狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

187.「──なあ、俺で最後にしい」

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ただのキスが怖いと思うようになったのはいつからだっただろう。魔力交換の手段でしかないと分かっているのに、いまも怖くてしょうがない。
少し前まではライガとのキスはホッとして抱きしめられると安心した。男とキスしてるのに口元は緩んでサクと名乗っていることさえ忘れていて……きっとあの頃から自覚し始めていた。
馬鹿だ。
やっと逃げられたと思ったのにこのざまだ。
顔を引き寄せてくるライガに抵抗して押し離せば、あいかわらず傷ついた表情なんて浮かべもしないで笑い声を落としてくる。楽しそうに唇ゆるめたライガは「なんや言うてみ?」なんて余裕で気に食わない。

「片割れを考えてる奴らがいる」
「大丈夫やで?勝手に仲良うしたり喧嘩したりしとくから」

コイツなら絶対嫌がるだろうことを言っても流されてしまう。初めて会ったときからライガ曰く勇者まるだしの結婚なんて言葉をずっと使い続けてきたくせに、よくもまあ、片割れと仲良くだなんて思ってもないことを言えるもんだ。

「まあ確かになあ、俺だけのものにできたはずやったのになあ。でもまあミスったんは俺や。それに遠回りしたおかげでアンタが逃げたくなるぐらいの男になったんやろ?上出来や」

ずいぶん達観したことをいうわりにキスにのせられた魔力は多すぎて、私の体質を知っていることを思えばちょっとした腹いせのように思う。非難もできないままキスに溺れてしまえばドロドロに消えていくたくさんの出来事。それなのにいつも、気を失えない。涎を舐めとった舌は獣のようだ。鼻先触れて震えてしまえば喉が鳴るのが聞こえて、緊張に息が漏れる。身体を押していた手は力をなくしてただ体温を感じてる。ああ、服の感触。

「辛いやろ。おいで」
「っ、わ!」

二ッと笑みを深めた顔が見えなくなって身体が宙に浮く。見えた天井のあとライガがまた見えて揺れる視界。足がぶらぶら動いて、ライガにしがみついていた手を離しても身体は自由がきかない。いわゆるお姫様だっこをされた事実に頭がついていかず呆然としていたらガチャガチャと不穏な音が聞こえてきた。見れば適当に陳列しているイクスの台を注意も払わずまたぐから籠のなかイクスがぶつかって揺れている。

「だから危ないって、いや、しないから」
「なに言うてんの。あの頃と違ってキスだけで帰すわけないやん。おもろいこと言うなあ」

暖簾をくぐったライガが笑う。暖簾のさきは商品らしきものが端に積んではあるものの生活空間が広がっていて、テントのなかとは思えないほどには広い。風呂やトイレに繋がるだろうドアにダイニングにベッド。思わずライガの顔を見れば見下ろしてきた瞳が笑って。

「なに考えてるん?エロいなあ」
「っ」

カッとなって、けれど離れる体温と背中に触れたシーツの感触に意識が逸れる。身体を跨いでくる男のせいでベッドが悲しい悲鳴をあげている。

「まだ諦めへんの?話そうとせーへんのも抵抗してるからなんやろうけど、諦め悪いなあ」

最近話せば墓穴を掘ることが多かったから話さないようにしてるのはそうだけど、そもそも、話す余裕がない。進藤と対峙したときのように魔法を重ね掛けしてライガを押してるはずなのにまるで効いてないのはなんなんだ。口説いてる女が全力で抵抗してるのに笑ってるコイツの神経はなんなんだ。


「俺が手に入るんは怖いか?」


──なんで、追い詰めてくるんだ。
唇噛んで睨めば笑うライガはシャツを脱ぎ捨てて、また、思いやりのないキスをしてくる。ぐらぐら、くらくら。考えることも言葉もなにもかもが消えてしまってどうでもよくなってしまう。

「自惚れやとは思ってへん。気がついてない思うてた?アンタが俺を見てたこと、知っとったで。アンタも俺が初恋なんちゃう?……なあ、俺は怖いで。アンタがいなくなる瞬間を考えれば最初から手に入らんほうがええかもしれん。やけどな、欲しいねん」

真っ白な頭のなか響くのは恥ずかしくてたまらない指摘で、続けられる言葉に喉が鳴る。欲しい。頭のなか反芻すれば震える心臓が笑えるほど純情な気持ちを濁らせていく。もう知ってる欲がどうすればいいのか教えてくる。急かして急かして、ああもうこれでいいやって。

「もういいから好きなようにしろよ」

抵抗するのをやめればライガは瞬きしたあと満足そうにじゃなくて困ったように笑う。キスじゃなくて頭を撫でてくるコイツは私を思いやってるのか傷つけたいのか、どっちなんだろう。

