狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

246.「ふふっ、なんだろね」

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雪に覆われた真っ白な世界を春哉と2人で歩きながらたくさんの話をした。周囲を警戒しながらとはいえ散歩のような冒険に道を作ったのは春哉の提案だ。
探すあてがないのならと前置きされた行先は山に囲まれたリガーザニアに続くという唯一の洞窟だ。リガーザニアに行ったことがある昔の仲間から話を聞いてから一度は行ってみたかったらしい。曰く、暑くて仕方がない森に雪が降り始めてきたら、ほどなくしてリガーザニアに続く洞窟が見えるとのことだ。
ここにはいつも転移で来ていたから初めて知る事実で、おかげで私まで洞窟を見るのが楽しみになった。洞窟への行き方は春哉の記憶頼みだから今日中には見つからないかもしれないけど、食料も寝床も魔法のおかげで十分に備えはあるし、いざとなったら転移すればいいから問題はない。魔法さまさまだ。
問題があるとするなら、戦争の余波で起きる思いがけないトラブルと春哉にかかる追跡で起きるかもしれない何かだろう。
だけどそれさえ問題ではないように春哉は明るく雑談を続ける。


「へえ?それじゃあリガーザニアのどこで河野さんがいなくなったのか具体的に分かってはないんだね」
「そ。だからそっちは何か分かれば儲けもんって感じで、記憶を辿れるかどうかの確認がメインかな」
「で?河野さんとダラクさん以外の人たちでもなんでもいいけど記憶は見るわけ?」
「特になし」
「残念だね」


まったくそう思ってない顔で相槌を打った春哉はざくざくと雪を踏みながら沈んでいく足に感動している。ひとしきり雪国に感動し終わったあと身を刺す寒さに理性を取り戻しはしたけど、やっぱり楽しいものは楽しいらしい。話をしながら雪を手に取ったり丸めたりと忙しい。


「春哉は今まで誰かの記憶にひきずられるようなことはなかった?」
「桜がいうような感じで思い当たることはあるよ。見てるしか出来ないんだって、呟いてた男」
「あー、ランダーだ」


見ているしかできない。常々そう訴えかけていたランダーと春哉は重なるものが多かっただろう。
暗い表情で俯いていた姿が春哉に重なったけど、すぐに頭から消す。春哉は特に気にした様子もなく話を続けた。


「桜はソイツだけじゃなくて色んな奴を見てるんでしょ?これも、不思議だよね」
「これも?」
「ほら、この世界に召喚される勇者は元の世界に未練を持たないか恨んでるかでしょ?でも桜は違うみたいだし」
「まあ、確かに」
「それに友達の……アイフェさんが召喚されてる」
「前も言ってたけどそれってそんなに変?」
「どうかな。もしかしたら僕たちも知り合いだったかもしれないしね。まあ、僕は桜のことをこの世界で初めて知ったから違うけど」


知り合いだったかもしれない、か。
そうだ。これまで知ってきたことが正しいのなら、私は元の世界にいたとき春哉と会った可能性があるんだ。春哉の記憶にはなくても遠目で見たとかそういう瞬間はあったかもしれない。ああ、でも。

『あの日から私ずっとなにか足りないって、誰か忘れてるってずっと探してた』

梅は私に辿り着けるぐらい私のことを覚えていた。


「それでいうなら私のことを一応覚えてたアイフェのほうがおかしいんじゃない?」
「そう?アイフェさんの執着が空さんの願いを超えたってだけじゃない?」


どこか恐ろしいことをさらっと言う春哉は納得いかない私を不思議そうに見る。


「勇者召喚魔法の前提が2つとも合わない桜のほうがおかしいと思うけどね。巻き込まれて召喚されたってありうるのかな」
「巻き込まれて……?え?いや、私の近くにいた人は召喚されたときにいなかったし……大地も加奈子も翔太も元の世界では見たことなかったし」
「でも勇者召喚される場所は神隠しにあうって話しがある公園を起点にしてたでしょ?その範囲だったらありえるんじゃない?」


確かに、私が召喚された場所は公園からそう遠く離れてない場所だった。
巻き込まれた。
そんなことがありうるんだろうか。


「巻き込まれたって形なら前提が合わなくてもしょうがないって感じ?」
「さあ?でもまあイレギュラーなのは間違いないよね。召喚の前提が合わなくて、サバッドの記憶を何人も見て、はるか昔に生きて呪い子とまで呼ばれたヴェルを使って行きたい場所に行き来できるてるんだし」
「改めていわれるとおかしいかも」
「分かってなにより。桜はもうちょっと自分のことを心配したほうがいいよ」


