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第三章 化け物
152.「あいつはだーれだ」
しおりを挟む初代勇者空の墓のあと白いドアの向こうでお祈りをする信徒たちから大地のことやオルヴェンのこと、それから導き人ハトラや造り人勇者の話を聞いた。どれもが聞いたことがある内容だったけど一つ一つ大事そうに話す彼らの敬虔ぶりを見ているとこれも勇者召喚がなくならない理由に思えた。勇者召喚は望まれ続けるもので、だから消せない。祈りで皆平和になるなら素晴らしいことだと思うけど皆の祈りが同じじゃないのが悲しいところだ。
……残念だけど今日はこれぐらいだろうな。
ここに来てかなり時間が経ってしまった。もうそろそろ帰らないと過保護なジルドが心配して仕事を切り上げてこちらに来かねない。
「リーシェ様……最後に偉大なる指導者ハトラ様の私室をご案内致しましょう」
「そんな場所が……?私に見せてもいいのでしょうか」
「勿論でございます」
ウシンがいるからもう無理だろうなと諦めていたのにこれだ。素で驚いて大地を見れば白々しいといわんばかりの顔をしてくれて冷静になれたけどお前はもうちょっと演技してほしい。ちゃんと打ち合わせ通りにしてくれるんだろうか。
ウシンが茶色のドアを開ける。そして見えた空間に懐かしい気持ちになった。広くはないのに本棚をこれでもかと並べた部屋は私の部屋と似ている。漫画も並べていた私と違ってハトラの本棚は伝説や歴史、英雄伝といった資料が中心らしい。
「あ、申し訳ありません勝手に触ってしまって」
「いいのですよ。リーシェ様は本がお好きなんですな」
「はい。オルヴェンの歴史はとても興味深いです。仲間と旅をしながら各地の文献を読んでいるのですが……素晴らしいですね」
「気に入っていただけてなによりです。遠慮なくご覧くだされ」
こんなに安全にハトラの私室に入れたばかりかウシンから許可をもらっての本の閲覧が出来たのは嬉しい誤算だ。ここまで思い通りに動きすぎると裏を探ってしまうけど、文字は嫌いだと悪態吐く大地を見て微笑んでるおじさんからは悪意もなにも感じない。
ここまでのところで誤算があるとすれば大地だろうか。大地はこんな機会を作ってくれた鍵だったけど、一歩間違えれば危険だと思うこともしてしまう。あともっといえば臨機応変に動いてはくれない。ここで安全に本が読めるのなら何もしないままでいい。だけど大地は本当に本が嫌いでここから出たいのか、突然、なんの前触れなく合図を言う。
「ここは特別なところで魔法を使ったらすぐバレるんだぜ?ほら」
突然の決行のせいで手に汗が浮かんで心臓は動揺に揺れたけどなるべく表情を変えずに、だけど素早く大地が魔法を使った瞬間に合わせて私も魔法を使う。錯覚魔法。偽の私を作るのと同時に私自身は見えないようシールドを張っておいてすぐさま作業にとりかかった。
『──大地、私は神殿にあるハトラの私室に行きたいんだ』
大地と再会したときそう打診すれば大地は分かりやすく疑問を顔にしてくれた。
『あ?なんでお前知ってんだ?ウシンはあれを知ってるのは神殿の一部とかなんか言ってた……あ!ちょっと前の侵入者ってお前か!』
『あーそれは私じゃないけど、まあ、とにかくハトラの私室にある本を読みたいんだ。オルヴェンの歴史は一般の人に知らされてる部分と知らない部分がある。勇者のことや召喚のこと、魔物のことだってそうだ。最初に勇者召喚をしたハトラが持ってる本は手掛かりになる』
結局大地は協力してくれることになったけど問題もあった。
『神殿は魔法が使ったら即分かるようになってんだよ。そもそも神殿に魔法がかかってっしな。導き人か初代勇者の血筋じゃねえ奴らはそいつらに許可されない限り中央──丸い台座があるところな。あそこに辿り着けないようになってる。神殿中は誰だろうと魔法を使えば関係なくウシンと警備隊に分かるようになってる』
ハトラの本をコピーして持ち帰りたい私としてはこの2つは大きな問題だった。だけどこれも大地に協力してもらうことになって──でも1回練習しとけばよかった。
大地が魔法を使うのは「ほら」と言った後だ。だけどそれを言うまでの間隔が短い。お陰で無駄に魔力を使ってしまう。
ウシンは突然魔法を使った大地に驚いたものの、すぐさま連絡球で部下だろう人に問題ないと伝えている。
「大地様なにをなさっているんです。先日のこともあったんです。皆が驚きますよ」
「先日?」