「こらこらアカンで?なに俺から目え逸らそうとしてんねん。逃げ道壊す言うたやろ」

そういうくせにホッとするような魔力のあるキス。
ぐちゃぐちゃになって混乱してばかりの心を訴えるように、勝手に浮かんで流れた涙をぬぐう指は優しくて。

「でも、せやなあ。好きなように言うんやったら魔法解いてリーシェの姿はやめてえな。もちろん、サクの姿でもないアンタの姿や」

ピアスに触れた手はそのままピアスを取ってしまう。

「アンタがこれをつけたときの姿。魔力とおさんと解いたやん?あのときアンタが男やないって確信したんや」

もしかしたら魔力計測器のように魔力を通したらなにか目に見える形で分かる商品だったのかもしれない。凡ミスした自分が悔しくて八つ当たりで睨めば、見開いた目が嬉しそうに緩んでいく。藍色の瞳。間近にみえる瞳に耐えきれなくて目を瞑れば、鼻先がおこすように触れてくる。猫のように擦りつけられる肌に身体がぞくぞくして、首に触れる髪の感触に落ち着かなくなる。リーシェより短くてサクより長い髪はライガの指で遊ばれて、絡む足は身長差を感じて居場所が分からなくなってしまう。



「一緒におかしなろ?」



甘える声にぎゅっと目を閉じれば唇が触れて──そのまま息が止められる。覆いかぶさってくる身体に潰れかけた腕はライガの肩におかれて、怖さにしがみついてしまえば肌の感触。やわらかな産毛のした熱い体温を感じる。盛り上がった筋肉。獣のように身をかがめて浮かぶ肩甲骨。髪が指をかすめて。

「っあ」

ブレる視界の向こうで男が笑う。
濡れた下着が捨てられて、抵抗がただの言い訳なんだって思い知らせるように、秘部にかるく触れただけの指がそのままずぶりと奥に入ってくる。こぼれてしまう声が軋むベッドに隠れては聞こえて、羞恥心で思い出す理性は途切れない魔力でかんたんに消えていく。

「ん、ん゛ぅ」

肌の感触がこそばゆくて足を動かせば、邪魔な服を脱ぎ捨てた足が邪魔してきて身体が動かせなくなる。まだ着たままのワンピースが踏みつけられて私を縛って。

「っ……アカンで?」

ぐちゃぐちゃに濡れた秘部は身体の奥を撫でるだけの指が物足りなくて涎をだしつづけてる。それなのに身体を沈ませて胸の感触を味わう男は、お預け食らう私を見ては優しさ感じられない笑みで顔を歪めるだけで。

「んん、あ、あ」

好き、可愛い、結婚。きらめくような言葉がべたべたと絡みついてくるようだ。動くライガにあわせて服がずれあがるたび汗に濡れた肌が互いを慰めあう。それでも、やっと、愛液すくった指がじぶんの代わりを添えて入り口をなぞって。
ああ、なんで。

「──ライガぁっ」

水音たてて楽しむだけで挿れはしない。犯すように何度も口づけて暴力じみた快楽を教えてくるのになんで……ああ。もういやだおかしくなる。あ。

「ん、ん、っ」

下腹部こすりつけてくるソレが重たい。存在を主張して、私が泣き言いうのを待って、涎を垂らしてる。とうに余ってあふれた魔力がそこらじゅうに満ちて息苦しくて。ああ。
腕のなかにライガがいるのに安心出来なくてはやく、はやく、はやく。


「あ゛―……」


熱に浮かされるように呟いた声に時間が止まったような錯覚に陥る。低い声。片側つりあげて笑みを作る唇からのぞく歯は食いしばっているのか苦しそうな息が漏れてくる。涎垂らした獣が唸るような口元に戦慄いたのだと、痺れるような心地に願ってしまう。
離れる顔は苦しそう。お互い我慢してなんの意味があるんだろう。感触を楽しんでいた茶色の髪が離れていく。最後の指が離れて、ああ。いやだ。
追って伸ばした指が絡めとられて──ベッドに押さえつけられる。

「俺の負けや」
「っ」

愛液まとわりつかせてさんざん焦らしたのが嘘のように身体が貫かれる。弓なりになる身体を追ってくるライガはそのまま何度も身体を打ち付けてきて。足は自由に動く。ああ、それなのに。身体を埋めたままのソレにようやく喉が潤ったような気さえして。

「あっ、あっ」

奥を突かれるたび堪えられない声がギシギシと軋むベッドの音を一時でも消してしまう。爪が食い込むほど握り締め合う手は熱くて。
ああ、遠い。
見下ろしてくるライガは私が果てても泣いても名前を呼んでも何度も何度も何度も。





「──なあ、俺で最後にしい」









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