狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

133.「あの日が私の誕生日だったので」

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「お前は何者だ……っ!なぜ────知っている!」


正解だった。契約で言えない名前であることから確信したけれど状況についていくことができず喜べない。ラスさんに敵意剥き出しになっているトゥーラだけでもお手上げなのに梅がその間に入って刀を魔法で潰してしまった。

「ちょっとキイキイ吠えるの止めてくれない?」
「邪魔をするな!あの方たちのことを知っているのは私達だけのはず!お前はフィラル王国の手の者かっ答えろっ!」
「黙れっつったよね?」
「……頼むから、二人とも邪魔しないで」

完全にキレている梅とトゥーラをセットにしてシールドに閉じ込める。こうなることはある程度予想がついていたのか梅はむくれるだけだけど、トゥーラは親の仇でも見るような目で私を睨んできてくる。これは尾を引きそうだ。


「トゥーラ。お前私に助けてほしいんだろ?私を使いたいんだったらここは私に預けてくれ。邪魔すんなら話は終わりだ」


鼻息荒いトゥーラの握る拳は葛藤に震えている。ラスさんもここで違うとはっきり言えばいいのに困ったように悲しそうに微笑むだけで、いい加減私もフォローしたくなくなる。自分でなにもせず梅に庇われるだけなんて。

「ラスさん、あなたが責められたいのはもう分かりましたから、止めてください。そろそろ自分を助けるために動いてもいいんじゃないですか?違うなら違うって言わないとこうやって人を勘違いさせて余計な憎悪をもらうことになるし、その結末を考えたら喜ばしいことじゃないでしょう。それに当の本人がそんなんじゃ庇う梅が報われませんよ」
「リーシェあのね、確かにラスはウジウジしてて鬱陶しいし暗いけどまあ色々あってさ」
「だろうね。でも、余計な誤解を生まないようちゃんと自分を庇ってほしい。トゥーラ、この人はフィラル王国の手先とかじゃないよ。むしろ敵側になると思う。勇者召喚を無くそうとしている人」

梅のなんともいえないフォローに少し気が緩んで、ついでにトゥーラに事情を説明すればこちらも肩の力を緩めてくれた。よかったことだ。トゥーラが謝罪しラスさんが困り果てながら謝罪を返す光景を眺めながらミントティーを飲む。
ひと段落したあとシールドを消してトゥーラにリナさんとセンドウさんの質問をすれば「私はなにも存じません」と返ってきた。契約に関係しているのは間違いないようだ。


「アルドさんが契約を結んだのは女勇者が殺されたことで屈した可能性も出ましたね。ジルドが人質にとられた場合や奴隷であろう勇者からの強制的な契約ということも考えられますけど」


話を続けるとラスさんは葛藤を吐き出すように溜息を吐いて重い口を開く。

「勇者リナと勇者センドウは勇者アルド勇者サキと仲が良かったそうです……センドウさんから話を聞きました」
「勇者サキというのはアルドさんの奥さんのことですか?」
「はい、そうです。彼女たちは仲が良くことあるごとに一緒に出掛けたり魔物討伐に向かったりしていたそうです。17年前のことは詳しく話してはくれませんでした。ただ自分で片をつけると言って──私が辿り着いたときには手遅れでした。彼女は致命傷を負いながらもこの館まで転移し力尽きた」
「ラス様」
「……なにも力になれず申し訳ありません」
「……っ!ありがとう、ございます」

深々と頭を下げるトゥーラはそのとき何を見たんだろう。アルドさんはその日魔物が現れたと言っていた。きっとセンドウさんが道を繋げてしまったんだろう。だとしたら致命傷は魔物によるものだったんだろうか。
なにか違和感を覚えながら外を眺めれば見えたのは禁じられた森だ。あの中央は一体どうなっているんだろう。闇の者を閉じ込めているせいで魔力が貯まってしまい、そのせいで近辺は魔の森とも化しているそうだ。スリャ村でラウラが道案内してくれたとき正しい行き方じゃないと辿り着けないと言っていた。禁じられた場所のなかもそんな道があるんだろうか。森に貯まった魔力がそうさせると言っていたけれどなんで魔力が貯まるとそうなるんだろう。
メイドたちの話を思い出しながら溜め息を吐く。


「飲むか?」


労わるような声が聞こえてはっとする。けれど顔を見ればからかうようにオーズは笑っていて、さきほどの声は他の誰かのもののように思える。

「未成年なんで」
「この世界は15歳から酒を飲めるぜ?流石にお前その年は超えただろ」
「そりゃ……ああ、そうだな」

そういえばこの世界にきて1歳年を取ったのか。19歳。この世界に来て9カ月と17日。

「ははっ!いい飲みっぷりじゃねえか!」
「うるせ、っ、まず」
「そのうち旨くなる」

センチメンタルな気分に浸りたかったのにご機嫌に背中を叩いてくるオーズのせいでそれさえできない。ハラハラしながらこちらを見てくるラスさんはやはり何も言わず、けれど困った顔をしていて。

「なーに考えてんだよ?」
「……別に。今年召喚された勇者どうなったんだろうなって」
「ああ?なんだよ急に」
「あの日が私の誕生日だったので」
「へーっ!そりゃオメデトウ」
「ドウモ」