「いや、お恥ずかしい。神殿に無断で入った不届き者がいたようでして……大地様」
「ウシン待てって。やれそうな気がすんだよ。ほら」
めげずに魔法を使い続ける大地にウシンは困り果てているけど私も同じ気持ちだ。早い。この様子じゃ時間がないのは明らかだ──いや、切り替えよう。今はこの機会が巡ってきたことに感謝してやれることをやっといたほうがいい。惜しみなく魔法を使ってハトラの私室全体に錯覚魔法をかける。
「ほらいけそう」
全ての本を取り出して、
「ウシン!見ろすっげーだろほらほら!」
「おお……大地様が火属性以外の魔法を使えてらっしゃる……!」
コピーして出来上がったそれらを四次元ポーチに収納する。
大地の野郎打ち合わせ忘れて作るのに夢中になってやがる。楽しそうなのはいいけどこっちは大地の魔法が発動するのにあわせて色々同時進行だからかなり疲れた。舌打ちしたいけど私はリーシェ、リーシェだ……。何度も自分に言い聞かせながら大地たちに微笑む。
なんだかんだ本は手に入ったんだ。
「出来た!リーシェほら俺にも出来ただろ!あっ……あー、ほらやるよ」
完成して叫んだ瞬間打ち合わせのことを思い出したんだろう。大地が気まずそうに視線を逸らしながら完成した花をくれた。白い花弁が6枚ついたラシュラルの花。
梅が私の作ったハナニラから私の魔力を辿って転移できたように、大地が作ったラシュラルがあれば今後連絡をとりやすい。そう思って打ち合わせのときにラシュラルの花を作ってくれと頼んだけど成功してなによりだ。受け取って思わず匂ってみるけど香りはない。けれど私が試しに作ってみせたものと全く同じで見事な出来栄えだ。
「ありがとうございます、大地」
「おー」
「大地様が、大地様がラシュラルの花をお贈りに……」
ウシンが感極まって口を震わせる。大地は主に火魔法か鉄パイプ作るぐらいしか出来なかったからおじさんとしては成長が嬉しかったんだろう、と思ったけどラシュラルを見てふと花言葉を思い出してしまった。
『廻り逢い、奇跡、あなたを想う……だったな』
うん、気がつかなかったことにしよう。
「──え!お前いまジルドのとこにいんのかよっ」
「だからそうだって……あとこういう話をするときお前事前にシールドかける癖つけとけよ?マジでやべえから」
梅たちと待ち合わせてる宿まで見送ってくれることになった大地と話していたら私の帰る先についての話になって、大地のこの笑顔だ。そういや大地もジルドのこと知ってたよな。
喜ぶ大地と違って私は浮かない気持ちだ。
あのあとウシンはいつでもいらして下さいと嬉しい言葉を何度も言いながら神殿入り口前まで見送ってくれた。大地の片割れ候補として親身にしてくれてるのは分かるけどなんだか後ろめたくなる。なにせ他の信徒たちもウシンの後ろに並びながら笑顔で見送ってくれたのだ。
思いがけず目的達成したんだから喜びたいんだけどなあ……。
「ウケル!ウケルけどどうなってそうなったんだよ」
「落ち着け」
「ジルドとお前が?よくジルドが許し……あ゛?」
どうかしたのか大地が突然真顔になって考え込み始めた。いやに真面目に考えこんでいるせいで足まで止めてしまっている。空はもう薄暗い。動かない大地の手を引きながら話の続きをしようとしたら手に力が込められた。歩きながら振り返れば大地は怖いもの見たさとでもいうような表情を浮かべている。
「お、お前って女?なんだよな」
「そうですが」
「ジル、ジルドはお前のことサクって知ってんの?」
「知らない。あと笑うならさっさと笑え」
「リーシェ……マジか!お前があのジルドがはまってる女か!ジルドとサクが!だっはっはっはっは!マジかよ!お前らできてんのかよっ!」
「できてねーし」
「ジルドの片思い!」
神殿では私のことはジルドがはまってる女として伝わってるのか。嫌な伝わり方だな。いや、それならどうして──疑問が生まれるけど爆笑する大地が五月蠅すぎてろくに思考も出来ない。大地は古都シカム任務でのサクとジルドの恋愛模様を想像してるんだろう。涙まで流して笑って実に楽しそうだ。黙らせるため大地の手を魔法の力も使って強く握りしめれば流石に笑うのを止めたけど、私と目が合うとまた笑い出す。コイツぶん殴りたい。
「あ、リーシェ!」
時間も時間だから外を歩く人は少ないし人目も気にせず実行しようとしたら、梅の声が聞こえた。思いとどまって顔を上げたらやっぱり梅で満面の笑顔。そして隣に並ぶラスさん。この2人を古都シカムで見るのは不思議な感じだ。2人とも美男美女だから農地もある景色にひどく違和感で──あれ?
