狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

191.「早く、いってらっしゃい」

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「しばらく会えない言うとったのにえらいはよお顔見せたなー」
「ひと月は戻れないだろうことが分かったから先に神殿の調査を進めてもらおうと思って伝えに来ただけだ」
「伝言でえーやろ」
「あと5分遅ければそのつもりだった。すぐ出るから文句言うな」

しっしと手で追い払うライはそう言いながらも楽しげでジルドも気にした様子はない。親友と言っていたけれど、不思議な感じだ。気心知れた感じでとびかう会話のなか混ざるチクチクした言葉がこっちに飛んでこないようジルドのベッドで飛び跳ねるリヒトくんを眺めて──ひと月?
気になる内容に思わずジルドを見れば、目が合ったジルドは見当違いなことを言う。

「神殿の調査もそうだがあそこに限らず禁じられた場所の出入りは父に許可をとっているから安心してほしい。だが魔の森のどの場所でも無用なトラブルを避けるためにも人と接触しないほうがいいだろう。それと、現在分かっている禁じられた場所への地図を渡しておく」

簡単な説明をしながら机に広げられた地図は現代の地図でいくつか点が書いてある。英雄伝の検証をするため最初に訪れたラシュラルの花が咲き乱れる廃墟と化したキルメリア、神殿の場所……。

「キルメリアと同様に今はない国ラザルニア、古都シカム近くにある海に面したこの部分の森だ」
「4つ」

占める割合が多いからなんともいえないけど多いのか少ないのか分からない数字だ。そう思って意味なく呟けば、ジルドがニイッと楽しそうに笑みを作る。

「天が地を4つにわけた」

聞き覚えのある言葉を言いながらジルドが地図でなぞったのは古都シカム近くにある禁じられた場所だ。以前サクの姿で行ったときは分からなかったけれどあの森の向こうは海になっていたのか。やっぱりちゃんと森の中を見てみたい。人の手が及ばない禁じられた場所なら、地を分けたという力の断片を見ることができるかもしれない。

「……亡国の王女リティアラが地を分けた場所」
「あなたもその説を信じるか!禁じられた場所になっているところは戦争が起きて魔法の爪痕が残るうえ闇の者が多い。これは人の負の想いで魔物が作られるという証明のひとつになるかもしれないな。禁じられた場所はどこも多くの人が死んだ場所でリティアラが分けたとされるこのラインはすべて禁じられた場所の対象になっている」

ジルドの図書室にある本には正解と呼べるものはなかったはずだけど資料を照らし合わせた結果ジルドなりに確信を持っているらしい。勇者のあたりをつけていたことといい、今度ラスさんに了解をもらったら私が持ってる本や資料も見てもらいたいところだ。ああでもそれだと英雄伝の散策に火がついて他のことを放り投げそうだし、私がサクだってバレる危険も大きく上がる。これは保留だ。
なにせすでに火がついているジルドは英雄伝について自分なりの予想をべらべらと話し始めた。こうなると手がつけられないことを知っているのかライはさっさと離れて無邪気に遊ぶリヒトくんに茶々をいれている。
それでも聞いていると私がラスさんの日記を読んで予想できたことをジルドはすでに気がついていて、時系列とその矛盾点なんかは私より詳しかった。これは、私がサクだということをバラして本の検討にはいるのも手段のひとつとして検討したほうがよさそうだ。

「──英雄伝を語るなら外せないのがカナルだ。あの国は大戦を唯一生き延び現在もある」
「それなら古都シカムじゃないですか?ラミアから名前を変えたとはいえキルメリアやラザルニアと違って国は残っていますし」

古都シカムはフィリアンとイメラが生きていたラディアドルという国であり【亡国の女王】リティアラやリオさんにカリルさんが生きていたラミアであり、ラスさんに初代勇者空たちが生きていた国だ。英雄伝を考えれば古都シカムだろう。
不満げな私にジルドは目を輝かせる。

