狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

23.「また今度って、言ったでしょ?」

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「──ディグ爺!」
「おお、ラウラ。無事でよかった……っ!」

村に戻るとラウラの姿を見つけた村人達が歓声を上げる。ラウラも腕を広げたディグ爺の胸に飛び込んで大声で泣き出した。その一方で捕まえられているフールを見て眉間にしわを寄せ口々に言葉の判別のつかないほど小さな声で陰口を叩く人もいる。

「本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいのか……!」
「いえ。それじゃ俺達はフィラル王国に戻ります。フールも連行します」
「……お願いいたします」

ディグ爺はフールを見て悲しそうに眉を下げたあと、頭を下げた。フールは村にいる誰も見ることがなかった。

「待って、お兄ちゃん」

背を向けてしばらくしてラウラが後を追ってくる。結界ももう届いていないだろう。村に戻そうと先にハースを歩かせて、止まることなく走ってくるラウラの体を受け止める。しゃがんで視線を合わせればラウラは口元を下げながら笑う。

「ありがとうお姉ちゃん」

人は離れているのに、内緒話をするように小さな声。

「魔力取ったな?」
「えへへ」
「偉い偉い」

魔力は相手が受け入れていればその分魔力を受け取ることが可能だ。そして魔力は異性からより得られ、同性からは少しだけその割合が減る。幼いながら魔法に長けているラウラにはなにか感づくものがあったのだろうか。

「内緒?」
「いまはね」
「うん、分かった。お姉ちゃんあんまり魔力奪われないようにしてね。体も変えて凄くうまく隠してるけど、お姉ちゃんの魔力凄く美味しいの。興味持たれて見られたら分かっちゃうよ」
「ん~気をつけるわ。ありがとう」
「またね」
「……また」

結界の届く範囲までラウラを送ってから村人達に頭を下げて、止まっていたハースの隣に並んで歩く。セルリオの所に着くまで私達はなにも話さなかった。

「お帰り!待ってた!」
「そんな感じだな」

物凄い形相で睨んでくる男達を前にして辺りを警戒するのはひどく辛かったんだろう。私達に気がついたセルリオはそれはもう嬉しそうな顔をした。そしてハースが連れているフールを見て色々理解したらしい。一緒に縛る?と聞きながら余ったロープを両手で持ちピンと張った様子に、彼の感情のどこかが麻痺しているのを知った。なんかごめん。
フールはもう暴れる気力もないのかセルリオに縛りなおされている間大人しい。木に縛られていた男達は少しロープを解かれただけで逃げようともがいていたけれどロープの扱いに最初よりは慣れたセルリオによってすぐに縛りなおされた。セルリオって吸収が早いなあ。

「はい。……ハース?」

荷物を背負ってロープの端をハースに渡したセルリオはハースの様子がおかしいことに気がついて声をかける。ハースはロープを握りながら答えなかったけれど、考えがまとまったのか顔を起こした彼は厳しい視線で私を見ていた。

「俺はさっきの許せねえ」
「そっか」
「相手は子供だぞ!物事の分別もつかない子供になんであんなことさせるんだ!裁かせるなんて、意味も分かってないかもしれないだろっ!」
「物事の分別もついた大人がしでかしたことなんだから、裁かせてもいいんじゃない?意味が分かってなかったとしてもいいんじゃないか。結局かえってくるのは自分自身だ」
「その咎を負わせないために俺達がいるんだよ!」
「子供だからって、子供が感じたことを押し込んで奪うのか?」
「そんなのは出来る奴の言い分だ。したくなくても感情に振り回される奴らだっているんだ。望んだからってそんな言質とって止めないのは罪だ」
「止めたから褒められる?」
「褒められたい訳じゃねえよ!」
「あ、あの?どうしたのハースもサクも」
「子供だからって大人だからって変わんねえ!ちゃんと法の下で裁くべきだ」