丸めた雪をポイッと放りながら呆れた顔でそう言った春哉にレオルドが重なる。ドキリとして思い出すたくさんの記憶は私におかしいとつきつけてくるようだ。


「……もうひとつ付け加えれば、私、召喚された次の日にはレオルドが興味を持つぐらいの悪意を誰かに向けられてたそうです」
「はあ?なにそれ。桜ってトラブル呼ぶ天才なの?もともと?」
「どうでしょうね……」
「翔太に恨まれたらめんどくさいの間違いないから、頑張って」
「……なんで翔太?」


思い返せばサクのときからよく思われていなかったし候補としてあがるのかもしれないけど、真っ先にあげた理由が気になる。
なのに春哉は当然といわんばかりに答えた。


「この世界の人は勇者召喚を望んでる人は多いし、良く思わない人が召喚された勇者に対して悪意をもったとしても桜個人にだけ向けるのはおかしいでしょ……召喚されたときのズレで桜がソイツを忘れたけどソイツは桜を知ってて恨みを覚えたままってなら、桜個人に悪意が向けられるのも納得じゃない?でも大地は嘘がつけるタイプじゃないし、笹山さんは桜に好意を持ってたし違う……ってなると残りは翔太でしょ」


確かに、その線もあるのか。
考えもしなかったことに驚く。このぶんだとまだまだ気がついていないことがありそうだ。


「確かに召喚されたときもう他の3人は既にいた状態だったけど……そんなことあるの?」
「さあ?あくまで予想。大地か笹山さんがものすごく演技が上手っていうパターンもあるかもだし、まったくの見当違いかもしんないけど」
「大地が嘘をつくってどう考えても無理だし加奈子もなあ」


2人の言動を思い返してみても悪意をもっているようには見えなかった。これで騙されてたなら落ち込むんじゃなくて拍手してしまうぐらい感動すると思う。かといって翔太も召喚された日のことを思い出せば、私に悪意を持っていたようには思えないし……。


「悩んでるところ悪いけど、あれ見てくれない?」
「ん?……あ」
「洞窟じゃない?」


春哉が指さしたほうを見れば、崖のような山の斜面の一部にぽっかりとあく穴が見えた。まだ遠いとはいえ、険しい道のりじゃなくなだらかな丘を下っていくだけだ。日をまたぐかもしれないと思っていたから嬉しい誤算だ。
春哉と拳をぶつけあって、洞窟らしき場所に向かう。ただの穴ぐらの可能性もあったけれど、近づくにつれ大きくなっていく入り口は外の光を消すほど暗く先へ続いていた。きっとこの先にあるだろう森が想像できないほど静かで、冷たく、真っ暗な場所。風が吸い込まれて唸り声のような音を鳴らしている。空から降ってくる雪は吸い込まれて消えていく。
リガーザニアの入り口を見るだけのはずが、なんだか肝試しにでも来たような心地になる。


「雰囲気あるね」
「春哉は肝試しは苦手なタイプ?」
「苦手だよ。心臓が止まりそうなことは好きじゃないしね。それに、ここはほんとに出るみたいだし」
「え?」
「ゴードンが言ってたんだ。あの洞窟は妙な感じがしたって。もしかしたら魔物がいたかも……なんて。桜が記憶を見るとしたらこういう場所じゃない?」
「……こういう場所でしょうけど、さすがにこんな場所に入っていくのは戸惑いますね」
「怖いの?桜が?ははっ、すごく面白くなってきた。早く入ろ」
「春哉のなかで私の評価どうなってんの。まあ、行きますけど」


昔の仲間のことを話す春哉は傍から見ても楽しそうで──どことなく危なく見える。この洞窟がリガーザニアに続く唯一の入り口なら追手に限らず誰かがいるかもしれないし、闇の者がいる可能性があるというぐらいには危険な場所だと分かってるのに、1人で先に行ってしまう。
浮かれた先に連想するものがネガティブなものしかないのは、本当にこの場所に闇の者がいるからなのかもしれない。
前に進むたびに暗闇に溶けていく姿は暗示しているようで思わず春哉の腕を掴んだ。振り返った春哉は驚いたみたいだけど、すぐに微笑む。


