愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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【2週目:シェントと過ごす時間】

124.「嫌だ」

 




唇が触れてはねた心臓に怯えたのか梓の身体が強張る。強く目を閉じる梓にテイルの手も強張って、触れた唇がゆっくりと離れていった。梓を簡単に抱き上げた手も力をなくし、小さな足は床につく。足元に柔らかい感触を感じて驚いたものの、それが絨毯だとわかるとホッと力を抜いて。
──テイルだ。
自由を許さない手はいつも熱く、逃がさないとでもいうようにいつも、その指に力を感じる。
目を開ければ飾り気のない服が見えて、圧し潰されかけた手を胸元に移せば大きな鼓動を感じた。耳慣れないパチパチと聞こえる音は薪が燃える音。テイルが寒がりなことを思い出して口元は緩むが、部屋を満たす暖かな空気に身の置き所がなくなって。

「樹」

たった一言にゾクリと身体が震えて鼓動が早くなる。熱い部屋。息がし辛くなるほど心臓が騒ぎ出して、それなのに掌に感じる同じような鼓動にたまらなくなって。
一度、視線が絡む。
怖いほど静かな時間。けれど吐息が触れた瞬間さきほどまで見下ろしていたはずの男に覆いかぶさられて口づけられる。熱い身体に、ついに脳は痺れて、理性忘れた手は男の胸にしがみつく。痛む背中。与え続けられる感情は伝染したように足のつま先まで震わせて。

「ん、ぅ、ん、まっ、て」

漏れる吐息に混乱だけでなく嬉しさ混ざっているのが分かったからだろうか。待てと言うのが分かってもテイルは味わうことを止めはしなかった。足りない。なにせ梓もテイルに自ら手を伸ばしたのだ。足りない。
息を奪って追い詰めてなにも考えられなくしてやりたかった。足りない。熱に浮かれてテイルを映す茶色の瞳。涎に濡れた唇がテイルを呼んで、甘い声を吐き出す。胸元にある小さな手はテイルを押し離すことなく握り締められていて。
いつか夢見たことが現実になっている。想像したとおり最高の気分で……けれど、暗い感情が這い上がってくる。
──前と違ってコレがなんなのか、よく、知ってる。
腰をなぞった手に正直に反応した梓を見れば恥ずかしさで浮かべただろう涙を見つける。手を這わせて身体を押し付ければ、欲を感じ取って顔を赤らめる。可愛くも、憎たらしい反応。
──俺以外の男。
胸元にある手が身体を押し始めたのも気に入らない。尻を撫でれば反応しまいと身を縮こませて、ああ、これはイイ。抗議をキスで隠してもう一度抱き上げれば慌てた声。警戒心が強いのは相変わらずで、気持ちを察してしまうのも、今日は、よくない。

「待って、てば」
「嫌だ。お前を抱きたい」
「っ」

暖炉の前にあるソファベッドにおろせば、じっと見つめてくる茶色の瞳。真っ赤な顔をして、テイルばかり見ている。
──盗られてたまるか。
ベッドに片膝つけば、いつかのように後ずさる梓は背もたれにおいてあったクッションを見つけた。よほど感触がよかったのか振り返ってクッションに触れた梓は、テイルに視線を戻すことなくそのまま音がするほうに視線を向けた。暖炉で薪が燃え熱い火の音が鳴っている。

「ここ、俺のお気に入り」
「んっ……寒がり、だもんね」

意識がそれた梓の頬に触れて自分に戻したテイルは微笑み、口づける。舌を絡めることなく触れた唇は確かめるように何度か触れて。

「ちょっと待って……」
「なんで」
「突然だったしいろいろと心の準備が」
「俺はずっとシたかったけど?」
「そっ、それに自分の神子以外に会ったら駄目なん「まあ、そうだな」

ベッドが軋む。近づいた距離は互いの足の場所を知ってしまった。一瞬怖がった手が、それでも、白い肌に手を伸ばす。はだけたワンピースのささやかな抵抗を感じながら触れた肌は熱い。ごくりと喉を鳴らしたのは誰だったのか。

「俺はいまお前の聖騎士じゃねえけど……なあ?そういうのやめようぜ」

足りない。
足りない、足りない。
自然と笑みが浮かんで、それに気がついたテイルは今度こそ心から微笑んだ。
──生きるためにはなんだってしてきた。無くしたものも奪われたものも沢山ある。だからこそもう盗られないように力をつけてきた。


「お前はどーしたい?」


茶色の瞳はずっと、ずっと、テイルを見ている。怯えもあるだろう。けれどそれよりも伝わってくるのは願望が抱かせた幻でないと確信するほどの感情だ。テイルの手に、身体に、声に反応している。言葉を詰まらせる唇の代わりに手のした感情を訴えてくる心臓は素直で、優しく撫でて可愛がってやりたくなる。
──1人で生きるには力が必要だ。死にたくなかったらなおさら力が必要だ。欲しいものがあるなら自分で手にいれなきゃならない。

「なあ」

欲しい。
逃げられてたまるか。誰かに盗られてたまるか。
……俺だけのものだ。

「はっ、ぁ……テイル」

言葉を作るどころか呼吸さえままならない女は、もう、腰を抱く手を止めない。テイルばかりを見ている。最高の気分だった。

「あのっ」
「お互いの気持ち?ってやつだけど」

足の間に身体を沈ませて、自分以外なにも見えないようにすれば言い逃れしようとして失敗する呼吸を間近に感じる。互いの鼓動で頭がおかしくなりそうだった。欲しい。喉が渇いて、早く早くと心が急いてしまう。
──自覚しろ。
ああそれでも今はまだ我慢だ。まだ、駄目だ。逃がさない。逃がしたくない。もうこれ以上、誰にも盗られたくない。


「俺は、お前が欲しい。いま、すぐに」


言葉を吐き出すのはとんでもなく難しかった。震えて、ようやく絞り出した声は情けない。欲しい。突き動かす感情を制御できなくて犬のように何度も願ってみっともない。
誰かを欲しがるのはなんて面倒臭いことだろう。なんて恐ろしく、こうも心を震わせるのだろう。

「お前はどうなんだ」

不安滲ませた声がポツリと落ちて響いていく。長い沈黙。けれど、テイルを見ていた茶色の瞳が、表情が、抵抗をみせはじめていた小さな手が変わっていくのが見えた。
──ああ。
圧しかかる身体の重さに怯えない。うなじに触れればビクリと震えつつも、また、テイルを見て。ああ、なんて。




「テイルが欲しい」




──最高の気分だ。










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