海よりも清澄な青

雨夜りょう

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7あの人間には会いたくなかったのに

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(なんで!?なんで人間がこんな時間、こんな所に居るのよ)

 リンは目の前に突然現れた、金髪の青年から必死に逃げていた。
 比較的海面から近い場所を泳いでいたとはいえ、夜に恐怖する人間がこの場に居るとは思わなかったのだ。

(何故追いかけてくるのよ!!)

 水中での呼吸法を持たない人間がいつまでも追いかけてこれるとは思わなかった、どうにか逃げ切ればいいだろうと高を括っていたのに。
 いつまでたっても男の動きが止まる事はなかった、いや正確には引き離されてはいた。

(そういえば、あの人間どこかで見たことがあるわ)

 確か始めて会った時は赤い髪に金の瞳をしていたような気がする。だが後方を泳ぐ男は金の髪に赤い瞳をしていた。

(別人?いや絶対に赤髪の男だったわ)

 そこまで考えつくと、今度は何故呼吸が出来るのかに考えが向かった。

「あんた、あの時の人間!!」

 間違いない、絶対に間違いない。あの男は私がペンダントを渡した人間に違いない、だから水中でも呼吸が出来ているのだ。
 であれば、本気で逃げるしかない。普通に泳いだだけでも彼からは逃げ切れる。
 空を飛ぶ鳥に翼を使わさずに犬と地面を競争させるようなものだ。すべての生き物には生きるための場所があり、それに適した進化を遂げて来た。

「陸の人間が、海の人魚に泳ぎで叶うわけないでしょ!」

 リンはもう後ろを振り返らなかった、前だけを見てひたすらに尾鰭を動かし続けた。
 しばらく泳ぎ続けると、とうとう後方からの音が聞こえなくなった。どうやら撒いたらしい。

「……助かった」

 安堵の息をつくリンは、ふと自分の失敗に気が付いた。あそこで殺しておけばもう二度と会うこともなかったはずなのに、動転して逃げ続けてしまった。
 陸で人魚が人間に勝てないように、海では人間は人魚には勝てない。確実かつ簡単に息の根を止められたはずだったのに。

「……失敗した、失敗した!!!」

 あそこで殺しておかなかったことで、リンにはまた会うかもしれないという不安が付きまとうことになってしまった。
 何故彼は自分を追いかけてきたのだろうか、武器も持っていなかったから人魚の肉が欲しいという事でもないのだろう。

「何故彼は私を追いかけてきたのかしら、分からないわ」

 人魚の肉が目的ではないなら、後は鑑賞用か何かで枷を付けて水槽に放り込んで愛でる以外に思いつかない。
 それとも、人魚は陸に上がり水分が乾けば人の足に変化させることが出来るため、戦闘にでも出されるのだろうか。

 何度考えても何も分からなかった。一つ確実に言えることは、リンの中であの人間がちらついて仕方がないという事、そしてもう会いたくないという事だ。
 リンは周りに注意しながら、こっそりと住処に戻ることにした。
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