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第一章 召還
01.「よくきた、勇者達よ」
排気ガスの臭い。どこかの子供が並んで話している。携帯を持って足早に通り過ぎる人々に、いつのまにか新しくできているお店。歩道に広がる食べ物の香り。高いビルに見え隠れする青い空、飛行機雲。歩道に間隔を置いて植えられている木。無機質な建物──
「や、いやー!桜(さくら)かっこよすぎるんだけど……っ!マジ好み!」
「……五月蝿い、梅(うめ)」
ぼおっとしていた意識が現実に引き戻される。
声のほうを見れば、待ち人の梅が口元を手で覆いながら興奮した様子で叫んでいた。ぎゃあぎゃあと騒がしい梅を見て家に帰ろうかと悩んだけど、いち早く察した梅が逃がさないとばかりに腕を掴んでくる。非常に強い力で眉間にシワが寄った。
「こらー逃・げ・な・い・の!私の桜くん!」
「はいはい、お前のじゃないから」
「にしても男装姿最高にさまになってるね」
「そりゃどーも」
刺さる視線が多くなってきたから、腕を組んだ状態にさせたまま歩く。眠い。店を調べて寝るのが遅くなったんだよな。
堪え切れなかった欠伸を手で隠したけれど、手ではカバーできないほど大きな欠伸が出てしまう。急に静かになった隣を見てみれば、背後に花畑が見えてしまうほど頬を緩める梅が見えた。通常運転だな。
……うげえ。こっちも通常運転かよ。
刺さる視線は更に多く、あからさまなものになっていた。梅と一緒にいるとこれだ。慣れたことだから構わないが、気持ちのいいものではない。
学校でマドンナ的な存在の梅の周りにはいつも人が集まっている。見てくれもいいうえ一部残念なところを除けば性格もいいもんだから、良いことも悪いことも普通の人より多く降りかかっている。好かれてよく一緒にいる身としては嬉しくもあり面倒でもあり楽しいものでもあるが、そこらじゅうから降りかかってくる視線の気持ち悪さはいつまで経ってもうっとうしい。
だから梅には悪いと思いつつも2人きりで遊ぶことは控えている。誰かを交えて大勢で遊ぶと正直楽だ。それにどことなく梅は私に依存しているような節があるから、色んな人と付き合っていったほうがいいと思う。
「今日どこ行こっかー!すっごい楽しみ!」
「どこ行こっか」
今日は珍しく2人だけで遊ぶ。
先日登校して教室に入った私に興奮冷め切らぬ様子でなにかを手に駆け寄ってきた梅の姿は記憶に久しい。
『はい!これ遅れたけど誕生日プレゼント!』
『え?』
男子共がほうっと溜息を吐くぐらい可愛らしい満面の笑顔で袋を手渡された。可愛いピンクの包みで、開けていいかと聞いてみればやっぱり満面の笑みで頷いた。
なんとなく、裏があるんじゃないかと思った。
梅と知り合った時には私の誕生日は過ぎたところだった。それを知った梅は『折角色々しようと思ったのに!』と頭を抱えながら嘆いていたものだ。それなのに数週間空けてこれだ。
包みを開けてみて思わず首を傾げる。洋服だった。それも私の趣味を心得たもので、要は物凄く好みの洋服。
濃紺のジーパンに、紺のカットソー、細身で飾りのないシンプルなチェーンネックレス、黒ジャケット……。
『いや、嬉しいけど多すぎだろ』
『ぜっったい似合うと思うの!お願い貰って!私このためにバイトしたの!お願い!』
手を合わせて頭を下げる梅に、なぜか周りの男子共が慌てる。果てには私を睨む男までいた。