困ったなあ。
普段軽口叩いてひょうひょうとしているハースがこうも怒鳴って息をきらしている。冷静に話しても通じないだろう。
それに裁く機関も法も人が作りあげたもので結局裁くのは人だ。法の下で裁くべきだと叫ぶハースも、物事の分別もつかない子供への同情に声を荒げている。感情に左右されてしまうものだ。
だからって、同じだから構わないだろう?と開き直ってしまえば人との関係を含めてなにもかもまわらなくなってしまうのも分かる。
どこかで誰かが我慢をしなければ、どこかで規制がなければならない。

分かっているのだ。

だけどそれは被害者じゃない奴らだからこそ言えるものでもある。当事者じゃないから分からない。なにかを奪われた人から更に意見を奪うのは罪じゃないのだろうか。

「俺は俺、ハースはハース。それだけだな」
「……昼に俺達が勇者を誘拐したって言ってたけどよ、お前らが俺らから絞り取っていることも事実だ。被害者面してんじゃねえよ」

意見が合わないから討論するっていうのはいいことだと思う。けれどただの押し付けになるのならとても面倒だ。別に理解してもらって同じ考えになってほしいわけじゃない。

なあ、そうじゃないか?
お前はなにを知ってるんだよ?

鼻で嗤ってしまう。


「お前らでひとくくりにするの、止めてくれないか?そんなこと言ったら俺はこの世界に生きる奴ら全員恨まなきゃなんねーだろ」


ハースの怒りに感化されてしまったのか、子供みたいに喚き散らかしたくなる。心の奥に閉まっている嫌な感情がじわりじわり甘い誘惑を持って私を染めていく。
──ふざけんなよ。
魔物を殺していくうちに感情が少しずつ麻痺していくのを感じる。血にまみれるのも慣れた。もう、汚れたな、ぐらいにしか思わない。洗うのが大変なんだよ。武器の手入れも大変だ。投げナイフは便利だけど金がかかる。拾える分は拾ってまた使うけど刃こぼれしてるんだよな。
──悪いな、被害者なんですよ。
魔力が身体に馴染まないから、馴染まないと死んでしまうから。毎日魔力量を気にしてる。少ない。回復しなきゃならない。また、ライガに頼もうか。
でも、申し訳ない。
でも。
──私、なんでここにいるんだろうな。
喉元まで出掛かった恨みの言葉を言おうとしたら、唇がつりあがった。
お前に言ってもしょうがないんだ。


「サク……」


セルリオが子供のように途方にくれた表情をしている。留守番してようやく開放されると思ってたところでこんな展開になったらなにがなんだか分からないよな。
お前の状態はよく分かるけど、なんもしてやれんわ。

「……恨んでんのか」

話を続けたいのか、ハースが言い間違えないようにとでもいうように注意しながら言った。
疲れて項垂れてしまう。

「ハースだったら?俺は恨んでるよ。この世界に問答無用で連れられて、家族や好きな奴らにもう会えないようにされた。大事だったものも奪われた。俺はそんな聖人君子じゃないよ」

もう思い出すだけでしか見つけられないものになった。話せない。触れない。この世界で感じていることが上書きされて、そういえばそんなこともあったっけ?と思い出さなくなったものもある。
首にかかるネックレスを触る。
そういえば、元の世界はどんなだっけ?そんなことを思うようになるだろうか。

「法の下で裁くっていうなら、この場合誰が裁くんだ?」

ハースが黙る。ああ、面倒くさい。こっちは不幸自慢したい訳じゃない。意見を持つのも納得がいかないのも結構。だけど押し付けるのなら、奪ってくるのと同じだ。

「俺も人のこと言えないか」

俺だってハースに俺の意見を押し付けている形になっている。ああ、やっぱり面倒くさい。

「さっさと戻ろうぜ」

ダーリス集落討伐に加えてスリャ村での報告とこいつらの引渡しをしなくちゃならない。スリャ村がそんなに離れていなかったからまだよかったけれど予定が狂うのは確かだしさっさと戻りたいところだ。
ハースには悪いが話を終わらせたくて先に歩く。
しばらくして2人はフール達を引き連れて歩き出した。そういえばフール達も居た堪れなかっただろうなあ。まあ、いいか。話を蒸し返してもしょうがない。ついてなかったと諦めてもらおう。




