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第二章 旅
113.「もう声出せぬ彼女の言葉です」
しおりを挟む左隣に梅、右隣にリーフ。文字通り隙間なく私の隣に並ぶ2人は目の前に近くにある席に腰掛けるセルジオとセルジオのじいちゃんが困ったように笑うのを歯牙にもかけない。それどころか私の気持ちもまるで無視だ。……違うか。この2人はよく見ている。再会してからずっと五月蠅い2人に私が本気でキレそうになると2人ともすぐに口を閉じた。そしてこの現状だ。ギリギリのラインで調節してやがる……。
「ねえねえサク。あいつらが戻ってこないうちに話を進めといたほうがいいと思うよ?」
冷静な意見を梅から言われると言い返したくなる気持ちはなんでだろう。とはいえ言ってることはもっともだったからその案にのる。
セルジオのじいちゃんとは再会が終わったあとも軽い挨拶しかしていない。
ちゃんと挨拶をしょうとしたところで、セルジオが口を開いた。
「サク。紹介が遅れたけど僕のじいちゃんだよ」
「セルリオの祖父リガルと申します。どうぞリガルとお呼びくだされ」
「サクと申します。どうか敬語は使わないでください、リガルさん」
「いや、孫の恩人にそのようなことは」
リガルさんは頭を下げてまだ敬語を使ってしまう。どうしたものかと思っていたらセルジオが困ったように笑いながらリガルさんをたしなめた。
「じいちゃんサクが困ってるだろ。普段のほうがいいんだって。そのほうがサクも気を使わないし」
「ううむ」
悩み眉を寄せるリガルさんの姿はセルジオが困っているときの表情と同じだ。家族だなあ……。しみじみしていたらふいに気になったのはセルジオの両親だ。一度も見ていない。
「……リガルさん。セルジオからあなたの話を聞いて尋ねてみたかったことがいくつかあるんです」
私の言葉に仲の良い2人は言い合いを止めてこちらを向く。ちなみに両サイドに座っている2人も同時に私のほうを見た。
リガルさんはひとつ咳ばらいをしたあと座りなおして私に向き直る。
「サクさん。あなたの経緯は孫のセルリオから聞いています。勇者として召喚されたこと、そしてフィラル王国を追われたことも」
「はい」
「そしてあなたが魔法のことや勇者について調べていたことも」
思わずセルジオを見れば、話をしだしてからずっと張り付いたようにある困った表情と目が合った。リガルさんは言葉を続ける。
「あなたの話や大地さんの話をセルリオから聞いたとき、いつか話をしたいと思っていました。……本当なら勇者全員に伝えておかなければならないものなのかもしれません。しかし私たちは自分の身を守りたいがため出来なかった──セルリオから聞いたでしょう。私たちは導き人の血縁です。そして勇者の血縁でもある。本来なら管理されこのように自由には生きられない」
突然の物騒な話に言葉もなく黙って聞いていれば、我慢できなかった声が隣から聞こえてきた。
「ねえおじいちゃん、なんで管理されるのが普通なの?本来ならってことなら今は?」
「梅子」
「いえ、サクさんこれは話さなければならないことなんです。……勇者は魔物討伐にも政治にも有効な道具となる国の宝。故に管理されるべきものという考えが権力者にはあります。彼らは特に勇者の子供に異常な執着をもっている。成長した勇者を御すことは難しくとも、赤子なら可能だからです。しかも赤子を手にできたなら、盾として使い親の勇者でさえ御すことができる。
魔物に囲まれ存亡の危機に迫られたかの時代の者達は特にそういう想いが強かった。勇者とはなんとしてでも逃がしてはならない大事な戦力で救いの神だったんです。……そんな希少価値のある勇者に、勇者という恵みをもたらした導き人の血が混じったらどうでしょう。その力は不明瞭なれど、かの時代の者達は今の権力者よりも、それこそ喉から手が出るほど欲しかっただろう。どんな手段も用いたはずだ。奴隷魔法でも人質をとってでも──それが分かっていた勇者空の奥方スーラは勇者空の死後、身重でありながら監視の目を逃れて故郷を飛び出した。外との関りを絶ちひっそりと暮らすここ、リガーザニアへ。スーラはこの地で息子を出産し病死するまでこの土地で過ごしたとある」
すらすらと淀みなく話されるリガルさんの話に、ひとつ疑問が浮かぶ。
確かフィラル王国でしたお茶会でセルジオは先祖の導き人が空の恋人だったと言っていた。だからてっきり最初に勇者召喚をしたハトラが勇者空の恋人かと思ったんだけど……って、わ。
疑問に意識がひきずられる私を強い力が押し戻した。リーフだ。
リーフが私の手を潰すんじゃないかってぐらい強く握ってくる。正直痛いけど、リーフの気持ちを察して叱る気にはなれなかった。
身を固くするリーフの心境は推し量ることができない。リーフは勇者ではないが高い魔力を持つため狙われ──捕まって奴隷にされ長い人生を過ごした。
血の気のない手を握り返しながら少しだけリーフにもたれる。数秒後私にも体重が圧しかかってきて、私まで安堵の息を吐いてしまう。
「スーラは日記を残していました。だからこそ私達はこの真実を知ることができたんです。……これは我が家に伝えられてきたスーラの日記」
リガルさんの頷きにセルジオが古びた本を取り出す。お茶会のときに大地に見せていたものだ。
あのときのことはよく覚えている。セルジオと大地が親戚だと言う話を聞いたあと、証拠としてだされたこの本は最初から最後まで読ませてもらった。
そして分かったのは初代勇者空は本当に過去に存在したんだってことぐらいだ。というのも書かれた日記の内容は空さんと日記の主スーラさんのことばかりだった。出会った日のこと、魔物と戦った日のこと、畑に実がついたこと──そんな2人の日常をきりとったお話ばかりで、正直見ているとむず痒くなる内容だった。
とてもじゃないが、いまリガルさんが話したような内容はなかったはずだ。
リガルさんは消え入るような小さな溜息を吐いたあと、本に手をかざす。すると呼応するように本が一瞬光った。
魔法がかけられた?……魔法を解いたんだろうか。
驚く私たちを見たあと、リガルさんは本を私のほうへ差し出した。
「もう声出せぬ彼女の言葉です」
リガルさんが告げるのと私がページをめくるのは同時だった。
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