狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

137.「それにもう手遅れだ──歓迎するよ」

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どこか遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。トゥーラか梅だろう。だけど布団のなかは心地よくて起きる気にならなかった。それにいい夢を見てるんだ。ピクニックをしたくなるぐらい綺麗な丘に眩しい太陽、梅が好きな花がいたるところに咲いてる──そんな綺麗な場所であの人が笑っていた。
『お嬢ちゃん』
日に焼けた腕が伸びてきてドクリと鳴る心臓。私の頭を無造作に撫でた手が私の髪を乱した。


「リーシェ起きて!」
「っ!」


大きな声に目を開けた瞬間見えたのはドアップの梅の顔だ。驚きすぎて声も出ない私の顔を凝視していた梅は私の額に触って首を傾げる。

「熱はないみたいだけどなあ。リーシェ、大丈夫?」
「え……あ」
「お水を」

掠れた声に喉を抑えればトゥーラが水をくれた。身体を起こして受け取れば一気に身体が冷えて意識もはっきりしてくる。なぜか梅だけでなくオーズやラスさんもいて勢ぞろいだ。とりあえず水を飲んでおく。
話を切り出したのはオーズだった。

「なぜかこの屋敷に突然魔物が現れたんだ。覚えてるか?」
「魔物……」

いやにゆっくりと話しながら私に聞いてくるオーズは不機嫌なのかいつものおちゃらけた様子がない。その変化を感じ取っているのか梅はオーズを睨んでいてトゥーラは微笑みを表情に作りながらも視界からオーズを外さないようにしている。

「幸いダーリス程度だったしこの館の者でも十分対応できたが数が多くて俺達も参戦した。お前はその報告をこの女から聞いたよな?」

そこまで言われて思い出してしまったのはレオルドとのことだ。動揺のあまりゴクリと水を空気ごと飲み込んでしまった。咽なくてよかったと心底思ってしまうけれどオーズの説明口調をみるにここにレオルドが来ていたことに気がついたんじゃないだろうか。いや、考えたくない。

「その後この女も参戦し討伐を終えたあとこの部屋に戻ったらお前はベッドで眠っていて目が覚めたのは丸一日経った今ってところだ」
「……心配かけました」
「別に?魔力欠乏症じゃなさそうだしよかったよかった」

うすら笑いを浮かべるオーズが有難い現状の説明以上に余計なことを言わないうちにベッドからおりれば、心配した梅が私の身体を支えた。

「アイフェは魔物大丈夫だった?」
「勿論!私MVPだよ!ふふん」
「庭を壊したMVPでもありますね」
「ちょっとアンタ五月蠅いんですけどー?」
「あらあ~?勿論弁償してくださるんですよねえ?」

うふふと笑い合うトゥーラと梅に色々あったことだけは分かった。深く聞く代わりに窓から広場を見てみれば大きな穴がいたるところにあって折れた木が沢山見えてしまう。
弁償……勇者時代にある程度稼いでたけど足りるかな……。
突然の現実に微笑みむしかなかったけど続いた梅の声は明るい。

「もっちろん!最近噂の腕が経つ傭兵って私のことよ!すぐに稼いでくるからっ」
「ん?」
「いえアイフェさん、あれはもう止めようと話しましたよね」
「でもお金が必要だし。ラスお金持ってる?」
「少しなら……」
「少しなら稼がないと」

姿を隠してるのになに目立つことしてんだと思ったけど代わりにラスさんが気をもんでくれてるようだから任せておく。ラスさんがついてるなら最低限梅に錯覚魔法だのなんだのかけてあの国からバレないように気を付けてくれてるだろう。知らないうちにこの世界をエンジョイしてる梅になんとなく寂しい気もするけど楽しそうに笑う梅を見ていたら嬉しくもなる。なんだったら元の世界より楽しそうだ。
『私も今までつまらなかったんだ』
そう言って笑った梅の顔をこの世界では見ていない。
『お陰で救われたよ』
そう言って笑った顔──あれ?誰だ?梅に違う誰かが重なる。誰かは女性でもなければ老齢の男性で、ぎこちない笑みを浮かべていた。梅より背が高く私よりも背が低い彼は口元を隠してしまうほど髭を伸ばしているけれど不潔な感じはまったくない。むしろ高貴なんて言葉を連想してしまう雰囲気を持っている。視界の端にうつる服装だって豪勢な造りのものだ。もっとよく見てみたいけど顔しか見えない。皺が深く刻まれた顔、目尻に浮かぶ涙、低くて威圧感のある声に身体が震える。
『すまない』
そんな言葉で許されるとでも思っているのか、今更なことを今更な表情を浮かべて言ってくる彼は最後、表情を憎悪に歪めた。
『近づくなこの化け物が!』
私を掻き消すように手を振る醜い男が無様な悲鳴を上げて──



「リーシェ」



低い声にはっとすれば目の前にオーズの顔が見えた。オーズ。ああ、ここは私の部屋だ。だって相変わらず梅の楽しそうな声が聞こえる。トゥーラの不満そうな声やラスさんの慌てた声だって聞こえてくる。

「お前いまやべえ顔してたけど気がついてるか?」
「……お前に言われたくない」

無表情の顔は私に転移魔法を禁じたときと同じ表情だ。
──いま起きたことなにか知ってるんだろうか。
頭を振って目を擦ったあと梅を見たけどもう老齢の男は重ならない。夢を引きずったのか、幻覚を見たのか、私がおかしくなっているのか……気のせいだと片付けるにはあまりにも生々しかった。
探るように覗き込んでくる蒼い目を見返していたら言葉が降ってくる。


「なにを見た?」
「誰を見たと思う?」


聞き返せばオーズは目を瞬かせたあと面白そうに笑った。そして横目でラスさんを見たあと小さな声で囁く。

「お前に転移魔法はもう禁止しねえよ。好きに使え」
「……なんで」
「お前はもう知ってるだろ?それにもう手遅れだ──歓迎するよ、化け物」

笑みを深めたオーズが私を置いて背を向けていく。
梅たちの会話に加わったオーズを見ながら私は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。






 
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