海よりも清澄な青

雨夜りょう

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8彼はきっと良い人間

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 あの日の人間との対面を果たしてから、リンは必死に会わないように逃げ続けていた。
 海面に居る時間を選んで、住処からの出入りに注意して、気を遣い続けていた。

「意味が分からない、何故私はこんな苦労をしてまで海面まで上がってきているのよ」

 しなくても良い苦労をわざわざしているだなんて、まったくもって理解に苦しむ。リンはこめかみに手を当てながら唸った。
 そうしていると浜辺を男が歩いているのが見える、今日は赤い髪をしているらしい。

「毎日毎日飽きもせずに何しに来ているのかしら」

 ここは浜辺から遠く離れており、人間にはきっと見えないだろう。視力の良い人魚だからこそ彼が良く見えている。
 そっと見ていると男は砂浜に落ちているゴミを拾っていた。

「やっぱり、あの時もゴミを拾っていたのね」

 掃除を終えたらしい男が小舟に乗り込むのを見止めると、リンは気づかれないように海の深くまで潜り込んだ。

 次の日もリンは海面に顔を出していた。漁業の帰りらしい船に乗っている小麦色の肌をした恰幅の良い中年男性は、仕事仲間らしい男と会話をしながら浜に戻っていた。
 水中に顔を引っ込めたリンの上を船が通り過ぎていく。

「オスカー様のおかげで、最近は大分海も綺麗になってきたよな」

「ああ、あのお方が政策に力を入れてくださるおかげで、俺たちも安心して漁が出来る」

「最近は海に汚水が流れないように、下水工事に取り掛かっているって話だぞ」

「らしいな、少し前に一船辺りの漁業量の制限を提案されたばかりだろう?民を思って心を砕いてくださる立派な王太子様だよ。おまけに性格だけじゃなくて容姿まで良いんだから、天は二物を与えるだな」

「ああ、陽光みたいな金の髪に燃えるような赤い瞳。女を一発で落とせる、整った甘い顔。俺にもあれがあったらもっと女にモテてたかもしんねぇな」

 ちげぇねえと男達は笑っていた。
 あの男はオスカーというのだろうか、おそらくだが。名前も知らない、蛸のようにころころと色を変える人間。

「何なのよ、気持ちが悪い」

 重石のように座ったままの名前の付けられない感情が、リンの心にあるのが分かった。
 怒りではない、戸惑いでもない、悲しみですらない。

「分かった!罪悪感というやつよ!!」

 じくじくと胸を痛めつけ、胸の奥が暖かく、喉に込み上げてくる何かにリンは罪悪感だと名前をつけた。
 あの男がとても良い人で、海をこれでもかと愛してくれる人だから。だからあの日男の船を襲ったあの男に対する罪悪感。

「そうよ、そうに違いないわ」

 言い聞かせるように、何度も罪悪感だとリンは繰り返した。
 そうだ、きっとそうだ。それ以外の名前をつけてはいけないのだ。
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