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第二章 旅
119.「勇者さん!」
宿を出る準備はほぼ終わっていたからここを発つ前にしておきたいことはリガルさんから色々教えてもらうことだけだった。話を聞きたいと言えばリガルさんは二つ返事で了承してくれた。
その間ラスさんは戦闘の跡が残る場所を直しにいってくれるとのこと。ありがたい。一目見て異常な光景は残しておいたら理由を説明するのが大変だろう。
「──とはいっても私が知っていることは限られています。どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとーおじいちゃん」
「茶菓子とかねえの?」
「オーズ黙れ」
リガルさんが淹れてくれた紅茶を飲みながらオーズを小突く。リガルさんは気を悪くするどころか茶菓子も出してくれた。梅とオーズが遠慮なく食いつく。
「……ええと、導き人のことを私はなにも知らないので教えてほしいなと思いまして。最初に召喚をしたハトラのことも」
「ふむ。ハトラという人物はいろいろな解釈がなされていますが、共通しているのが救世主。ハトラ教をご存知ですかな?」
「はい。古都シカムで信者の人にも会いました」
「そうですか。ではなんとなくお分かりでしょうが魔物から人々を救う勇者を召喚したハトラの存在は人の拠り所であり絶対的な神のような存在です。この世界の者のほとんどがハトラ教の信者であるといってもいい。ハトラが勇者召喚という禁呪を行ったのは古都シカム。勇者召喚がいつから禁呪として古都シカムに封印されていたのかは私にもわかりません。誰が勇者召喚を禁呪としたのかも誰が封印したのかも」
リガルさんの話にそういえばそうだと思う。禁呪を使うと決めたハトラだけどハトラは禁呪がどういうものか分かっていなかった節がある。なにせ彼は誰か助けて下さいと祈って禁呪という召喚を使っただけだ。禁呪はどのようにして伝えられてきたのだろう。そう伝えたのは誰なんだろう。誰が禁呪として封印したんだろう。
──それから続いた導き人の説明は私が知っているものばかりだったけれど、聞いていくうちにふっと疑問が沸いた。
「ハトラが召喚をしたのっていつ頃かご存知ですか?」
「およそ155年前です」
「155年前」
なんというか、つい最近のようにも思える数字だ。155年前。沸く魔物に命を脅かされるのが当たり前なその頃からしたら、確かに、勇者召喚はこの世界を劇的に変える素晴らしいものだろう。なんとしても逃がしたくないし無くしたくなかったはずだ。
「じいさん、アンタ結構知ってるんだな」
「導き人の血筋ですからな」
オーズが笑いながらクッキーを食べる。バリ、と響く咀嚼音。
「リガルさん。……もしハトラにまつわる書物がここにあるのなら見せてもらえないでしょうか?」
「ええ勿論。むしろ差し上げます」
「え」
戸惑う私にリガルさんは席を立ったあと本を2冊持ってきた。ひとつは見たことがあるもので、スーラの日記だ。もう一冊も同じくらい年代を感じさせるものだ。
「スーラの日記と、こちらはその息子大地の日記です」
「大地の……。いいんですか?」
「ええ。あなたの旅にお役立てください」
パラパラとページをめくっていって見た内容はスーラさんのときと同じように日常の些細な出来事を綴ったものだった。
『母さんが日記を書くから俺もやってみた。おわり』
『僕にはお父さんがいない。皆にはいんのになー』
『でも僕には母さんがいるし僕が母さんを守るんだ』
『この村って暗い。しきたりとか、なんだよ』
『アムルズは好きだ。こもってばっかの皆が外に出るから皆で遊べる!今日も俺がかけっこで一番だ!』
たどたどしい文字がページをめくるごとにしっかりしたものになっていくのが微笑ましい。
『今日結婚する。母さんは案の定よく泣いていた。……身体に障りにならなかったらいいけど』
『娘が生まれた。幸せなことが続いているが続きすぎると不安になる』
『母さんが倒れた』
『体調は良くないらしい。母さんは最近ハトラ叔父さんに夢で語りかけては泣いている。ハトラ叔父さん、母さんを連れて行かないでくれ』
『母さんが死んだ。娘たちを心配させないように振舞ってみたけどかなり辛い。今日は見知らぬ人に泣き言を言ってしまって迷惑をかけてしまった。俺が謝らないといけないのに彼のほうがよく謝っていた。そういえばここらでは見ない羽織を着ていたな』
