90 / 263
第二章 旅
90.【別視点 】「それは誰から聞いたん?」
しおりを挟む勇者サクが魔物の襲撃により死亡した――そんな話がライガの耳に届いたのは、春の日差しが降り注ぐ暖かい昼の頃だった。習慣としている情報収集のため城下町にぶらりと出てすぐのことだ。
おかしな気配は感じていた。
城下町に向かう途中通る路地裏は、いつもならのどかな音楽が流れ子供たちの声が響いているのに、人の気配がなく静かだった。城下町に近づけば、悲鳴に似た声さえ聞こえてくる。そしてようやく辿り着いた大通りの中央で、噂の答え合わせをするように兵士がどよめく人々を宥めながら叫んでいたのだ。
『勇者サク、魔物の襲撃により命を落とした――』
恐怖や驚き、悲しむ言葉があちらこちらから囁かれ、叫ばれる。ライガは人々に押されながら1人、静かに驚いていた。
まさか。
まず、そう思った自分自身に驚いた。サクが死んだという話に、動揺したのだ。
根無し草の彼には執着するものはなにもない。誰にも興味が無いから誰にでも気安く話しかけ、それで終わる。へらへらと笑って流して、伸ばされてくる手が出てこようものなら、いつも通りへらへら笑って旅立つ。
加えて、魔物はびこるこの世界で拠点を持たず旅をしながら商売をする彼にとって、死は身近なもので当たり前のものだった。
故に1年ほど前から客として来るようになった勇者、サクに対しても、このフィラル王国で商売をするあいだ”殺されそうな勇者”――つまりは上客になりそうな人物ぐらいにしか思っていなかった。
それでもライガとしては珍しく、彼のおかれている現状に大きな興味を覚えたことや、自分からサクに魔力の提供を申し出たことは、他とは違うものがあったからだろう。
なにせ最近の楽しみは、時々来店する彼に商品を紹介したり、くだらない話をしたり勇者の話をすることなのだ。彼が気に入るだろう商品を仕入れてしまうぐらいだ。一歩距離を置くくせに力を抜いたようにくつろぐ姿や、呆れた表情をよくする彼が、時々みせる困ったような微笑みを見るのがなかなかに面白かった。
そう、彼との時間は楽しかった。
それでも……友でも、仲間でも、恋人でも、家族でもない――つまるところ面白い観察対象、客だ。結局考えはそれに戻って、ライガは納得し、のんびりと次の来店を待っていたのだ。
『五月蝿いよ。俺は』
きっとまた、あのときみたいに歯がゆさに眉を寄せているだろう。
『ライ、ガ』
もしかしたらまた、魔力欠乏症になっているかもしれない。
『……悪いか』
満たされる魔力や快楽に戸惑い、
『……変態野郎』
負い目を感じて口を強く結んでいるかもしれない。
『ありがとう』
迷惑をかけるとか心配だとか困った感情を混ぜて悩んで1人で解決しようとする彼だから、なるべく店にいることにした。のれんをくぐって、はりつめていた肩をおとして微笑む彼を見るのは結構気に入っていたから、別に問題ではなかった。
「冗談きついわ」
サクが別れの挨拶をしにきたことは記憶に新しい。
サクの性格や、とりまく環境からその行動に至った理由は分かったものの、切迫した空気も僅かに感じてライガは調べたのだ。そして掴んだのは勇者召喚が近々行われるという情報。
勇者召喚。
それはライガにとって稼ぎ時で、引き時でもある。どちらにも対応できるよう準備をしつつ、困ったように笑う彼がどうしているのかと、なにをしでかすのかと考えていた。そしてたまたま今日は、フィラル王国を離れていた。ほんの少しの時間だった。
その間にサクは死んだらしい。
城下町からフィラル城を見上げれば、フィラル城のおよそ半分は遠目に見ても分かるほど崩れていた。確かに魔物が襲撃してきたのだろう。いまはそれほどでもないが、空も薄くピンクに色づいている。
ならば本当にサクは死んだのか。
ライガは笑った。そして気持ちを切り替えるように詰めていた息を吐き、ゴチャゴチャする頭をかいて人混みに紛れる。
らしくない姿をさらし過ぎていた。なにを迷う必要があっただろう。
きな臭い噂がながれるフィラル城の話をすべて信じるのは愚かなことだ。それは分かりきっていることなのだから、調べればいいだけの話だ。幸い、そのツテもある。