城に着いた頃には予想通り陽が傾いていた。オレンジ色の空が辺りを支配し始めたところだ。まあ手続きも終えて夜にならなかっただけましか。
フール達を門番に引き渡して諸々のチェックを終わらせたあと待機していたハース達のところに戻る。お土産付だ。

「はい、報酬。フール以外の奴らは懸賞金かかってたから山分けだな。フールのことだけど、どこで男たちと知り合ったのか尋問して、それを元にこれからアジトを突き止めるため動くらしいよ。とりあえず今回はダーリスの集落討伐も含めてこれで終わり。お疲れ様。また明日の訓練で」
「分かった。でも山分けでいいの?」
「勿論。それじゃ」

私の分はさっきしっかり貰った。安心して残りを2人で折半してください。
さあ予想外の収入だ。折角だし買い食いでもして帰ろうか。……いや、城に帰れば夕飯があるから我慢だ。でもそこらじゅうから食欲誘う香りが漂っているもんだから財布の紐が簡単に緩んでしまいそうだ。ああ、ここに立ち止まるのは危険だ。
セルリオとハースに手を振って夕暮れになっても賑やかな城下町に入り込む。いい匂い。つい足を止めてしまったせいで声をかけられる。知った顔だ。

「おお、サク!これ買ってけよ!」

その両手には串に刺さった分厚い肉。焼き鳥だ。よし、買おう。
心に決めてふらっと立ち寄れば、隣の店舗で牛串を出していたおばさんが、「あっ」と声を上げる。

「サクじゃない!もしかして遠征帰り?いつもありがとうね。お疲れ様っ!安くしとくよ?どうだい?」

おばさんは焼き鳥屋のおじさんと同じように両手に串に刺さった分厚い肉を私に見せてくる。肉汁滴る牛肉だ。どっちかの店に寄ればいつもこの展開になる。そして私はいつもどっちもお買い上げしてしまう。だって美味しいし。
私と同じように馴染みの客がカラカラと笑いながらおばさんに突っ込む。

「タダでやりなーよ」
「はは。いやいや代金払います。でも安くしてくれると嬉しいな?」
「勿論さっ!!」
「んじゃ俺も大サービス!」
「いえー」

城下町に出る度色んな出店を周っていたら、流石商売人。私の顔を覚えたようだ。
2度目に来店したときには「勇者のおでましだ!」と焼き鳥屋のおじさんが叫んだせいで、近くを歩いてちら見するだけで留めてくれていた人たちが話しかけてきて困った。
だけどそれから焼き鳥屋のおじさんや牛串屋のおばさんとよく話すようになった。
彼らは市場のことに明るくて色んなお得情報や、知らなかったことを教えてくれる。そして焼き鳥も牛串も最高に美味しい。
代金を払っておじさん達に別れを告げる。
朝から店をしているのにあの元気がずっと続いてるのって凄い。「また来なっ」と叫んで手を振ったおばさんの手がおじさんにぶつかっている。本当に元気だ。
少し回復する。行儀悪く食べ歩き。
でもお腹が空いていたこともあってすぐに食べ終わった。ゴミ箱に串を捨ててタレのついた指を舐めていたらもう1つ馴染みになっている店を見つけてしまう。
りんごジュースを1つ貰えばやっぱり元気な親子は仲良く「「またね」」と声をかけてくれる。

