愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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【2週目:トアと過ごす時間】

207.ベッド

 






梓は暗い自室の椅子に腰かけ、窓の外を見ていた。暗い夜。風に吹かれて揺れる木々は梓の心を表しているようだった。風に揺れる窓が、小さく軋んだ音を立てている。

(誰も辿りつけない部屋)

鍵に呼応して開かれる神子の部屋は、それしか辿り着く手段がないとされているが、実のところ窓の外の景色から、ある程度どのあたりにあるのか絞り込むことができる。対策をしている可能性はあるが、窓からなら神子の部屋に侵入できるのではないだろうか。
そこまでして神子の部屋に侵入しようと思う存在はこの時代にはいないだろうが、冷静に考えてみると、完全な守りではないのだと分かり、急に恐ろしくなってしまう。

例えば、昔あったように魔物が城を壊していけば、いつか神子の部屋にあたるだろう。

やはり、いつかは外に出なければならないのだ。
安全だと思う場所に閉じこもっていても、何も変わらない。

『覚悟が出来たら俺の部屋においで』

昼間の広場での会話を思い出して、梓は静かに息を吐き出す。


(考えて、決めたこと)


しばらくして、梓は迷いを断ち切るように立ち上がった。
──その瞬間、明るい光が目に刺さる。梓は目を強くつむるが、瞼の向こうに残った白い光にくらくらして、足元が揺らぐ。


「っ」


そして自身の腕を掴んだ誰かの手に肩を縮こまらせた。


「驚いた」


フランだ。
声に安心して、梓は詰めていた息を吐き出す。そしてゆっくりと目を開ければ、まだ明かりの残像が視界を遮っていたが、腕を掴む手が……梓を見下ろす、フランの顔が見えてきた。
互いに向き合う距離。
梓が思わず視線を他へ向けると、相変わらず何もない殺風景な部屋を見つけた。フランはベッドの端に座っていたらしく、シーツにシワが寄っている。机には資料が適当に置かれていて──もう、何も見るものがない。
梓の視界がようやく明るさに慣れたころ、フランが口を開く。


「驚いた。前触れも気配もなにもなかった。いつの間にかいなくなってたときも驚いたけどこれも凄いね。一応聞くけど、梓?」


いつの間にかいなくなっていたとき。
その言葉に、やはりフランと過ごしたひと月でそんな瞬間はあったのだと興味を惹かれる。だが梓は口を開きかけ──最後には、夢の魔法についての言葉を飲み込んだ。



「共犯者じゃないのに、話せません」



梓が離れると、フランは目を瞬かせる。
一瞬の沈黙ののち、フランは笑った。


「それもそうか。取引だよね、俺はいいよ。君がこの部屋に来たってことは成立……ああでも、俺も信用できないからなあ。後払いでいいよ」


後払い。
その意味を考えて梓は視線を落としたが、首を傾げると、不思議そうにフランを見上げた。
照れもせず、不愉快そうでもない表情は、フランの予想とはかけ離れていたものだ。


「私とスルのは、信用になるんですか」


梓の問いに、フランは肩をすくめる。


「潔癖気味だった君には、なるね。それに、俺が君を抱けば他の夫たちもソウイウ対象だと認識する。シェントは絶対にヤリ逃げなんて許さないだろ」


フランのあけすけな言葉に今度こそ梓は眉を寄せるが、しばらくして納得したように溜め息を吐く。
夫という効果がそんなところにも働くのかと思うと、知れてよかったのかもしれないが、気は重くなるばかりだ。

フランは思考にふける梓を眺めながら、浮かべていた笑みを消した。
なにか、ひどく面白くなかった。
納得するならそれでいいはずだ。効率がいいなら、よりいいだろう。

それなのに、ヴィラやテイルたちの言葉に振り回されて泣いて赤面していた姿とまるで重ならない。シェントに向けるような表情とは一切違うのだ。


気に食わない。


薄手の服を身に纏い、抱かれに来たはずの女は、淡々と話すだけだ。
魔物や召喚について話しているときのほうがよほど熱量がある。
下世話な話だが、ベッドで乱れる姿も、情事にふける姿もまるで想像できない。


「俺、裸になって寝転ぶだけの女に興味ないんだ」


想像した光景を思わず口にしたフランに、思考に沈んでいた梓が、しばらくして顔をあげた。
何を言っているのだとフランを見る梓の唇はひきつっていて、面白いほどに感情豊かだ。


「最悪な独り言ありがとうございます。私も同じですよ」


唇から吐き出される声も、心底不愉快そうで、面白い。
フランは半歩だけ梓に歩み寄り、笑った。
梓は一瞬視線で確認したが、視線をフランに戻す。


「そういえば女嫌い、人嫌いでしたっけ。フランさんは本当に私でいいんですか?……例えば情報交換をしてる間に魔力は回復するでしょう?わざわざ女嫌いだっていうのにヤル必要はないんじゃないですか?魔力の回復量を考えたらヤルほうが効率いいかもって言っていましたが、精神的な負担になるならしないほうがいいんじゃないですか?」