「なに?怖かった?」


暗く影がさす春哉の顔に気がついて振り返れば、真っ白で眩しい世界。こうして見れば白しかないと思っていた世界はほかにも沢山の色があることに気がついた。青、水色、灰色、焦げ茶、クリーム色、黄色──だけどここは違う。春哉に視線を戻すうちに落ちていく影は視界を黒く、黒く染めていく。


「別に。ただ、歩くのが早い」
「あはは、ごめん。明るくしよっか?」


笑う春哉は迷子でも連れるように私の手をひいた。足元が見えにくいからゆっくり、ゆっくり進んでいく。


「ううん。目が慣れてきたから見えるし、もったいない」


真っ暗な世界でもそこにあるものの輪郭は分かる。それならわざわざ消してしまう必要はないだろう。


「そう?進めば進むだけまったく見えなくなっていくんだけど」


見えなくなっても問題はない。自分の姿さえ塗りつぶしていく真っ暗な世界はなにもなくて落ち着く。目を閉じて味わう静かな世界がずっとある。


「……桜?」


春哉が私を見たような気がして顔をあげれば、私の手をひいていた春哉の手の感触がした。たぐりよせるように力がこめられて、春哉の顔が暗闇に見えるようになる。拳2つぶんほどしかない近い距離。真っ暗な世界だとこれだけ近くによらないと顔が見えないらしい。
探るように私を見ていた春哉が、ふいに微笑んだ。


「それもいいかもね」
「……なにが?」
「桜が言ったんじゃん。この場所に塗りつぶされて消えるのも悪くないと思うよ。ここで消えたらこれから先のこと考えなくてすむし、僕が最期に見たのは桜で、桜が最期に見たのも僕になるでしょ?」
「……春哉って結構、アレな性格してる?」
「あははっ、アレってなに」


ぼおっとしていたのが嘘のように意識がはっきりしてきた私は、楽しそうな春哉の笑い声に苦笑いしか返せない。
どうやらここに闇の者がいるのは間違いない。黒い道にいるときと同じ感覚──落ちた崖と違って怨嗟の声が聞こえないことを考えれば、もしかしたらここは黒い道の一部かもしれない。
落ち着く。


「ふふっ、なんだろね」


誰かとここに来ることになるとは思わなかった。しかもこんな場に合わない会話をして、だ。なんだかおかしくて笑ってしまう。

ああそれで、それだけだったのに──急に、遠く離れた場所から眩しい光を感じた。

洞窟に入ってきたほうでもない。であれば出口からの光だろうけど、私たちは歩くのをやめて会話をしていた。
急に道を教えるように暗闇を照らす光が現れる瞬間を、私は知ってる。


「あそこ、行かないと」
「桜?──1人で先走ったら危ないから」
「どの口が言うの」


小言を返せば春哉はバツが悪そうな顔をした。そんな表情さえ分かるほど眩しくなっていくその場所は、黒い道で目的の場所へ走るときと同じように、近づくに連れ切り取られた別の場所を映し出していく。あそこに何かがある。春哉が言っていたようなリガーザニアへ向かう洞窟と森を結ぶ場所じゃなく、別の場所。


「っ」


あともう少しで辿り着きそうになったところで、光に飲み込まれて、私たちは目を閉じてしまった。そして目を開けたときには、まったく別の場所。
いや、もしかしたら別の世界かもしれない。そう思ってしまうぐらい、異様な雰囲気の場所に辿り着いた。

神聖な場所と似ている。

森に囲われるようにその場所はあって、開けた場所には湖があった。けれど墓と違って古びた小さな家が一つあって、広い土地にはいたるところに大木が倒れていた。大木……大木なんだろうか。見える視界の端に、壁を作るようにある大きななにか──木の根を辿って空を見上げる。まるで山のように思うその先には地面に転がっていた大木らしきものがあった。空を隠そうとするように伸びるその姿は枝のようだ。

ああ、これは木だ。大きな、大きな木。

全体が見えないほど大きな木は枯れているのか話に聞く姿じゃない。だけど、これがなにかと考えて浮かんだ答えはひとつだった。


「「神木だ」」


春哉と一緒に呟いて、顔を見合わせる。
どちらからともなく手に力をこめたのは、言葉を失うほど圧倒的なものに恐れを抱いたせいだろう。私たちはしばらくそのまま動けなかった。







 
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