野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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1:婚約の決定

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「アリシア、君の婚約が決まったよ」

 外出から戻った父ジーク・マクミラン侯爵は、執務室へとやって来たアリシアへとそう告げた。その青天の霹靂に、アリシアは開いた口をふさぐことが出来なかった。

「は? 私が、婚約?……嘘でしょう。父上、冗談は顔だけにしてください」

「え、冗談みたいな顔してる? じゃなくって、冗談で婚約はしません。これは決定事項です」

「え、嫌ですけど」

 アリシアにも貴族の令嬢として政略結婚がある事は理解しているし、貴族として当主が全ての決定権を持っている事も理解している。高位貴族になればなるほど、婚約者が決められる年齢は早まり、産まれる前から婚約が決まっていたなんて事もざらだという事も。
 そう思えば、十歳の今婚約が決定した事は驚く程の事ではないのかもしれない。しかし、それを何の感情も無くすんなりと呑み込めるのかと言われればそうではない。

「釣書も見ずに拒否をするんじゃありません」

「そんなことを言われても無理なものは無理です。父上も、私が結婚に向かない女だという事は理解しているでしょう」

 男に付き従う貞淑な良妻賢母を求められるこの時代に、アリシアは女性としては異端だとか、常識はずれと言われる部類に属していた。
 部屋で刺繍をしたり恋愛小説を読んだりするよりも、外に出て馬に乗ったり剣を振るう方が好きだったのだ。貴族令嬢のテンプレートから大きく外れた自分では、とてもじゃないが男性に好かれるとは思っていない。

「無理です! 父上が母上と頑張って弟を作るか、養子を迎え入れるか、第二夫人でも娶って、頑張って弟を産んでください!」

 そちらの方が、遥かにマシだとアリシアは言い募る。自分では決して結婚できないに決まっていると。

「私はサリアを愛しているから第二夫人など迎える気は無いし、サリアは『医者に産後の肥立ちが良くないから次の子は望まない方が良い』と医者に言われているし、アリシアが居るから養子を迎えるつもりはありません」

 アリシアの提案をバッサリと切り伏せた。

「再度言うけれど、これは決定事項です。まずは釣書を見てみなさい」

 拒絶は許さないと強調し、アリシアへ姿絵を渡す。

「相手はラグダン伯爵家の三男で、名はジュリウス。君と同じ十歳だよ」

 渡された姿絵を見たアリシアは、雷に打たれたように息を呑んだ。ラグダン家は武官を多く輩出する一族で、体を使う仕事についている者が多い。女性貴族として嫌煙されるアリシアの性格でも、ラグダン家の男なら受け入れてくれるかもしれない。更に言えば、ジュリウスの容貌もアリシアの好みであった。赤茶けた短い髪に、切れ長の緑の瞳。筋肉質な体をしている事から、将来有望な騎士になるだろうと想像させた。

「します! この婚約を受けさせていただきます!!」

 前のめりに承諾したアリシアは、ジュリウスの絵を胸に抱いて喜びの舞を踊った。まだ会ったことが無いため、この男の人柄は分からないが、悪い未来は待っていないだろうとアリシアは思ったのだった。

◇ ◇ ◇

「え、縁談?」

 同時刻、ラグダン家でも執務室にジュリウスが呼び出されていた。いきなり降って湧いた縁談話に、ジュリウスは鳩が豆鉄砲を食ったように呆けた顔をした。

「そうだ、相手はマクミラン家の一人娘。名はアリシアでお前と同じ十歳だ、お前はそこに婿入りする」

 父バルド・ラグダン伯爵は低く厳格な声でそう言い、アリシアの姿絵を見せてきた。嫌がる事ではないため、相手の姿を見る必要も無いだろうと思っていたジュリウスは、姿絵に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

(……き、綺麗だ。こんな人が、僕の婚約者に?)

 銀色の長い髪はふわふわと緩く波打っていて、触り心地の良さそうな白い肌。ぱっちりとした澄み渡る空のような青い大きな瞳、それを覆い隠すような長く豊かな睫毛は、眦に向かって垂れており穏やかさを感じさせる。純真無垢そうな外見とは異なる、ぽってりとした唇は幼いながら妖艶だった。

「この、方が、僕の婚約者になるんですか」

「そうだ、近日中に顔合わせを行うため用意しておきなさい」

「は、はい!」

 夢見心地で退室したジュリウスは、離れにある自室のベッドへと体を預けた。
 ジュリウスは武の家に生まれながらも体が弱い。父親の遺伝子が強かったらしく、瓜二つの男らしい顔つきと体をしていた。鍛えていないにも関わらず、何故か筋肉質なのだ。それなのに心臓が人よりも弱く、喘息も持っているため過度な運動が出来ない。家族はそんなジュリウスを受け入れてくれていたが、それでも、武の家に生まれながら、と虚弱な彼に向けられる他者からの嘲笑は止まなかった。
 家族はそんな嘲笑を笑い飛ばしジュリウスを慰めてくれたが、いっそのこと死んでしまった方が、優しい家族の為になるのではないかと、何度思ったことか知れない。

(あんなに美しい人が僕の婚約者……アリシア様、名前まで可愛らしいなんて)

 そんな中現れた見合い話に、やっとこの家から出て行けるのかと、そしてやっと家族の役に立てるのかと思った。
 相手が誰であろうと拒否する事は無いと思っていたが、あれほどまでに美しい少女だとは思わなかった。妖精と言って差し支えない程美しい少女の姿に、ジュリウスの胸が脈打つのを感じた。さらに、マクミラン家といえば文官を多く輩出する家柄で、全体的に体を動かすよりも頭を使う方が好きで、穏やかで聡明な者が多い一族だと言う。
 マクミラン家ならば、自分にとって生きやすい未来があるのではないだろうか。ジュリウスは、そわそわと落ち着きなく顔合わせの日を心待ちにした。
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