隣の席に座ったオーズがどこかからまた新しいお酒を出して私が持つ酒瓶に乾杯とあわせ音を鳴らす。酒を呷ることで挑発的に笑う顔を消したあと酒瓶を机に置けば、口をあんぐりと開けて固まる梅が見えた。
なんだ……?うぇ、まず……。
口に広がる苦みを消したくてミントティーを飲んだらそれはそれで最悪な味がした。吐くまでじゃないけど頭がぐるぐるする。若いなと笑うオーズの横腹を肘で突いていたら、そういえばと思い出した。

「アルドさんの奥さん……サキさんにかけられている魔法、多分翔太たちにかけたやつと一緒だ」
「翔太?ああ、勇者か」
「私、翔太の魔力を使って召喚が使えないようにする魔法をかけたんだ。翔太が普通に生活するには問題ない魔力だけ残すようにして、勝手にそうなるように、した。他の人も。サキさんも魔力を奪われるような魔法をかけられてるんだ。私がかけたようなやつとか……契約……そうだ、アルドさんにかけられている契約を維持し続けるための魔力源だったら……うわ……最悪。でも嫌がらせには最高、だから……ああ、だから殺すことになるって言ったのかな」

アルドさんを縛る契約がサキさんの魔力によって成り立っていて、契約の違反、それを解くことをしたらサキさんが死ぬと術者が縛ったのだとしたら現状に納得できる。でもそうだとするならアルドさんどれだけ恨まれてるのって感じだ。この世界の人では想像できない分類に入る契約をしたと考えるとやっぱりアルドさんと契約を結んだのは勇者だ。だけどここまでアルドさんを苦しめる魔法を考えるのはよほど加虐趣味のある人じゃない限り個人的な恨みに思う。


「どう思う?」
「エロい」
「は?」


じっと私を見下ろすオーズは珍しくラスさんのような表情をしている。なんだ?暑い……。頭がぐるぐるしてオーズが消えては現れる。立ち上がろうとしたらがくんと身体の力が抜けて、オーズが慌てて私を抱き寄せて──間近に顔が見える。蒼い目。コイツは赤い目のほうが似合うな。

「魔力」
「は?」
「寄越せ」

折角だしオーズに口づけて魔力を奪えばこれまた珍しいことにオーズが身体を硬直させた。願ったりかなったりだ。魔力は有り余っているようだしがっつり貰っておこう。なにせ魔力を使って色々したいことがある。
……それに交換なら別にいいだろう。
背中を抱く手が肌を撫でるのは余計だけど、まあ、別にいいか──そんなことを思っていたらつんざくような声が聞こえた。


「キィッ、ァ゛、アアアアアアアアアアア!」


魔物かなにかと思ったけど私の身体を凄い勢いで引っ張ったのは梅だった。ぼんやりとした視界に何度か瞬けば顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しい梅の顔がよく見えた。その顔が私と違うところを行き来するから私も見てみれば唇を親指で拭うオーズがいる。目が合うとニヤリと笑ったオーズに反応したのは梅だ。

「こ、このっ!リーシェになんてこと!」
「いや、されたのは俺じゃね?まあ役得だけど」
「拒否しなさい!リーシェにお酒飲ませたら駄目でしょ!?あんたなんてこと……っ!リーシェ?ねえリーシェ魔力が欲しいなら私が上げるから、ね?」
「そ、そうですよリーシェ様!魔力が欲しいならジルド様に言って下さい!すぐに呼び戻しますからっ!」
「アンタ五月蠅いのよ!変なこと言わないでくれる!?」
「あなたこそ黙ってなさい!リーシェ様分かりましたか?ジルド様、ジルド様ですよ!?」

顔を押し合うトゥーラと梅の五月蠅い声に頭がぐるぐるじゃなくてガンガンしてきた。身体を浮遊感が襲ったときに上がった悲鳴は止めでもう目を開けていられない。梅とトゥーラの非難から察するにオーズが私を抱きかかえたらしい。

「酔っぱらいは寝かすに限るだろ。それともお前らここでリーシェが望むように俺が魔力を渡してもいいのか?」

オーズのくせにひどくまともな意見だ。二人が黙ったのと同時に忙しく動き回る音が聞こえる。ベッドの用意をしてくれたみたいで数秒後には柔らかいベッドに寝転がれた。ふわりとかけられる布団。それは暑くてどかそうとしたらオーズにとめられる。

「今は暑くても被っとけ。これから冬がくる」

冬……?
なんの話だと思って思い出したのはメイドたちの話。禁じられた森や魔の森で起こる異常現象。亜熱帯に突然やってくる冬の話──ディオとカナルに向かって歩いていたあの森も魔の森だったのかな。
ディオが言っていた抜け道を考えていたせいだろうか。あのとき森のなか会ったリヒトくんを思い出した。お姉ちゃんと私を呼んだリヒトくんがなぜか禁じられた森のなかから私を呼んでいる。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……。





「僕のせいだ」





すぐ近くで声が聞こえて目が覚める。ベッドから飛び起きて感じたのは異様な寒さだ。まさかと思いながら外を見れば真っ暗な空のなかひらりひらりと落ちていく雪を見つけた。

冬が来たらしい。






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