城までの道のりをのんびり歩いた。

城下町から城に続く道を上がって人も見えなくなったころ現れる道を囲う森を眺めながら、のんびり。この時間は結構気に入っている。
城がすぐ近くだと教えてくれるのは川の流れる音だ。ザアア、と流れる音は遠くから聞いているのにも関わらず流れが強いことが分かる。橋から見下ろせば崖のような高さの下に流れる川はやはり荒々しい。どういう構造になっているのかこの川はこの橋からだけでしか見えない。一度森に入り込んで川の先を探してみたけれど森に強い魔法がかかっているようで元の場所に戻されてしまった。
この橋はフィラル城へ続く唯一の道。
城下町に面している城の裏側は崖のようになっている。ただ丘の上に建っている城といえばそれまでだけど、その丘がなだらかなものではなく間に岩を挟みながら起伏の激しいものになっていて城のレンガ部分に触れているところは反り返っているような状態だ。
綺麗な城というより要塞にしか見えない。その丘の下側からぐるりとまわって城下町までを覆ってしまっている高い城壁圧倒的な雰囲気を感じる。なにも魔物だけを警戒しているようには見えない造りだ。
この世界にも戦争はあるのだろうか。

「あ、もう空か」

ズズ、と底をついたリンゴジュースに残念な気持ちになる。もう1つ買っておいてもよかったなあ。
入れ物の水滴を拭った後カバンに入れる。そういえば部屋にお菓子は残っていただろうか。今日はよく動いたことだしご褒美に食べよう。全然食べたりないし、こういう日もたまにはいいだろう。ミリアに紅茶を貰おうかな……。
考えるだけで幸せな気持ちになる部屋でお茶をする時間に想いを馳せていたとき、不可解なものを見つけてしまった。

人がいた。

橋を渡った先にある城前の門に立つ兵士じゃない。普段人がいるはずがない薄暗い森の中にだ。
夜にはなっていないものの光が影を見せつつあるこの時間、森の中はひどく薄暗い。そこに見えた異質な色。好んで森によくいるし春哉だろうか。でも春哉は落ち着いた色を好む。
あの色は──。
森の中に入ってすぐ鼻をくすぐったのは血の匂い。
近い。木を背に立ち構える。血の匂いだけじゃない。血だけだとしてもこうも鼻をつくほどの強い匂いはなんだろうか。異臭に少し気持ち悪くなる。


「久しぶり、サク」


知った声で、驚くより、安心した。

「やっぱりお前かよ」

一瞬見えた金髪は見間違いじゃなかったらしい。といっても金髪というよりはくすんだ黄色だ。血やなにかがまとわりついた髪はべたりとしていて固まっている。それはなにも髪だけじゃなくてレオルの全身がそうだった。
真っ赤な血ではないのが救いだろうか。赤黒い血は土などと混ざったせいかあまり血だと感じさせない。灰だらけ泥だらけの場所に飛び込んだと言われても納得しそうな見た目だ。臭いがそうじゃないと教えてくれるが、とにかく、ひどい有様だ。
こいつには何度恐怖を覚えても限りがない。暗い森の中全身血まみれで立つレオルはイカレ具合もそのままでにっこり笑っている。少しフラついて疲れた様子が、レオルが人間だったことを思い出させる。

「臭いんだけど」
「ひどいなー」

楽しそうに笑ったかと思うとレオルはその場に崩れ落ちる。

「レオルッ!?」

流石に慌ててその身体を支えれば痛みに呻き声をあげた。レオルが?怪我をした?

「お前怪我するんだな」
「さっきからひどいなー僕だって人間だからするよ」

クスクスと笑うレオルに心配すればいいのか分からなくなる。どうやら怪我はここだけじゃないようだ。よくよくみればいたるとところ怪我だらけで失血死という言葉を思い出してしまう。返り血も多く被っているみたいだから病気も心配になる。

「サクのお陰で久しぶりに楽しかったよ」
「……あー、あんま考えないようにしてたけど、やっぱりそれが原因か」

確か私が願ったのは、しばらく会いたくないだとか、レオルが楽しんでいられる場所に送りたいとか、戻りたいと考えられないような場所に送りたい、だった。
なんで血まみれ瀕死状態で帰ってきたんでしょうかね。
理由は分からないけれど少しの罪悪感と死にかけの相手の身体を支えていることから回復魔法を使う。
といっても苦手で魔力を食うから重傷なところだけにしておく。