昼間のやりとりを持ち出しながらジトリと睨みつけてくる梓に、フランは笑みを深める。

面白い。
そう思う自分が新鮮で、それもまた、面白い。

フランは他人事に自分を笑いながら、楽しげに目を細めた。


「どっちに比重を置くかだね。ああでも、そうだ。それなら情報交換しながらヤッたら、言うことなしだ?」


ますますひきつる梓の口元に、フランはついに吹き出してしまう。


「お互い利用し合うためにも、信頼の証明のためにも、ヤルことヤッて情報交換もして……ほら完璧」
「もっともな話に聞こえてきますけど、フランさんって結構最低ですね」
「俺のことがよく分かってくれて嬉し、っ」


フランが言い終わる前に、梓はフランの胸ぐらを掴み、強引に引き寄せた。
気が緩んでいたせいで、フランは梓のなすがままだ。

そして次の瞬間、柔らかな唇が押し付けられる。

すでに夫がいるとは思えないほど、拙い口づけ。
冷えた頬がかすめ、髪が肌をくすぐる。

驚きに目を見開いたまま、フランはその感触を受け止めるしかできなかった。すぐに離れた梓は、恨めしげに歪んだ瞳でフランを見上げている。赤く染まる頬。言葉を紡げずにいる唇。


「……いいから、もうベッドに行きましょう」


その一言で、空気が変わる。
フランは笑みを消し、梓を見下ろした。胸ぐらを掴んだままの小さな手が、かすかに震えている。
互いの息が触れる距離。
昼間と同じで──フランは自身の唇を、梓に重ねた。


「っ」


触れるだけの唇。
まるで呼吸をさせないかのような、ただ、押しつけるだけの口づけだ。
そのまま時が経つのを待っているのだろうか。
梓の身体から緊張が伝わってくる。
興味本位でゆっくりと唇を離せば、ほどけていく身体。

それは、面白くない。

フランは再び、その唇を塞いだ。
今度は逃がさぬよう深く、執拗に食めば、いじらしい身体がビクリとはねる。この先を知っている女の腰に触れ、そのまま下へと続く曲線を撫でれば、堪えきれないといったふうに可愛らしい声が漏れる。


「ぁ」


戸惑った声を飲み込み、開かれた口を舌で味わう。クチャリとわざと卑猥な音を鳴らせば、甘い吐息のなか、逃げ場を求めて身悶える身体が互いの欲を煽り立てる。

背中から肩へと這う手に、まるで初めて経験するかのように反応する身体。
それでも、腕の中から逃げはしない。

退路を断つように強く抱き寄せれば、互いの身体の輪郭が、生々しいほどによく分かる。
交わりを彷彿とさせるほど密着させた身体に、梓はなにを考えているのだろう。

口づけに泣くような声を混ぜる梓を見ながら、ふと、フランは気になってしまった。
舌を絡ませても、逃げるように動くだけ。
それでも、この部屋に突然現れたように消えはせず、腕の中にいる。


「っ、んぅ……、っ」


擦りつけた身体に反応する女は、ちゃんと意味が分かって来たようだ。
二人の身体に挟まれた手は、フランの身体を押し離すこともしなかった。

戸惑いか、官能か。

零れる声を口の中で味わいながら、逃げる舌に絡みつく。
口づけから逃げないのは、意地だろうか。
梓の胸元から伝わってくる激しい心臓の音が、馬鹿なことを考えさせる。


「っあ!」


肩に触れていた指が、不意に梓の肌を撫で上げた。

それは口づけの合間の、意図したものではない触れ合い。
目を見開いたフランを見れば、自分がどれだけ過剰な反応をしてしまったか分かるには十分だ。
自らの痴態を晒してしまった梓は、みるみる顔を赤く染めていく。
これなら、終わりの見えない口づけに溺れているほうが、まだ幾分か救いがあっただろう。

じっと見下ろしてくる蒼い瞳。
その視線に、梓は泣きたくなる。

初めてフランの身体を押しても岩のように動かない。抱かれたままの身体は、互いの熱を知ったままだ。

首に触れた指が、つうっと官能的な軌跡を描いて肌を伝いだす。

跳ねる身体を楽しむように、指先は服の隙間にもぐりこんだ。肌を這う指が増え、熱い掌が梓の肩に触れる。強引に引き込まれた服が抵抗するように首にひっかかり──その瞬間、突然、部屋の灯りが消えた。

フランが魔法で灯りを消したのだと分かったのは、驚きもしない手が、躊躇なく梓の身体を抱き上げたからだ。
一瞬の浮遊感の後、すぐに熱い身体に抱きしめられる。床から離れた足が片方すくいあげられ、教えるようにフランの腰へと押し当てられた。梓は、だらりとしたままにできなかったもう片方の脚を、自らフランの背中に回してしまう。


背中を抱く手に力が込められたのは、なぜだろう。


ベッドから引き剥がされる布団が、わざとらしいほど大きな音を立てた。






 
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