「地を変え魔物を喚んだ大戦を唯一生き残ったカナルには多くの文献があるのを知っているか?貴重な文献が失われたラミアと違いあそこは当時書かれたものがそのまま残っている。約300年経っても吟遊詩人や口伝によってもさまざまな物語が謳われていて……いや、もちろん脚色もあるだろうから鵜呑みにはできない。だが今まで調べてきた資料と比較したところカナル国は大戦が起きるよりもはるか昔から名前を変えず存在している」
「それは、面白い」
「ここにある本もカナルで手に入れたものが多い。すでに国に寄贈されて買えなかった本もまだあの国にはあるから一度見たほうがいい」

ラスさんから貰ったカリルさんの日記には価値ある本の多くがなくなってしまったと書かれていたし、ディオはカナルにある文献を調べることを薦めていた。英雄伝【レヴィカル】の始まりを思い出せば確かにカナルはるか昔から存在していた国のようだし、これは優先順位を変えたほうがいいかもしれない。
【オルヴェン】のように1冊にまとめられた歴史書は期待できないにしても、真実が混ざっている場所と思えば探すのは楽しそうだ。

「楽しそうだな」

デジャヴを感じて顔を上げれば仲間を見つけて喜ぶオタクがいた。楽しいよと言いかけて、またデジャヴ。誰かに……ああそうだ、オーズだ。

「楽しいですよ」

私に好きに生きろと言って、自分は好きに生きたと自嘲した男はいったいどこほっつき歩いているんだろう。梅はともかくラスさんからも姿を隠し続けることができるぐらいだ。自分で帰ろうと思わない限りここに戻ってくることはないだろう。それはそれで五月蠅くなくなっていいけど梅に会えない時間が続くのも嫌だしなあ。

「ああでも、そうですね」

かといってここに戻ってくる理由をもったオーズは面倒そうだ。
理由、望み、想い。
本当に、面倒なことだ。思えば私の周りには自分を自分で縛ってる奴が多すぎる。

「調査はあなたがいたほうが進むので早く戻ってくれると嬉しいですね」

それに、大好きで仕方がない英雄伝の調査を諦めてまで、戦争の話がでているフィラル王国にひと月も戻る意味はあるの?
酷い質問が頭に浮かぶ。
『俺もあなたもけりをつけなければならないことが多くある……その日までに後悔がないようにしよう』
『俺は……俺だけのわがままでこれまでのこと壊すつもりはないで』
大事な人たちを失い傷つけられ理不尽のなかに生きていたジルドが一時の感情に流されて復讐を諦めて自分の趣味に没頭することはないだろう。ライと同じくらいフィラル王国に対して腸が煮えくり返っているはずだ。
分かってる。
契約が解けたのにフィラル王国に戻るのはちゃんとした理由があるのだって分かる。

「……確かに、こういった面では俺のほうが知識はあるだろうな」
「そうですね」
「俺にいてほしいか?」
「いたら有難い、というぐらいですね。自分で決めたらどうです?」

なにかを確かめるような質問に突き放して答えれば、予想とは違って茶色い瞳が弧を描く。同じように唇もつりあがっていって、ふと、親友っていう関係になれるのはどこかで共通するところがあるからなれるとい話を思い出す。考え方とか譲れないものとか笑いのポイントとか尊敬しあっているとか……笑い方とか。ジルドが浮かべた笑みはライがよく見せる嫌な類のものだった。ニヤニヤ、にやにや。
五月蠅い。思わずそう言いたくなってしまう。

「早く、か。ひと月は長いか?」
「さっさと行ってきたらどうです?」
「だが俺の契約が無効になっていることを勘づかれないようにするためには必要なことなんだ」
「……あの、別に私行かないでとか馬鹿みたいなこといって駄々こねてるわけじゃないんですけど」
「父の契約のこともあるからな、戦争の準備ができるまでこれからは定期的にこうした期間で館を離れることになる」
「いやだから私は」
「それとも俺が心配か?」
「本当に、さっさと行ってきたらどうです?」

鬱陶しさに声が低くなるのにジルドはご機嫌で私の腰をひきよせて見下ろしてくる。面倒だ。見当違いなんて思った自分を殴りたい。……でも普通、戦争の話がでてるっていうのに敵国に長期間行くって聞いたら、普通、大丈夫かって思うもんだろ。