『お姉さん、これ全部メンズもんじゃないですか』
『桜ならぜっったいに似合う!断言する!サイズも確認済み!』
梅の力のこもった台詞に周りの女子達が何度も頷く。男子共も頷くか悔しがるなどと梅側の意見をお持ちのようだ。
よし、あいつらあとで殴ってやろう。
確かに身長は170cmで女子としては高めだし中性的な顔だと自覚しているが、あそこで笑っているあいつらは私の反応見て楽しんでやがる。
響(ひびき)と太一(たいち)たちはとりあえず3発必須かな。
ターゲットを絞っていたら梅が突然口を濁す。自分の欲求はまっすぐ大きな声で言う梅がだ。
これは、危ない。
嫌な予感がして思わず後ずさってしまう。
きっとお願いだ。
こういうときの梅のお願いの内容は決して可愛いものではない。なのに私は梅のお願いには弱いのだ。そして梅もそれをよく知っている。
だから滅多に使わないが、使わない分、使うときは絶対に叶えてもらうのだと目をギラつかせているのを私は身をもって知っている。
梅は恐る恐るといった様子ながら目はしっかり私を見据えて口を開いた。
『明日ね、私の誕生日なの……。お願い、その服着て私と、デートして?』
女子同士で出かけるおでかけをデートと言う他愛ない女子同士の言葉のはずが、そのお願いに賑やかな教室が凍りつく。一部の残念な性格が知られているためだろう。
ひきつりそうになる口元を堪えながら涙目になっている梅を見下ろす。どうしたって結論は最初から出ている。
『……分かった。って、落ち着け!分かったけど、条件があるっ!』
『はい!なに!?なに!?』
おおー!と周りから聞こえる他人事の歓声。眉間にシワが寄りそうになったけど
なんとか堪えた。
『これから誕生日プレゼントはお互い1つにする』
『うん、うん!』
『明日のデートは私が全部金を出す。守れるか?』
『……最高の同人書けそう』
『私を使わんでくれ』
結構な金を使っただろう洋服を綺麗に畳んで鞄にしまう。デートには色んな場所に遊びに行こう。こうなったら梅が欲しがってたイヤリングを買おうか。
思わぬ出費になりそうだけど梅が喜んでいるし、服もかなり気に入ってるし……まあいいか。
『おっとこまえだなー桜』
『惚れちゃうー、ぃっで!』
肩に手をまわしてきた太一と、小突いてくる響にとりあえず一発ずつお見舞いする。もう少し力を入れたいところだったけど、近すぎてそうもいかなかった。残念だ。
『お前らいいから梅に餌を与えるな』
『梅ちゃんの為なら身を削ろう……っ!』
『なんて不毛な』
『俺はお前の反応が見てて面白い』
『どっちにしろ最悪だわ』
『みんな素敵だよ……っ!』
騒がしい教室で騒がしい奴らに囲まれて放課後には恫喝や声援をもらって──今日に至る。
なんかあいつらのことだから覗き見してそうだ。
嫌な予感がして街に視線を走らせる。何人かと合う視線を無視して辺りを見ていると、隣からシャッター音が聞こえた。見れば梅が私に向かって携帯を構えている。
「どんびき」
「その顔も最高!」
ニコニコ笑う梅は可愛い。梅は白色のワンピースに紺色カーデとパンプスを合わせた可愛いらしい姿だ。長い前髪を編みこんでおでこを出しているのが似合っている。
「その前髪、可愛いな」
私には到底できない技術が使われている。編みこみなんて指がつりそうだ。せいぜい三つ編み止まりの技術しかない……え?これ本当どうしてんの?