『最近娘が俺に距離を置いてくる。もうそんな年ごろか……』
『娘が男を連れてきた。妻は笑って喜んでいるが笑うことじゃない』
『最近、魔物の数が増えてきた』
『子供だ子供だと思っていたがあいつも母になるらしい。なら俺は安全な場所を作ろう。魔物討伐隊に志願した』
その次のページには違う人物の字で「大地、戦死」と記されていた。大地の娘が書いたんだろうか。
しばらく意味もなく日記を見続けていたらリガルさんが穏やかに話し出す。
「私が持っているハトラに関する本はその2冊です」
「ありがとうございます」
本を閉じてリガルさんにお礼を言えばセルジオのような柔らかな笑みがかえってくる。それで背をおされたんだろうか。曖昧で、危険にも思える言葉を口にしてしまった。
「リガルさんはラスさんのことをご存知ですか?」
「ラス、さんですか」
「はい。先ほど外に出た黒くて長い髪をした男の人のことです」
「……いえ、彼とお会いしたのは今日が初めてですが……」
「そうですか。ありがとうございます」
なにかもの言いたげなリガルさんに感謝を述べて続きを言わせないようにする。梅も同じような顔をしていたけれど、隣のもう一人は反応が違うかった。オーズは目が合うと面白そうに眼を細めて笑う。
「お茶、ご馳走様でした」
「もう発たれるんですね」
「はい」
カップを片付けようとしたけれどリガルさんが首を振って断るので甘えることにする。私たちは荷物を持って立ち上がった。
「じゃあねおじいちゃん!」
「お世話になりました」
「またいつでもお越しください」
微笑むリガルさんの顔を最後にドアを閉めると、少し離れたところから声がした。
ラスさんだ。
「もう行くのですね」
「はい」
転移球を取り出して答えれば、ラスさんはなんともいえない笑みを浮かべる。
「……大丈夫ですよ。いまから会うアルドさんは信頼できます」
「……はい」
「なんなら錯覚魔法かけておけば安心ですよ。ああ、私もサクに見えるようにしとこう」
リーシェの姿で飛んだことで誤解を受けて攻撃されたらことだ。きっとアルドさんのことだから転移先は安全なところに、かつアルドさんと連絡がとれる場所に飛ぶようになってるだろう。他の人が出入りできるような場所は選ばないはずだ。だからサクの姿のほうがいいはずだけど……。
「さっさと行こうぜ」
「じゃあお前がやれ」
「そうよそうよ!アンタいい加減少しは働きなさいよね!」
「あ、あのよければ私が」
「アンタは黙ってて!」
「すみません……」
「ああもう毎度毎度!喧嘩しねーとできねーのかよ」
「やん!怒ったサクもカッコいい!」
五月蠅い声を無視して転移球を使って転移する。一瞬のものではないそれは今回も私の身体を徐々に消していって、耐え切れず目を閉じた次の瞬間、私を違う空間に移動させる。
執務室だ。そうだと分かったのは一度見たことがあるからだ。異端の勇者アルドに通してもらった執務室。以前と違って賑やかな声が飛び交っている。
「ここどこ?」
「随分かたっくるしそうなとこだな」
梅とオーズに静かにしろと言いかけたところで、以前私とアルドさんが話した部屋から複数の声が聞こえてきた。どうやら今アルドさんだけじゃなくて他にも人がいるようだ。ジルドか?なら錯覚魔法を解いてリーシェの姿でいたほうがいいだろうか。いや、それはそれで誤解を解くのに大変そうだ。
悩む私を尻目にアルドさんらしき声が近づいてくる。そして開くドア。
「これは……っ!お待ちしておりました」
驚いた眼が嬉しそうにも見えるほど弧を描いていく。アルドさんは複数の人物がいることにも驚いたようだったけれどそれは後にしたらしい。
「少々待っていてもらえるかな?」
「勿論」
背を向けるアルドさんに安心や頼もしさを感じたのも束の間、閉まっていくドアを見ながら梅が首を傾げる。
「ねえサク。あの人が異端?なんで?普通のイケオジじゃん」
「お前は……」
呆れと焦りが半分ずつ。こっちに飛ぶ前に梅に釘を刺しとくべきだったと後悔するも遅い。後悔は後からするものなんだと痛感する。
閉まるはずだったドアがアルドさんの慌てた声と同時に開く。そして執務室に響き渡ったのは場違いなほど明るい呑気な声。
「勇者さん!やっぱ生きとったんかー!」
笑うエセ関西弁の男に私もさっきのアルドさんのような表情をしてしまう。へらっと笑ったライガを見た梅が猫のように威嚇するのにそう時間はかからなかった。
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