狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

123.「ちょっと後で話そうな」

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いくつかのアクセサリーを手に満面の笑顔をしている梅の先で笑うライガ。梅は買う気満々らしくライガはそんな梅をたきつけて次から次に品を出している。いや、そもそも梅はお金持ってないんじゃ。

「アイフェそんなに……必要ないですよ」

梅に対して慣れない言葉遣いに咳払いしたくなる。梅は何度か瞬きしたが「こういうのもいい……」とすぐに幸せそうに笑った。お前の頭が羨ましい。

「私の役目はリーシェ様を綺麗にすることですから。オーズ」
「ああ?俺が買うのかよ」
「何か問題ある?」
「……まー今回はいいけど?」

当然のようにオーズに支払わせる梅って結構すごいなと思ったのは私だけじゃないらしく、ラスさんが恐らく自分の財布だろうものを持ちながら梅とオーズのやりとりを見て目を見開いていた。ラスさん……。
そんな私たちを見てライガたちも私と同じようになにを思っているのかそれぞれらしい表情を浮かべている。それでも浮かべた表情を消すのは早く、誰かが話し出すと言葉が続いていく。
私も便乗して買い物することにした。


「……これ」


並べられた品のなかにあったお皿に手を伸ばす。紺色と青緑色のグラデがはいったもので、フィラル王国にいたときライガから買ったマグカップにとても似ている。

「なになに気に入った?このスプーンとフォークもセットで買うてくれたら安くするで?」
「ん……貰います」
「おおきに。それで?護衛用にイクスとかはどない?」

そういって並べたのはライガの店に寄るたび補充していたお馴染みのもので、ちょっと頬が緩んでしまう。

「お願いします」
「ちょっと……っ!……リーシェ様、そんな奴よりこれ見てください」

突然身を乗り出した梅が警戒露わにライガを睨むが自分の役回りを思い出したのか言葉を懸命に飲み込んだ。素直なのは梅の美徳だと思うけれど元の世界でもやっていたようにもう少しうまく立ち回ってほしい。設定前の梅を知っているライガは楽しそうだけど眉を寄せるジルドの視線に私がヒヤヒヤしてしまう。それに梅は私が異性と話すと元の世界のときよりも威嚇してしまうからこれもどうにかしないといけない。ジルドの館で過ごすのならジルドとの接触は避けられないんだし少しはそれらしくしておきたいところだ。

「リーシェ様おそろいの指輪つけません?ほら、これとか」

……本当に少しはそれらしくできるよう言っておかなきゃならない。

「アイフェ私は」
「あれ?リーシェ様指輪つけてるんですね……昔はつけなかったのに」
「アイフェ?」
「?」

昔というのが元の世界のことをさしているのは分かるけれど断言する梅に眉が寄る。リガルさんの宿で梅と記憶のすりあわせをしたけれど指輪のことなんてそんな小さなこと別に話してはいない。
首を傾げる梅はなんの違和感も持っていないようだ。じっと様子を見続けていたら梅は照れたように笑って私の指輪に手を伸ばす。形を変えた魔力計測器だ。

「ねえ、これと似たようなのってある?」
「生憎俺んとこでソレは扱ってないなあ」
「なあんだ……おそろいの欲しかったのに。あれ?リーシェ怪我してる?!」

指輪を撫でた梅がその下にあった黒い跡を見つけて険しい声を出す。なんの話かと思ったけど真っ黒な指輪のような跡にそれがなにか思い出してしまって隠すためにも梅の手を握る。そんな私の様子を見て梅は不思議そうな顔だ。私はその顔を見て──いや、落ち着け。
考えるのを止めて、微笑んでみせる。

「大丈夫……アイフェ、買いたいものは決まりましたか?」
「……はい。お騒がせして申し訳ありません」

思いのほか落ち込む梅には悪いけどしばらくその調子でいてほしい。感情の起伏が激しいうえ迂闊な発言をしやすい梅をこの場に居させるのは考えものだ。かくいう私もボロは出そうだしこの面子には息が詰まりそうだ。

「ライガさんこちら買わせて頂きますね」
「まいど」
「では買い物も終わったようだしそろそろジルドの館に移るのはどうかね?」

願ってもないアルドさんの提案に頷ずこうとしたら隣から反対意見がのぼる。
ジルドだ。

「いや、親父……ちょっと話がある」
「……」
「私たちのことはお構いなく」

フィラル王国のことだろうか。どちらにせよここで話を続けないとなると重要なことだろうから席を外そうとすればアルドさんが考えたすえ頷く。

「すまないね、リーシェさん。待っているのも手持ち無沙汰だろう。案内の者をつけるのでよければ古都シカムを楽しんでいてほしい。……君の事情は少し話しおくから防犯のことは安心してくれ」
「……分かりました。ご配慮ありがとうございます」
「ジルド、行こうか」
「リーシェさん」
「はい、あとでお会いしましょう」