編み込みは耳の後ろを通って後頭部にまで続いている。終わりが見えない。
……とりあえず分かったのはやっぱり私には出来そうにない技術が使われているってことだ。それにこのヘアスタイルなら買ったイヤリングが映える。
動きを止めているものだから丁度いい。鞄に入れていた包みを開けて取り出す。
「え、わ」
「誕生日おめでとう」
思ったとおり、凄く似合う。梅が欲しがっていたイヤリングを購入したさい似合いそうだと思って他にももう1つ買ったのだ。紺の球と、白の涙型の石がついたイヤリングは色合いもぴったりだった。満足。
「ああ……もう、キャパオーバー」
顔を真っ赤にした梅は熱さを冷まそうとしているのか両手で顔を覆う。ああ、そういえばこの先に梅が好きそうな喫茶店があった。喫茶店なら涼しいしゆっくりできるだろう。
顔を隠していて丁度いいから本命のプレゼントを梅のトートに忍ばせて、気がつかれる前にその小さな手を引いた。
「梅の好きなケーキ、食べに行こう」
「……うんっ!桜大好きっ!」
「はいは――え?」
突然、手が離れる。梅が動きを止めて手が離れたんだ。強く握っていなかったからだ。
それは分かるのにどうしてだろう。梅は嬉しくてしょうがないとばかりに笑っている。普段よく見るもので安心する、見ているこっちまでつられるような笑顔だ。
だけどなぜかその表情のまま動かない。
止まっている、という言葉が当てはまる。踏み出した足は宙に浮いていて、伸ばした手もそのままで、やっぱり笑ったままで。
それは梅だけじゃなかった。周りを歩いていた人も、車も、空を飛んでいた鳥も、みんな止まっていた。音まで聞こえない。さっきまで匂っていたコロッケの匂いも排気ガスの臭いもしない。首を通り過ぎていた風の感触もしない。
「梅?」
触っても、触っているはずなのに、体温を感じない。
冷や汗が出て止まらない。
「なに、これ。っわ」
梅の頬にあてていた手が、梅の肌を通過する。触れない。触れない!?梅が透けた?
違う。私の手が透けている。
「いや、ふざけんな。んだよ、これ」
自分の身体を掻き抱いてみれば、確かに感触がして安心する。だけど手はどんどん透けていって、手どころか体全部色をなくしていく。反対に周りにある色は鮮明で、違和感を覚える。
まるで消されているようだった。
「梅っ!」
一瞬だった。目の前で、自分の手はおろか梅も、見えていた景色すべてが消えてしまった。
非日常な出来事に頭がついていかなくてただ呆然とする。再び見えたのは梅じゃなかった。見慣れた道でも店でも道路でも車でもない。
……ここは、どこだろう。
色鮮やかなステンドグラスから差し込んだ光に目が眩む。そして徐々に見えてきた景色は理解に苦しむものだった。
大きなステンドグラスに続く赤い絨毯。薄汚れた石畳を踏む人たちがいる。誰もが鎧やドレスやタキシードなど、私とは縁のない格好をしていた。高い天井にはシャンデリアのようなものがいくつもあって槍のような蝋燭が遠目に見える。
まるで話に聞く舞踏会のようだ。
けれどどこかひんやりとした厳かな空気があって建物自体は教会のようにも思える。確実に分かるのは、ここには鳥肌がたつほど刺さってくる視線と異様な興奮があるということだけだった。
「なんだよ、これ」
「え。え?私、いや、なにこれ」
「はあ?意味分かんね」
私の周りには動揺する2人の男子と1人の女子がいた。私と同じような状況らしい。
そうじゃないのはこの広い場所で私達を覆うようにして立つ大勢の奴らだ。
中世を思わせる格好をした奴らも十分気になるけれど、すぐ近くに立つ鎧を着る奴らから眼が離せない。彼らを見て浮かんだのは兵士なんて、日常とはかけ離れた言葉。彼らは剣や槍らしきものを持っていた。なんで。これはなにかのドッキリだろうか。
理解できない現実に認められない事実が頭の中を交錯する。目を閉じて開けても見えるものは変わらない。
──誰かがなにかを呟いた。
それが止まっていた時間を動かす。奴らは声をあげた。
「成功した!やはり聞くのと見るでは違うものだな」
「素晴らしい!これで我々は安泰だ!」
「平和は約束されたようなものですな」
「本当にこの方達で大丈夫かしら?なんだか頼りなくてよ」
「なんと、勇者に女がいるぞ。珍しいこともある。益々我が国は発展を望めますな」
「期待損でないといいが」
不可解な声が思考を麻痺させていく。喉が渇いて唾を飲み込めば耳にごくりと音が響く。
ここは、なんだろう。
なにが起きてるんだろう。
情報が欲しくて辺りを見渡すけれどやっぱりなにも分からない。長い時間に思えた。
そして突然、無遠慮なざわめきが止まる。
視線が動く。追えば絨毯の先に、遠目でも分かるほど豪勢な造りの椅子から立ち上がる恰幅のいい男が見えた。男は言った。
「よくきた、勇者達よ」
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