「ちなみにお前あれからずっとそこにいたのか?」
「……そうだよ。……あー、もうちょっとかけてくんない?」
「贅沢言うな。楽しんだんだろ」
「まさか魔物の群棲地に飛ばされるとは思わなかった。凄かったんだよ?転移場所は空中だったし、真下には虎の魔物5頭分の大きさをしたよく分からない生物がいたんだ。あれもダーリスの種類かな?なんの動物か分からなかった。
謎の魔物になりかけてたような感じもしたなー。地面も見えないぐらい魔物で埋め尽くされていたし、多分、あそこって禁じられた場所の1つだと思う」
「……うん、あんま喋らないでもらえると嬉しいかな」

こいつはなにを恐ろしいことを話しているんだろう。動揺するし罪悪感が半端ないし止めてほしい。普通に死んでも可笑しくない場所だろそこ。地面も見えないぐらいの魔物ってなんだ。いや、別に聞きたくない。
私が願ったように戻りたいと考える時間さえなかったような状況を数週間こいつは体験してきたらしい。こいつの精神力が怖い。なんで笑ってんの?
丈夫なのは精神力だけじゃなく身体もそうらしい。少ししか治癒魔法をかけていないのにも関わらずだらりと垂れていた指が感覚を確かめるように動き出していた。
そして、重い。
タッパもあればガタイのいいレオルを支え続けるのは無理だ。膝の上におろす。目にかかっていた髪をどけると手がべたついた。もう黒く汚れている。

「器用な魔法を使うね」
「久しぶりの清潔な自分はどうだ?」
「悪くないね」

破れた服も直していないし傷口も塞いだだけだからまだ痛々しい傷が残っているけれど、身体や衣服についていた汚れを魔法で全て取った。
お陰で臭すぎた匂いも消えた。
どうやらあまり身なりを気にしないらしいレオルも自分の肌を撫でたあと、満足そうに口元を緩めて目を閉じた。

不思議な感じだ。
静かだ。

そういえばコイツと関わるときいつも騒々しかった。主にこいつがなにやら恐ろしいことを言って暴れていたからだけど、レオルが口を閉じているだけでこうも雰囲気が変わってしまうのは面白い。
妙な感動を覚えている間に膝の上でベストポジションを見つけたらしいレオルが目を閉じた。静かに呼吸をしている。

……レオルって、寝るんだな。

少しだけそのままにさせておく。会話が出来ているからあまり実感はないけれどレオルの顔は蒼白だった。血を大分流したんだろう。すうっと聞こえる寝息。手持ち無沙汰だったからすっかり触り心地のよくなったレオルの髪を梳く。
森の中暗闇が濃度を増してきた。葉の隙間から見える空はすっかり藍色だ。星が出ている。

「足痺れてきたんだけど」

レオルには悪いが経過した時間よりも深刻な問題が私を襲っている。多分これ急に立ち上がった一気に痺れるやつだ。

「……もうちょっと」
「俺も疲れてるからさっさと部屋に戻りたいんだけど」
「部屋に戻ってもどうせサクは休まないでしょ」
「休んでるけど?」

なんの話だ。そして、本当に、足が痺れた。
心の叫びが聞こえたのかレオルの頭が少し動く。そしてレオルの髪を梳いていた手が掴まれた。

「城の連中はどの時間でもサクに不意打ちついて部屋に忍び込めないって愚痴ってたよ。僕が飛ばされる前からそんなんだったから、僕がいなくなってから余計城の連中は励んでたはずだ。見たところサクは害された感じじゃないし、最初と同じように全部防いできたんだろ?1人で」