「あと、手を離してもらえません?」

遠くのほうから私たちを指さすリヒトくんが「仲良し?」と首を傾げている。今とは違うこの世界の価値観をもつらしいリヒトくんはきっと元の世界の私の価値観と同じだからこの状況は居心地が悪い。
さっさと離れろと強い気持ちを込めながらリーシェとしてにっこり微笑んでジルドを見上げる。

「お気をつけて」
「……」
「早く、いってらっしゃい」
「……俺はいまあなたに甘えている」
「は?」

石のように動かず私を凝視していたジルドが素っ頓狂なことを言いだした。有無を言わさず抱きしめてキスしてくるレオルドやライと違ってまだ可愛いほうかと思ったけど、これはこれで読めなさ過ぎて戸惑う。

「行かないでと言ってくれたら嬉しい。だが気をつけてと言われるのも嬉しかった」
「え?意味分からないうえとりあえず面倒くせえ」

真面目な顔で言ってるから困る。私の投げやりな返事にジルドは笑ったけどそれも一瞬ですぐに視線を伏せてしまった。

「俺のすべきことも目的のためにしなければならないことも自覚しているんだ。俺の人生だ。もう奪われることがないように片をつけるために……そのために生きてきた。英雄伝はしょせん魔物の歴史を調べるにあたって必要なだけのもので、もっといえば息抜きに始めただけのものだ」

自分で自分を縛る男は私と同じく片をつけるまで同じことを悩み続けるだろう。うまいこと割り切ったらいいのにと他人ごとに見ると分かり切った答えが見えてしまう。面倒なことだ。

「それでも、英雄伝をたどり歩いてあなたと見たあの景色が目に焼きついて離れない」
「……なにそれ」
「要はあなたと一緒にいたい欲にかられて迷いに迷っているということだ」
「それ、真面目に言うこと?」

真面目な顔で口説き文句をいうジルドは強面のせいで言葉と顔のミスマッチが酷すぎて笑えてくる──ああそう、それだ。その顔。今みたいに微笑みながら言ったら雰囲気もあっただろうに。

「……これで頑張れる」
「クッ、フ、え?なに、また勝手にひとりで納得してるの」
「ああそうだ。俺はあなたの笑う顔が好きだ。それが見れたからもうなんの問題もない」
「それは殊勝なことで」

宣言通り私から手を離して嬉しそうなジルドに逆に私から手を伸ばす。背が高くて遠い顔は私の手に気がついたとき驚いたように止まったけれど、聞き分けよく察してかがんでくれた。
触れた唇の柔らかさが、二度目には濡れてしまう。例えば思いやりなんていう気持ちからした魔力交換が見る影もなくなっていって、触れた首筋に感じた熱にドキリとしてしまう。髪をすくう指に、吐息に、茶色い瞳に──目を閉じても意味はなくて、むしろゆっくりと離れていく唇の動きを無駄にたどってしまった。本当に、我ながら面倒なことをしてる。こんな女が好きなんてもの好きなもんだ。


「次帰ってきたときには調査は終わってるかもね……気をつけて、さっさと行ってこい」


言い捨てながらジルドの胸を押して離れれば、年上には思えない顔をして笑ったジルドが子供には思えない力で抱きしめてきて、ミシミシと身体が嫌な音を鳴らす。怒る気にならなかったのはそれが一瞬だったことと「早く戻る」とそれは嬉しそうに敵国に行ったからだ。

「……」
「……」
「……なんですかね」
「別にい?」

痛いほど感じる視線に振り返ればリヒトくんの目を隠しながらこちらを見ていたらしいライを見つける。含み笑いをしながらジト目で見てきてこちらもすこぶる面倒臭い。

「勝手に仲良くしたり喧嘩したりするんだろ」
「……それ言われると弱いなあ」

驚いた目が楽しそうに緩んでいつものように笑いだす。そして「はい終了~」とやる気のない声とともにリヒトくんを目隠しから解放した。突然始まって終わったゲームに文句を言うリヒトくんをあしらうライはそれなりに楽しそうだ。
──この調子ならレオルドたちと調査できそうか?
ジルドが許可をとってくれたことだし早速連絡球でレオルドたちに連絡をとる。





 


 
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