海よりも清澄な青

雨夜りょう

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9人間への初めての接触

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「海を愛した人間。そんなのあり得るのかしら」

 人間など、自分勝手で自己中心的な狭量な種族だと思っていた。本当は違うのだろうか、それとも彼だけが特別なのだろうか。
 考えれば考えるだけ、ぐるぐると思考が回り続けた。

「分からない、分からないわ」

 こんな自分らしくない感情知らない、分からないなら直接会いに行けばいいではないか。どうせいつでも海をうろついているのだ、すぐに見つかるだろう。
 思い立ったが吉日だと、リンは浜辺へ向かった。

「あ、居たわね」

 今日は金の髪をしているらしい、時間帯によって髪の色が変わるのか。近くには知り合いらしい武装した男が居た。こちらから近寄ればバレてしまう、海に入ってくるのを待とう。
 海に入ってきたのを見計らって、海中から近づいていく。知り合いの男には姿を見られたくない。

「あっ」

 リンが居ることに気が付いた人間は驚きに目を見張っていたが、リンが逃げずにいるのが分かったのか恐る恐る近寄ってきた。

「貴方、名前は?」

 リンが話しかけると、男は体を震わせて返事をしなかった。

「なによ、聞こえないの?名前を訊いているのよ」

「オスカーだ、貴女の名前は?」

 オスカーは震える声でリンの名前を訊ねてくる。

「リンよ。見ての通り人魚、貴方はどうして毎日ここに来るの?」

「俺は君に会いたかったんだ」

 初めて会った時から追いかけられたような気がするのだが、会いたかったとは一体どういう事だろう。

「初めまして、よね?」

「違う、今日で四回目だ」

 全くもって記憶に無い。今日が四回目なら、追いかけられた日は三回目で、海に引きずり込んだ日が二回目だ。
 本当の初めましてはいつだったのだろうか。

「俺は、君のことが好きだ」

 いつ出会ったのか分からずにいるリンに、オスカーは少し寂しげに笑ったあと爆弾を投下した。

「は!?好き?人魚が?」

「人魚がと言うよりは、君がだけど」

 私が好き?よく分からない。
リンはおっとりとしている母が好きだ、海を守るため日々魔物や人間と戦う父も好きだ、勿論死を憂いてペンダントをくれた祖母の事も大好きだ。
 これらの感情は同族にだけ起こりうる感情じゃないのだろうか、熱を帯びたオスカーの瞳がリンには少し怖かった。

(知らない、こんな感情知らない。この人間の好きは、きっと私とは違う)

 リンとは全く違う、重たさすら感じる“好き”に何故だか逃げそうになった。

「リン、また逢いたい。いつなら君に逢えるんだろう?」

「は?また会うの?そうね、月が真上に昇る頃この場所に来るわ」

 もう会わない筈だった、オスカーに会ってどんな人間か確かめたらそれで終わり。
 ペンダントを回収するか、さもなければ殺してでも奪い返す。それだけの筈だったのに。
 胸につかえたままの罪悪感と名付けたそれが、リンに首を縦に振らせた。

「わかった。リンまた来るよ、明日も来る」

 君に逢いたいんだと言い残して、オスカーは陸に上がっていった。

「……なんなのよ、いったい」

 オスカーと言う名の人間が、リンの心から離れなかった。
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