機していた兵士達のほうへと移動する。

春哉は──微笑んでこの場に残った。

目が合うと春哉は益々笑みを深める。国の庇護を持ち出した教官よりもここに残ることを隷属されている春哉は選んだ。
それを選ばされている。
春哉を隷属している人物はなにをもってこちら側に立たせているんだろう。国に従事している教官よりも優先させているんだ。春哉には悪いが、興味深い。
教官が背中を向けたところで大地は明るい声で言う。

「ってことで俺に訓練つけろよ、サク」
「命令かよ」

よろしく教官。そう言って大地は二カッと爽やかに笑う。どうでもいいけど決定事項ですかね?





 
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