早速、ライガは準備に取りかかった。
日が落ちても騒がしかったフィラル城がようやく静けさに満ちてきた頃、他の者と動揺、疲れ切っているだろう1人の男にライガは声をかける。
「忙しそうやなあ」
「……そう思うならこんな夜中にくんじゃねーよ。喧嘩売ってんのか?普段俺が呼んでもこねーくせに。しかもここにどうやって入りやがった」
「それで昼間のことなんやけど」
「俺の話は一切無視か」
背もたれに身体を預けライガを睨み上げる男に、ライガはへらへら笑って意味の無い謝罪をする。男は重い溜め息を吐きながら赤い髪をかきあげた。
「勇者召喚があった。それを勇者サクが妨害し逃亡するが、魔物が来襲し、勇者サクは応戦虚しく死亡。そして俺は事後処理におわれてる」
「それは誰から聞いたん?」
「……」
「死体は?」
「……お前が勇者サクにそんなに興味を持っていたとはな」
「お得意さんやったしなあ。それに、この国のことは知っときたいし」
「1つ貸しだ」
「なら後残り3つ返してーな」
「……」
人の気も知らないでニコニコ笑うライガを男は無言で睨み上げるが、それが意味の無いことはとうの昔に知っていたのですぐに止める。億劫ではあったが疲れた身体にムチ打って立ち上がる。面倒ごとはさっさと片付けるに限るだろう。
男はライガに呼びかけることもなく強制的に転移魔法をかけ、城の地下にある死体安置所に向かう。けれどライガは驚くこともなく口元を緩めたままだった。それは部屋の中央に置かれている死体を見ても変わらない。
死体安置所は、状態保存の魔法をかけてはいるが、死体へのダメージを減らすため僅かな灯りしかない。そのせいで部屋の隅は真っ暗に覆われてしまっているような、薄暗い部屋だ。蝋燭の火が揺れるたび、陰がゆらゆらと生き物のように動いていて、ひんやりとした空気と合わさってとても良い場所とは言えない。
男は早く用を済ませろとライガに許可を出す。ライガは普段と変わらず「ありがとうなー」と軽くお礼を言って、目的の死体に迷うことなく近づいた。顔に白い布がかけられている。それだけでも分かるものがあった。布を取ってみれば予想は的中だ。顔が判別できないほど抉れていた。
「ひどいもんだ。確認は済んだか?」
後ろから聞こえてくる男の声に、ライガは背を向けたまま微笑む。
「そうやなあー」
そして労るように死体の手を取って――その笑みは不適なものに変わった。
「可哀想になあー勇者さん。こんな世界に連れて来られてこんな世界で死んでまうなんて」
「……」
「終わったで。ありがとさん」
「お前はなにがしたかった?……ソレは勇者サクか?」
「そんなん俺に分かるはずないやん。顔もないし魔力も枯渇した状態やで?ただ、まあ……この国で勇者がそうなってまうってことに関しては色々考えつくもんはあるけどなー」
「……お前はそんなんだから」
ライガの態度を男は注意しようとして、止める。代わりに苦々しい表情を浮かべた男を見てライガはへらへらと笑った。
「そんなんやからアンタはオカンやゆうとんねん」
「……見つかる前にさっさと帰りやがれ」
「そうするわ。おおきにジルド。またいつか」
「さっさと行け」
しっしと追い払ってくるジルドにライガは笑って、転移をする。
きっとジルドは近日、店に帰るにおさまらず無断でこの国から消えたライガに気がついて、また面倒ごとを増やされたと腹を立てることになるだろう。がっくり肩を落として叫ぶ哀れな姿をありありと想像できたが、ライガは足取り軽く店に戻って荷物をまとめる。
「さあ、勇者さんどこにおるんやろうなあー」
大きな荷物をズボンのポケットにすべて押し込んで、ライガは微笑む。彼には既に連絡球を渡している。ならあとは彼が来たときに必要なものを渡せるように仕入れておこう。物も情報もあればあるだけいいだろう。
この国はあんな見せかけの死体を用意してまで事実を隠しているぐらいだ。ずさんな管理の綻びはいたるところにでてくる。
「やっぱオモロイわ勇者さん。今度タダで魔力計測器あげたろ」
鼻歌歌い、歩き出す。
暗い夜にライガの姿は消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる