野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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41:憧憬

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「ジーク義父様! アリシアが行方不明になりました!!」

 ドタドタと大音をたてて、ジュリウスが執務室に入って来る。何時も礼儀正しいジュリウスの礼儀知らずの様子に、ジークはそれが冗談ではないのだと悟った。

「騎士団を招集し、アリシアの捜索に入れ! ジュリウス、その場所へ案内を。行きながら詳しく状況を教えて欲しい」

「はい!」

 招集された騎士団は、アリシアの捜索を開始。消息を絶った場所を中心に目撃証言を探したが、星祭りの真最中であり、例年以上の来場数のため捜索は困難を極めた。
 一向にアリシアが発見されないため、すぐさま捜索範囲を広げ、領都よりも外を捜すことが決定した。

「アリシア、どこにいるんだ……!」

 後ろでは星祭りのメインであるランタンが宙へと上がり始めていた。一つ、また一つとランタンが空へ昇っていくのを感じるたびに、焦燥だけが募っていく。
 びゅうっと吹き荒れた風が雪を舞い上げ、ジュリウスの頬を叩いた。

「吹雪? 誘拐……小屋。いや、そんなことあるわけ……」

 ジュリウスは、アリシアが話してくれた五歳の誘拐事件を思い出していた。星祭りの日、突如吹雪きだしたせいで粗末な小屋へと押しやられたのだと、彼女は話してくれた。
 一度ならず二度までも、同じような事が起きるはずがない。同じ場所にアリシアが居るかもしれないだなんて。もっと現実を見て捜索するべきだ、そう頭では理解しても湧き上がるように心臓が脈を打った。

「あ、あの……少し離れても良いですか」

「ジュリウス様?」

 おずおずと声をかけるジュリウスに、近くにいた騎士が怪訝そうな顔をする。

「あの、捜してみたい場所があって……」

 ジュリウスは、アリシアが五歳の時誘拐された時と酷似していることを伝えた。アリシアが消息を絶った原因が、身代金目的の誘拐なのか、はたまた殺害を目的としているのか、それともただトイレに行っているだけなのか。全ての原因を考慮して捜索をしなければならない状況で、五歳の時に誘拐されたのと似ているという理由だけで騎士団を引き連れていくわけにはいかない。
 一人で行かせてもらおうと思っていたジュリウスに、騎士は一つ頷く。

「分かりました。行ってみましょう」

「え? いいんですか?」

「今はどんな些細なことでも確認してみなければ。たとえお嬢様が居なくとも、そこにはお嬢様は居ないという事実が分かる」

 それで良いのだと、ジュリウスに同行していた騎士は言う。それもそうだと、ジュリウスは吹き荒れる雪の中、小屋を目指した。

◇ ◇ ◇

 どれほどの時間が経過しただろうか。吹雪は一層その勢いを増し、視界は白く閉ざされていた。ともすれば己のいる位置すら分からなくなる中を、ジュリウスはひたすら小屋を目指して歩みを進めていた。冷え切った空気と、吹き付ける雪の粒が頬を容赦なく叩きつけていく。

「あ」

 ようやっと、白い闇の向こうに、聞き覚えのある小屋の影がぼんやりと見えた。

(やっと……着いた!)

 積もった雪に足を取られながらも、ジュリウスは小屋へと駆け出した。周囲は、耳鳴りがするほどの静寂に包まれている。吹雪の音と、自分たちの足音だけが虚しく響いていた。
 凍てつくような寒さの中、小屋の扉の隙間から微かな光が漏れているのが見えた。かすかに人の話し声らしきものも聞こえてくる。
 彼は荒い息を整える間もなく、騎士たちに目配せをした。もし、ここにアリシアがいなかったら。もし、無残な姿になっていたら。そんな最悪の想像が脳裏をよぎり、扉へと伸ばす手が震えた。頭を振り、アリシアが居る事を信じて勢いよく扉を開いた。アリシアはきっと無事だ、彼女は諦めない人だから。

「な、なんだ!」

「き、騎士だと! くそ、逃げるぞ!」

 小屋に入って来た騎士団を見るや、力量の差を悟ったのだろう、荒くれ姿の男達は蜘蛛の子を散らしたように逃げ始める。
 一人、また一人と男達が騎士達に拘束される中、ひときわ大きな男が何かに気が付いたように声を上げる。

「そうだ、あの女を!」

 バタバタと乱暴な足音で男は隣の部屋へと向かう。バンッ、と音を立てて開かれた扉の先には、待ち望んでいた人が居た。

「アリシア!」

「ジュリウス!」

 不安げに揺れていた天色の瞳が安堵へと変わり、途端にその瞳には涙の膜が張られる。
 アリシアが握りしていたノースポールのブローチは、その白さを赤へと変え、同じように掌は真っ赤に染まっていた。

「お前、こっちに来い!」

 がさついて汚れた男の手が、アリシアへと伸びる。

「アリシアに! さわ、るな!」

 男の手がアリシアに触れるすんでの所で、ジュリウスの切っ先が男へと届く。

「あ゙あ゙あ゙ぁああぁああ!!」

 ジュリウスによって傷を負わされた男が、痛みに地面を転げまわる。
 腰のベルトで手早く男を拘束したジュリウスは、部屋の隅に男を転がす。

「アリシア、遅くなってごめんね」

 着ていたコートでアリシアを包んでやると、呆けたような顔をした彼女の目縁まぶちに、溢れんばかりの涙が溜まっていく。
 微かに震える体を撫でてやれば、流すまいと開いたまま瞬きをしなかった瞳から、はらはらと涙が滴り落ちていった。

「……大丈夫、もう大丈夫だよ」

 アリシアを掻き抱くと、随分と自分よりも小さくなってしまった彼女の頭が、すり寄るようにジュリウスの胸元に触れる。

「さ、家に帰ろう」

 ジュリウスはアリシアを抱え、その場を後にした。
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