薄暗い景色が歪んで足元がおぼつかなくなる。立ち眩みだろうか。気持ち悪さに息を整えていたら冷静さを取り戻した大地の声が聞こえてくる。
「誰だ?アイツら」
私が言う仲間だということが分かりつつも見慣れない2人に大地は眉をひそめていて、梅はラスさんの手を引いて、ラスさんは──時が止まったように立ち尽くしていた。
「ラス……?」
ラスさんは梅の呼びかけにも答えずただただ驚きに大地を見ていて、大地が眉を寄せれば悲しみに表情を歪める。知り合い、じゃなさそうだけど──訝しんだ瞬間、また、景色が歪む。
『ですがそんなことが出来るでしょうか?』
どこかで聞いたことがある声が聞こえて、それを思い出した瞬間目の前に洞窟が浮かび上がる。暗い洞窟のなか動く2人の男と1人の女。
『出来るんじゃね?』
明るく笑う男の人、
『やっぱり私にはあなたが考えてることが分からないわ』
怒る女の人。
夢で見た光景が再現されて、
『俺の願いを超える奴がいつか出るってだけだろ?』
──終わる。
でもあの日と違って映像が終わった瞬間恐ろしいものを見たような気持になった。
なんで気がつかなかったんだろう。
『もう手遅れだ──歓迎するよ、化け物』
夢を見る。おかしな光景を見る。知らない人の声が聞こえる。目は真っ赤になってサバッドと同じになって。
『いよいよ化け物じみてきたな』
イメラのようになってしまうんだろうかと思った。最近見るおかしな幻覚や夢がその前兆だと、思った。
最近。
『ねえ、お願い』
亜熱帯に降る雪。異常現象を引き連れるときに決まって現れる謎の魔物は、今回サバッドのイメラだった。あの頃から私はおかしなものを見るようになった。前からこんなことはあったけど、イメラと出会ってから多くなったのは確かで……!
『お嬢ちゃん』
『近づくなこの化け物が!』
『お前なら、いい』
『私なんていなければよかった』
『僕が悪いんだ』
『見つけた』
そうだ、私はオーズが禁止するような魔法を使うたび気持ちが引きずられて魔物を呼んでた。サバッドだって、呼んだ。
「今のなんだ……?」
戸惑う大地はどうやら私と同じものを見たようだ。答えを探して私を見て、まさかと首を振る。そして梅たちを見た私に倣って大地も梅たちに顔を向ける。梅は普段のラスさんのように困ったように笑っていて、ラスさんは私たちを見て悲しそうに、静かに微笑んでいて。
「今のはサバッドの記憶だ」
「サバッド?はあ?」
「正確には勇者の記憶」
「そして化け物の記憶」
私の答えに続けたラスさんに息を飲む。
黙る私達に引導を渡したのは大地だ。
「だからどういうことだよ勇者って、なんで兄貴……っ。兄貴の記憶……?」
大地の言葉に予想が正しかったのだと確信する。すぐさま錯覚魔法をかけたあと宿の部屋へ全員そろって転移した。事態についていけない大地が床に座り込むのと違いラスさんは静かに微笑んだままで。
「オーズ!出てこい!!」
叫んで無理やりオーズを喚ぶ。
久しぶりに見たような気がするオーズは私達を見て楽しそうに笑った。
「おーおー強引なことで。早かったな」
私の顔を見ても軽口叩いていて、大地を見ても、ラスさんを見ても変わらない。私は必死に感情を抑え込みながら今まで集めてきた本に検索をかける。
『ぐぇ!うお?おお、サク!悪いな!』
あのときと違ってオーズは邪魔をしなかった。本が1冊1冊ポーチから出てきて床に落ちていく。そのうちの数冊読んだだけで間違いじゃなかったことが分かる。
「それで?言ったほうがいいか?」
憎たらしい笑みを浮かべるオーズが目を細めてラスさんを指差す。
「あいつはだーれだ」
「指導者ハトラ」
ラスさんは裁きを待つ罪人のように悲し気に微笑んで頭を下げた。
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