何か言いかけたジルドにお辞儀すれば言葉を呑みこんだのが聞こえる。アルドさんの顔は見ないでおこう。けれど顔を起こせばジルドのまっすぐな視線を見つけてしまってこれはこれで直視できない。ちゃんと微笑めたかどうか怪しいものだ。
執務室を出れた瞬間安心してため息が出る。オーズたちも大勢の人数でいるのはそれなりに窮屈だったのか執務室を出ると気持ちよさそうにのびをしながら出口に向かって歩いていた。


「リーシェさんリーシェさん、これお忘れでない?」
「……ありがとうございます」


ドアが開いたと思ったらライガが笑いながら出てきた。その後ろでまたドアが閉まる。

「魔力計測器オマケしといたから梅子ちゃんに作ったげ」
「……どーも」
「ちょっとサ……っ!リーシェ様に……」

ライガの登場に気がついた梅がライガに悪態吐こうとしたものの、なんとか堪える。やらかしたと情けなく眉を下げてなにか堪える口元をみるに梅も梅で自分の感情がセーブできずに歯がゆいんだろう。
そんな梅をライガは呑気に笑う。

「自分ほんまリーシェさん大好きやなあ」
「……」
「リーシェさん綺麗やもんなあ?」
「触らないでくれますかね」

急に肩をくんできたライガがニヤリと笑う。暗い藍色の瞳は楽しそうに弧を描いていて、梅がキレるのは早かった。

「ああもうリーシェに触らないで!う~っごめんリーシェ様!私!」
「うん、付き人ができないのはよく分かった」
「出来ない!だから諦めて!」
「まさかの……でも、うん。そうしよう。無理な完璧求めてもしょうがないしそもそも私もアイフェのこといえないし」
「うんっ!ということであんたリーシェ様に触んじゃないわよっ。顔洗って出直しなさい!私は顔も性格も!リーシェ様と釣り合うような奴じゃなきゃ許さないからっ!オーズだってそうよ!?分かってる!?」
「あ゛?こっちに飛び火かよ。つーかラスは」
「ラスは圏外だからいいの」

キイキイ騒ぐ梅に元気になったと安心するより疲れを覚える。良いことをしたのか悪いことをしたのか図りかねてライガを見ればにへらと笑ったライガが隣に並んだ。
梅は私が異性と話すと全員を警戒するけれどライガに対してはあたりがきついように思う。ライガが「結婚せーへん?」とか言ったり私との距離が近かったり掴みどころがないところが影響しているんだろう。となると「ラスは圏外」というのは……?確かに梅はラスさんにだけは警戒も低い。というか話しをしているところもあまりみない。

「なーにボーっとしてんの?」
「……別に。お前さ、髪ぐらいしっかりくくったら?」
「ん~?」
「前から思ってたけどどんだけボサボサ……もうちょっとちゃんとくくれるだろ」

梅のいう私に釣り合うってどんな基準だって思うけど、ライガは普通に整った顔立ちだと思う。傷が沢山ある肌やガタイの良さが梅の好みの王子様って感じではまったくないけれど──

「ふーん、それで?俺の顔は?」
「とりあえずその顔止めろって感じだな」
「好みやとええなあ」

ニヤニヤ笑うライガに眉をひそめれば手をすくいあげられる。なんだと思った瞬間肌を撫でたライガの指が魔力計測器の指輪を撫でて少し動かす。そしてどこかの話で見たように私の手に口づけて、離した。


「またええの仕入れとくわ。連絡待ってるで?」


背を向けたライガに梅の怒りの声が向かないのは梅が見ていなかったからだろう。よかった。ああくそ、本当にこれじゃあ梅に怒れない。
閉まった執務室のドアに安心して項垂れる。



「失礼します。私が案内……え?」



執務室でないほうから聞こえてきた声に振り返れば見知った男がそこに立っていた。そいつは穏やかに微笑む顔を疑うように瞬きしたあと驚きに変える。


「あ、ロナルじゃん」


そして梅の言葉に驚きを確信に変えてごくりと唾を飲み込んだ。
私は今度こそ失態しでかした梅の肩に手をおく。

「ちょっと後で話そうな」
「あ……えへへ」

顔を青くして笑う梅を見たロナルが私に視線を移し食い入るように見てくる。

「初めましてロナルさん」
「サクさん」

もしかしたらゴリ押しできるかもしれないと思って言った瞬間返ってきた言葉に頭を抱える。前途多難だ。







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