閉じていた瞼がゆっくり開く。長い睫の下に見える蒼い瞳がレオルには似合わない真剣なものを感じさせた。


「ずっと気を張って、いまだって魔法を纏ってる」


伸びてきた手が頬を覆う。ぞくりとした感覚が襲って身をそらした。
身なりが整って傷口がふさがったからといって流れた血が戻ったわけでも体力が回復したわけでもないだろう。なのに緩慢な動作ながら身体を起こしたレオルはすべての調子が戻ったような顔をしている。
レオルの身体を支えるのに木を背もたれとして使っていたのが悪かった。動きの悪い身体は後ずさるしか出来なくて、すぐに木に当たって動けなくなる。四つん這いのような状態になって近づいてきたレオルが立てていた私の膝に手を置いて地面に倒した。

「また今度って、言ったでしょ?」

膝の上に置いていた手が膝の下にまわったかとおもうと掬い上げられる。私の腰を支えた手は体勢が崩れるのを知るやいなや私の頭を支えるため移動した。レオルの腕全体で背中を支えられながら引き寄せられる。
本当にコイツはどこにそんな体力を持っているんだろう。
早鐘のように鳴る心臓は正しく警戒を訴えるのに身体が動かない。

「うん、決めた」

にんまりと弧を描く瞳は、愉快といわんばかりに漏れた笑い声を運ぶ唇が重なった瞬間、閉じられる。まるで試すようにゆっくり触れただけの唇は離れたかと思うと悪戯を思いついたように舌が唇をなぞりだす。
固まる私を面白がっているんだろう。頭を木にぶつけた状態で動けない私を見下ろして、レオルは喉を奮わせる。近づいた顔がそれて首筋にうずくまった。髪の感触が頬をくすぐってぞわぞわするような吐息が首筋にかけられる。

「っ」

コイツ舐めやがった……っ!
首から耳を舐めた舌はそれで止まらず耳の輪郭をなぞりだす。冷たい。舌が触れた瞬間は凄く熱いのに、離れた瞬間冷えて身体がぶるりと震える。
身体が動かない。
好き勝手身体を触られているのに、どうしてか、なにも抵抗できなかった。レオルの身体を押し離そうと思っても力が入らない。
レオルが何か魔法を使ったんだろうか。

「ねえ、サク」

まるで考えを見透かしているようなタイミング。
レオルは私の手を引き寄せて腕に口付ける。眼が離せない。ただされるがままレオルを見ていた。
唇は手首にも触れ、最後に掌に移った。レオルの顔を覆うようにある私の掌に口付けるレオルは目を閉じていて、その睫も数えられそうな距離にいる。
なにかを言おうとして、だけど言えなかった。
『1人で、ずっと気を張って、いまだって魔法を纏ってる』
そう言ったレオルの顔が頭から離れない。言葉が私を雁字搦めにするように何度も何度もリピートされて離れない。ぐちゃぐちゃになった感情が胸の中で轟いている。
レオルは目を開けた。私を覗き込む目を怖いと思ってしまう。


「半分頂戴?辛そうだから僕が持つよ」


蒼い瞳はからかうものなんかじゃなく労わるように笑う。
なんでそんなことをよりにもよってお前が言うんだ。
言葉にはならなかった。

「どっちにしろ、逃がさないけど」

ひどくゆっくり近づいてきたレオルが目を閉じて、体温を近くに感じたのに私は動かなかった。
レオルのキスから逃げなかった。
緊張し過ぎて詰めていた息を吐き出す。レオルはもう一度唇を重ねただけでそれ以上はなにもしてこない。こいつの考えていることが分からない。

「悔しいなあ。流石に今回はキツかった。ちょっと休んでくる」

絶賛混乱中のところに加えて、言葉通り疲労を感じさせる顔に気が緩んだんだろう。またねと挨拶のようにキスをしてきたレオルが驚きに私の顔を覗き込む。次いで、まるで大人びた表情で嬉しそうに微笑んだ。
……レオルが消える。きっとどこか休める場所に転移したんだろう。
力が抜けて頭を思い切り木にぶつけてしまった。

「っあ゛」

痛みを訴える後頭部を抑えながらついた木片を取り除く。指輪に数字が現れていた。さっきよりも少し減っている。

「なにしてんだ私は」

もう自分のことも分からない。
涙が頬を伝っていた。



 
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